004 初ダンジョン
俺、玲央先輩、勇三の三人はいま、ダンジョンの中を黙々と進んでいる。
ここは虫系の魔物が出てくるダンジョンで、難易度が一番低いらしい。
祖母から貰った革防具と剣があるため、ダンジョンの中を歩いてもそれほど怖くはない。
先ほどから出てくるのは、大きな芋虫と蓑虫とダンゴムシくらい。
チュートリアル探索にふさわしいダンジョンと言える。
先頭の勇三が戦っているのは、体高40センチメートルほどの芋虫。
動きも鈍く、脅威でもなんでもないため、安心して見ていられる。
このダンジョンの中だが、なんとなく薄暗い。
困るほどではない。カーテンを閉めた日中の室内くらいの明るさだと思う。
壁面はゴツゴツとした岩でできていて、触るとひんやりと冷たい。
湿度が高いのか、地面が濡れている。
壁面に苔が生えているが、剣先でそれを削ると、苔は黒いもやとなって消えた。
ちょっとおもしろいのでゴリゴリやっていたら、先輩に呆れられた。
――ザク、ザク
勇三が芋虫を剣で何度も突き刺している。
剣を抜くたびに、芋虫の身体から、深緑色の体液が吹き出ている。
いじめではない。これでも一応、魔物討伐なのだ。
「勇三くん、斬った方が早いぞ」
別の芋虫を倒し終えた先輩がそんな忠告を放つ。
「分かってるんですが、あまり近寄りたくないんですよね、コレ」
気持ちは分かる。あんなデカい芋虫は、地球上のどこを探してもいない。
俺は、後方の警戒要員として、二人の後ろを歩いている。
いまのところ必要になったことはない。
「おっ、魔石が出たぞ」
「これで三個目か。思ったより少ないな」
死んだ芋虫が黒いもやとともに消えて、親指の爪ほどの魔石が残った。
勇三が嬉々として、それを拾い上げる。
低レベルのうちはだれもスキルを持っていないので、隊列はあまり関係ない。
そもそも三人とも剣を手にしているのだから、だれもが前衛だ。
ステータスからいうと、俺が生命特化の前衛、勇三がバランス型の中衛、玲央先輩が技能特化の後衛だと思う。
「ちょっと休憩しませんか? もう結構歩いていますよ」
俺が後ろから声をかけた。二人とも気合いが入り過ぎなのだ。
「そういえばハラも減ったな。初ダンジョンで、入れ込んでるかもしれねえ」
勇三が突っ走るのはいつものこと。
今回は、衝撃的な話を聞き過ぎて、俺がストッパー役に徹し切れていない。
「先輩、とりあえず休みましょう」
「そうだな……しかし孫一くん。浮かない顔だが、心配事かな」
先輩が俺のとなりに腰をおろした。
「祖母と父が異世界人で、死んだと思ってた祖父が生きていたりしましたからね。心の整理もつかないのに、いきなりダンジョンですよ。もう何が何だかって感じです」
「なるほど、たしかにそうだな」
「玲央先輩だって、あんな非現実な話を聞いて、よく平静でいられますね」
「ここは一番安全なダンジョンと聞いたしな。装備も受け取ったのだから、問題ないと思っている」
「そうですか……」
たしかにダンジョン探索前に、人数分の武器と防具をもらっている。
「危険はほとんどないから楽しんでこい」と言われたが、それで楽しめる先輩や勇三たちが羨ましい。
「しかし、このインスタンスダンジョンは面白い。そう思わないかい?」
「不思議空間ですよね。ダンジョンの中にさえいれば、全員均等に経験値が入るって言ってましたけど、そもそも経験値ってなんでしょうね」
「さて。だが、それが本当ならパワーレベリングし放題だよ」
初心者を連れて高難易度ダンジョンに行けば、すぐにレベルが上がるだろう。
当然、祖母はそういう方法を知っているはずだ。
だが、高レベルの祖母が俺たちを連れてダンジョンでレベル上げをする話は出なかった。
きっと、他人の力で強くなっても意味がないことを知っているからだろう。
