039 反響
コラボ動画が投稿されて2日が経った。
なんと、DDチャンネルの登録者数が、この2日間で2万人も増えた。
こちらはまだコラボ動画をアップしていないので、すべてブラックキャップさんのところから流れてきたことになる。
つまり、コラボは大成功だった。
ブラックキャップさんには感謝しかないが、反対にブラックキャップさんの方から感謝の言葉が毎日届いている。
「コメントを見ると楽しいぞ」
玲央先輩の指が、スマートフォンの上を何度も行き来している。もしかして、すべてのコメントを読んでいるのだろうか。いや、それはさすがにないだろう。
登録者が増えて、DDチャンネルの過去動画にもかなりのコメントがつくようになった。
純粋に、本物みたいと感動しているものが多い。
ブラックキャップさんは#1の動画で「本物のダンジョン」と連呼しているが、もちろん信じられていない。
瞬間移動とか言ったこともあり、ネタと思われたようだ。
瞬間移動でダンジョンに来ました。ここは本物のダンジョンなんですと言っても、だれも信じないだろう。
それは分かる。
「明日、動画の#2をアップするみたいですよ」
ブラックキャップさんが自分で戦った動画と、帰還するときの動画だ。
#3は魔石検証動画。
思いついたことをいろいろ検証してみた結果を載せたらしい。
そして#4はダイジェスト動画。
それにブラックキャップさんの独白をかぶせるようにしてある。
すでに俺は、URLから4本の動画を見ている。
「しかしこれがすべて公開されたら、世間はひっくり返るかもしれんな」
実は#4の動画で、ブラックキャップさんは、あのダンジョンはCGやセットではなく本物であることを告白している。
「このダンジョンは正真正銘、現実なんです。ここへ瞬間移動で来たのも本当です。同じく瞬間移動で、こうやって帰ってくることもできました」
その言葉からはじまるブラックキャップさんの独白に、視聴者は釘付けになるだろう。
#1の動画ではネタ投稿と思われていても、それを真正面から否定してくる。
それでもまだ視聴者は半信半疑だろう。
だが、ブラックキャップさんの独白には続きがある。
「実はここだけの話……というか、この動画が本邦初公開になるんですけど、このダンジョンには、だれでも行けます。もちろんDDチャンネルさんに頼めばですけど。僕はその栄えある第一号に選ばれたに過ぎないんですよ。それでですね……」
小金井公園に帰還したあとは、ブラックキャップさんの周囲はすべてモザイクで隠してある。
どこがどこだか分からないようになっている。
「それでですね、このダンジョンの魔物……これ、僕も倒しましたけど、それを繰り返すことで、レベルが上がるんです。レベルアップですよ、みなさん!」
ブラックキャップさんの声は興奮してかすれている。
「レベルが上がれば、スキルを覚えられるみたいなんですけど、そうするとあの火魔法みたいなのとかが使えるんですって! というわけで僕はまた今度、このダンジョンに入らせてもらうことにしました。DDチャンネルさんにそうお願いしたんです。そして今後は、ときどき他のチャンネルの人とコラボするみたいです。僕はそれを全部見る予定です! ひとりでも多くのダンジョン仲間が増えることを祈って、今回の動画を終わらせてもらいます。みなさん、また次回、お会いしましょう!」
こんな感じで#4の動画が終わっていた。
ブラックキャップさんは、視聴者を騙すような人ではないことは、ファンならだれでも知っている。
それでも1本目は「現実にありえない」とネタ扱いされたが、#4まで見た視聴者はどう判断するだろうか。
「後戻りできないところまできましたね」
「最初からそのつもりだったのだ。問題ないさ」
それは俺も分かっている。だが、なぜか手の震えが止まらなかった。
ブラックキャップさんの2本目のコラボ動画が公開された。
その内容は、多くの反響を呼んだ。
翌日のSNSのトレンドワードに『DDチャンネル』がランクインしたほどだ。
『ダンジョン、魔法、レベル、スキル』という分かりやすいワードがあったからだろう。
ネットを中心に、『右腕少女』と『快速少年』の話題が再燃した。
いわく、あの薬はダンジョン産ではないか。そしてものすごい速度で走り去った少年は、レベルアップして身体能力が上がっていたのではないか。
「するどい!」
SNSの書き込みを読んで、俺は思わすそう呟いた。
ほどなくして、以前俺が助けた東海林秋穂さんから連絡があった。
少しお話がしたいので、会ってくれますかという内容だった。
もちろん俺は、すぐにオーケーした。
後日談。
DoTubeに#3と#4の動画が公開されたあと、俺たちは以前聞いておいたブラックキャップさんの住所へ、『とある物』を送った。
すると数日後、ブラックキャップさんのチャンネルに新しい動画が公開された。
場所は病室。
そこにはブラックキャップさんのお母さんが入院している。
ブラックキャップさんのお母さんはもう、身体はほとんど自由に動かすことができず、自発的な呼吸も難しい。
酸素チューブの管を鼻に差し込んだまま、まばたきと首振りで意思を伝えるのみの状態だった。
すでに何度もブラックキャップさんの動画で言及されていた母親の姿に、視聴者は息を呑んだことだろう。
「これはダンジョン産のポーションだそうです。効果は、病が治るかもしれない気がするようなそんな雰囲気のある水です。だからこれは、雰囲気のあるただの水です。いいですね?」
ブラックキャップさんへの手紙に、「薬として承認を受けていないものです。効果があるとは言わないでください」と書いておいた。
そうしたら、ものすごく曖昧かつ胡散臭い言い方をしてくれた。
ブラックキャップさんは、それを母親の口元に持っていき、時間をかけて少しずつ飲ませていった。
すると身体全体が発光し、その後、足や腕、内臓のあたりが明滅するようになる。
光が収まった直後、ブラックキャップさんのお母さんはゆっくりとベッドから起き上がり、自らの両手を見て、そして手を握ったり開いたりしていた。
「かあさん……」
震える声でブラックキャップさんが近寄ると、母親は両腕を広げ、息子を力いっぱい抱きしめた。
「かあさん!!」
カメラが揺れ、床に落ちた。
弟さんがカメラ担当をしていたのだが、感極まってしまったのだろう。
画面が横を向き、ベッドの下を映し続けたまま映像が止まる。
最後にテロップが流れた。
――母の病気が、なんか治っちゃいました。
たったそれだけ。
最後にその一文が流れて、画面が暗くなった。




