041 3年生
高校3年生、最後の学年がスタートした……といっても、それほど感慨深くはない。
新学期が始まったな、その程度の認識だ。
『株式会社ダンジョン・ドリームス』がスタートしたことで、俺の意識はそっちに向いてしまっているのだと思う。
残念ながら、今年も勇三とは同じクラスになれなかった。
これで3年連続、別のクラスだ。
代わりに何の因果か、もと『行列研究部』の部員、椎名江奈と穂谷梓と同じクラスになってしまった。
内心、がっかりだ。
どうやら向こうも同じことを思っていたらしく、俺を見つけると「チィ」とか舌打ちをしてきた。
昨年の春から初夏にかけて、「島原先輩に嫉妬したモテない男」という俺の悪口が広まったが、この2人が広めたのではないかと密かに疑っている。
まあ、いまとなってはどうでもいいのだが。
新しいクラスメイトの中に、見知った顔は少ない。
すでに友人同士で集まっている集団ができており、その輪の中に入っていく勇気もない。
することもないので、周囲の会話を拾っている。
「マジかよ、これ」
「本物のわけなくね?」
新学年の初日。
話題の中心は、今朝のニュースらしい。
ブラックキャップさんのお母さんはすでに退院しており、肩透かしを食った報道陣は、医師にインタビューをしていた。
ブラックキャップさんは、それを見越して母親を退院させたのだろう。
マスコミはいまだ彼の家を掴めず、病院も患者の個人情報を公開するはずもないので、どうしようもなかったようだ。
ブラックキャップさんが公開した動画は、すでに50万再生を超えており、いまもカウンターが回り続けている。
引きずられるようにして、『DDチャンネル』の動画再生数も伸びている。
このままいくと、俺たち3人は、人気DoTuberの仲間入りをするのではなかろうか。
顔出しはしていないけど。
「やあ、やあ、やあ……」
時間より早くやってきたのは、昨年からこの学校に赴任してきた小湊阿重霞先生。
昨年、勇三のクラスの担任だったことで、俺も少しだけ小湊先生……いや、阿重霞ちゃんのことは知っている。
「みんな元気そうだな。もうすぐホームルームだから、手に持っているのは、しまっておけよ」
先ほどからダンジョン、レベル、ポーションという言葉が舞っていたが、阿重霞ちゃんに注意され、みな席についた。
この辺の切り替えの速さは、進学校ゆえだろう。
「阿重霞ちゃんはな、若くてナイスバディだぜ。だけど火傷したくなければ、遠くから眺めている方がいい」と勇三が言っていた。
どういう意味かと聞いたが、はぐらかされた。
春らしいジャケットの下には、白いシャツとストライプのネクタイ。
豊満な胸がはち切れそうな美人教師だが、ややガサツな性格と、目つきの鋭さは折り紙付き。
生徒とも距離が近く、女子生徒からは阿重霞ちゃんと呼ばれている。
男子生徒も最初はそう呼んでいたのだが、学期の途中からマーダー阿重霞ちゃんや、マーダーちゃんと呼ばれるようになっていた。
興味をもった生徒が、阿重霞ちゃんの出身大学や出身地を聞いたが、すべてノーコメント。
謎の美人教師として、一時期、クラスどころか、学年の話題をさらっていた。
「さて、今年も朝礼の代わりに、ビデオ視聴だからな。静かに聞いてろよ」
この学校の校長先生は、無駄なことが嫌いらしく、事前に録画したビデオで始業式の挨拶や、諸注意、新任教師の紹介をする。
生徒としては、わざわざ体育館に集まらなくてもいいので楽だが、一説には人前で話すのが苦手なのではないかと言われている。
この学校の方針ならそれでいいのだが、集団行動を体験させるのもひとつの教育ではないだろうかと思ってしまう。
ビデオ朝礼のあと、自己紹介と明日からの諸注意が阿重霞ちゃんの口から出てきた。
「ケーサツに捕まることだけはすんなよ」
諸注意ではあるのだが、わざわざ言うことだろうか。
阿重霞ちゃんの話が終わり、本日は終了となった。
教科書などは、最初の授業のときに教師が持ってくるので、今日は手ぶらで帰ることができる。
勇三と待ち合わせて帰ろうかとスマートフォンを取り出したとき、「先輩っ!」と元気のよい声が、廊下の方から聞こえた。
「東海林さん……」
「ほんとはスマホで聞こうかと思ったんですけど、直接聞いた方がいいかと思って、来ちゃいました」
にわかに教室が騒がしくなった。「だれ?」とか「1年?」とか囁きが聞こえる。
クラス分け表は昇降口に張り出されているから、俺の教室はすぐに分かっただろうけど、どうやら東海林さんは、物怖じしない性格のようだ。
「質問?」
「はい。ここでしてもいいですか?」
何人かが俺たちに注目している。
「廊下に出ようか」
そのまま廊下に連れ出して話を聞いてみると、昨日行われた入学式で、部活紹介の冊子をもらったらしい。
だが、冊子のどこを探しても『行列研究部』について書かれていないため、わざわざ俺のところへやってきたらしかった。
「人数が集まらなくてね。昨年度末で部を閉めたんだ」
「そうなんですか!? わたし、入ろうと思っていたんですけど」
「あれ? テニス部に入るんじゃないの?」
彼女はテニス肘を発症していたはずだ。
あれはテニスでなくても出る症状らしいが、彼女がテニスをやっているのは以前聞いていた。
「それはもう止めました。中学のときも故障ばかりで……相性が悪いんだと思います」
どんなに才能があっても、怪我に泣かされる選手はいる。
身体が丈夫というのは、先天的なものだ。
だがそれが、一流選手になるために必須条件だと聞いたことがある。
怪我をだましだましやっていると、そのツケが別の場所にきて、結局あちこち痛めるらしい。
「もう廃部届も出して、部室も返却しちゃったんだよね」
東海林さんはがっかりしたようだ。
だがもし部が存続しても、俺と勇三はそうそう行列研究部の活動はできないし、そもそも3年生は7月で引退だ。
「こちらこそ、すみません。勝手に期待していただけですので……」
つい先日、『DDチャンネル』の動画がバズったあとで、俺は東海林さんと会って話をした。
東海林さんはすでに健康体であり、体調は問題なし。
もはや病院にかかる必要はまったくない。
そして研究目的での検体協力は、しなくても問題ない。
別途、謝礼金をもらうことで、協力することにしたものの、他にも心電図や運動能力を調べる生体検査もお願いされており、このままいくと際限がないのではないかと恐怖を覚えたところで、DDチャンネルのことを知ったらしい。
これまでの経緯の説明を含めて、一度会って話をしたいと言ってきた感じだ。
もちろん、DDチャンネルのことは内緒にしてくれると言っていたし、その他についても同様。
俺も東海林さんのことを信じている。
深く関わったこともあって、俺はダンジョン探索でレベルを上げたことなどを話したのだ。
そのとき、行列研究部の話は出なかったので、俺もわざわざ廃部の話はしなかった。
まさか入部するつもりだったとは、俺も考えていなかった。
驚かせるつもりで、黙っていたのかもしれない。
新章がはじまりました。章の終わりまでは毎日投稿します。
「男女比がぶっ壊れた世界の人と人生を交換しました」も引き続き投稿しますので、よろしくお願いします。




