040 そして未来へ
ブラックキャップさんの母親が病から回復した日、『株式会社ダンジョン・ドリームス』はスタートアップを果たした。
会社設立といっても、これまでとなんら変わることはない。
いつもの毎日が続くだけだ。
DoTubeの収益許可がおりたので、振込先を会社の口座にした程度だ。
茂助先輩は、これまで通り粛々とサイレントの動画を上げ続けている。
ブラックキャップさんとのコラボ動画はすでに編集済みだが、音声付きであるため、いまのところアップロードしていない。
そろそろこれも解禁していい頃かもしれない。
そんなことを考えていたが、普段と変わっていないのは俺たちだけで、茂助先輩の方は、いろいろと大変のようだ。
「コラボを希望する話が次々と舞い込んできたでござる」
他のDoTuberたちから、「コラボしませんか?」と、届いているらしい。
チャンネル登録者数もすでに4万人を超えて、そろそろ5万人に届こうかという勢いである。
動画再生回数も軒並み10万回を超えている。
これもすべて、ブラックキャップさんとコラボしたおかげだろう。
そして始業式が始まる前日、ブラックキャップさんが、お母さんの病気回復動画を公開した。
俺たちは、お母さんが回復した日に連絡を受けて知っていたので驚きはないが、今回公開された動画の反響は、ものすごいものだった。
なにしろ、ブラックキャップさんの母親の病気は、何年も前から動画で言及されており、仕込みは絶対ありえないからだ。
なんと始業式の朝、テレビのニュースで取り上げられていた。
ブラックキャップさんは時の人となり、お母さんを担当していた医師は、奇跡を目の当たりにしたと、興奮気味にインタビューに答えていた。
当然、右腕少女との関連性も取り沙汰され、あれも間違いなくダンジョン産だとニュースのコメンテーターが断定していた。
ネットでは、なんでお前が断定するんだと、総ツッコミを受けていた。
なにはともあれ、俺たち株式会社ダンジョン・ドリームスおよび、DDチャンネルは新たな一歩を踏み出したのだ。
~日本政府 首相官邸~
ときの内閣総理大臣逸見正人は、40年来の友人であり、現官房長官の早坂英治と録画された朝のニュースを見ていた。
「どう思う?」
「マサやんの思った通りじゃないかな?」
総理大臣の逸見と官房長官の早坂は、ともに大学の同期。
未来を語り、苦楽を共にした間柄である。
「数日前に投稿された動画を見せたときも同じことを言ってたよな?」
「そりゃ……だからこそ、二人っきりで話をしようと思ったんじゃないのかい?」
早坂に言われて、逸見は「まあ、そうだけどさ」と歯切れが悪い。
「断言してほしいなら、俺がしてあげるよ。あれは間違いなく落人が関わっている。しかも、相当こっちの世界に慣れているときたもんだ」
「だよなあ……俺たちが知ってる話と、随分違くない?」
「生死の境を彷徨った者しかこっちの世界にやってこれない……というのは過去の経験則だからねえ。そもそもそう言い切れるだけのサンプルがあったわけじゃない」
「あとさあ……あれって、落人石だよな?」
「間違いないね。現存しているのは日本に1個、アメリカに2個、中国とドイツにも、もしかしたらあるかもしれない程度だけど、それを手に入れて見せたとは思えないから、映っている通りなんじゃないかな」
「落人石って、ダンジョンから採れるの? 俺、初耳なんだけど」
「そもそもダンジョンすら初耳でしょうが」
「まあ、そうなんだけど……どうしようかなあ、内閣調査室は動かすとして、問題は公安だよなあ」
「絶対に政府の言うことを聞かない人たちがいるね」
コロコロと変わる総理大臣……どころか、与党と野党が入れ替わったりする昨今、政府に忠誠を誓っている者ばかりではない。
現政府すらも把握していない組織が、密かに公安内に存在しているという噂もある。
現職の総理大臣にすら知らされていない組織があるのだ。
「一応、名前だけは分かったんだけどな。閻魔機関っていうらしい。文字通り、罪人を裁くんだと」
公安という閻魔帳に記載された罪人。
それは法の名のもとに罪をつまびらかにできない者、捌いたときの影響力が大きすぎる者などをひそかに断罪する機関だと言われている。
それには国会議員も含まれているため、機関の情報が議員にもたらされるわけがない。
三権分立の建前通り、公安は権力者がアゴで使える組織ではないのだ。
「内閣調査室と特命捜査室の双方に声をかけておくかね。場合によっては、閻魔機関との戦いになるかもしれないし」
「諸外国の動きも気になるんだよなぁ……」
首相官邸の一室で、逸見は何度となくボヤくのであった。
~とある場所 祓魔一族~
「どう考えてもあれは、昏きモノだろう。映像が本物かどうか、調べねばならんが」
締め切った室内の中央に1本のろうそくの炎が揺れる。
ろうそくの明かりに照らし出されているのは、4つの人影。
「だが、あのように次々と昏きモノが現れるなど、聞いたことがない」
「そもそも、我らが奥義と同じようなものを使っていたが、本物なのか?」
「それを調べるのだ。余計な痕跡は残さない、だれにも見つからないことを旨としてきた我ら祓魔の者とは違う一族なのかもしれん」
「そんなのが、現代まで残っているものか!」
「いずれにせよ、放っておけん。四族全体で調べることにする」
「梟尾はどうする?」
「声をかけんでもいいだろう」
「では鞍馬、隠岐、緋浪紗、木賊は、昏きモノと戦っているあのDDチャンネルなる者の正体を探ることでいいな」
「ああ、異存はない」
「放っておけないからな」
「では何か進展があったら、またこの場で」
「委細承知」
誰かがフッとろうそくに息を吹きかけると、部屋は真っ暗になった。
そしてすぐに4人の気配は、部屋の中から消え去った。
というわけで、『ダンジョン商売』の1章が終了となります。
みなさまのヒマが潰せる最良の物語になれれば幸いです。
さて、先日よりSSL関連のトラブルでメチャクチャ苦労しまして(活動報告に簡単に書いてあります)、自身の時間が相当喰われました。
それと寒空の中、どんど焼きの後処理をしていたら、左手の小指と薬指が動かなくなりました。
軽い凍傷でしょうか。いまだ小指の調子が悪いです。
こんなご時世ですから飲み食いできないどんど焼きだったので、老人連中は後片付けをする直前でいなくなるというアクロバット。文句を言ってもはじまりませんが、新年会とどんど焼きがあと一件ずつ残っているんですよね。うーむ。
ストックはあって、連載再開の準備は終わっているのですが、リアルの都合上、「男女比がぶっ壊れた世界の人と人生を交換しました」の投稿は日曜日か月曜日になると思います。
「ダンジョン商売」も2章までは書き上がっているので、感想をもとに修正などを加える予定です。
それほどお待たせせずに連載再開できるかと思います。
1章が終わったところで区切りがいいと思いますので、感想などいただけたら幸いです。