「ステータスだけ上がっても、戦闘経験が未熟だとすぐに怪我とかしそうですね」
「スキルがないと厳しいだろうし、ダンジョンや魔物の知識も必要。準備を万全にしても、運が悪いと死ぬだろうね。つまりダンジョン探索も勉強と同じで、王道がないのさ」
宿題やレポートを写す人、テストでカンニングする人、ズルをすればその場はしのげるが、あとでしわ寄せがやってくる。
ダンジョン探索の場合、それが大怪我や死に繋がるのだ。
「地道に一歩一歩ですね」
「その通りだ。さあ、探索を再開しようじゃないか」
どうやら先輩はまだまだやる気らしい。
進むことしばし、勇三が巨大なミミズに剣を振り下ろしたとき、身体に電流が走った。
「……っと、この痺れは?」
「もしかして、レベルが上がったのかもしれません」
「なあ、いまレベルアップした?」
先を歩いていた勇三が戻ってきた。
やはり同じものを感じたようだ。
ステータス棒は置いてきたから、戻らないとレベルアップしたか確認できない。
「かなり時間が経ったし、キリもいいみたいだから、戻る?」
「どんくらい、中にいたんだ?」
「えっと……五時間くらいかな。ちなみに手に入れた魔石は5個だよ」
腕時計を確認したら、午後九時を回っていた。
「もうそんな時間か。たしかに腹減ったぜ。帰るときは、ちょくちょく見かける台座に触ればいいんだろ? 二百メートルくらい手前に一個あったよな」
ダンジョンの中には、触ると帰還できる台座がそこかしこにある。名前は『帰還の台座』、そのままだ。
触ると勝手に帰還してしまうので、帰るときまで絶対に触らないようにと言われていた。
「じゃ、夜も遅いし帰ろう。二人ともいいかな?」
「オーケー」
「うむ。ダンジョンは明日も明後日も入れるしな。今日はこれまでにしよう」
「玲央先輩、まさか毎日来るつもりじゃ……」
「御祖母様には、早くレベル5にしろと言われただろう? しばらくは通うつもりだぞ」
「オレも来るぜ。なんたって、こんなに楽しいんだからな」
なぜだろう。二人ともすごいやる気だ。
「とにかく帰ろう。なんか疲れた」
俺たちは台座に触れて、ダンジョンをあとにした。
祖母の名は、夕闇蓮吹流。
かなりハイカラな名付けだと思ったが、異世界人だった。
それだけでも驚きなのに、様々なスキルが使えて、しかもダンジョンまで造れるという。
ダンジョンはスキルで造るらしいが、設定盛りすぎだと正直思う。
さてそのダンジョンだが、俗に言う『インスタンスダンジョン』らしい。
定員は5人まで。異世界でもかなりメジャーなスキルであるという。
各階層にいる魔物の数は決まっていて、倒したらリポップはしない。
戦いたければ、どんどん階段を下りていけばいいのだ。
このインスタンスダンジョンに最下層と呼ばれるものはなく、延々と下への階層が続くらしい。
何人もの探索者が最下層を求めて進んでいったが、たどり着いたという話は聞かないという。
〈ダンジョン生成〉スキルを持っていると、自由自在にいくつでもダンジョンを造れるのだが、祖母いわく「どこかにあるダンジョンに入口をつなぐ感じ」だとか。
ただし、ダンジョンの中で他の探索者と出会ったという話を聞かないので、スキルを使うたびにダンジョンが生成されている可能性もあるようだ。
ダンジョン内で魔物を倒すと、魔石や魔物由来の素材が手に入る。
宝箱からはポーションや魔道具、装備品、スキルオーブなどが手に入るらしい。ダンジョンで宝箱を発見する確率は低いらしいが。
それを聞いて、二人ががぜんやる気を出したのは言うまでもない。
この「やる気」というのは問題だ。
怪我や死ぬこともあるのだから、ダンジョン内では、注意してもし過ぎることはないと思う。
二人にはぜひとも、自重を覚えておいてもらいたいと思う。
ダンジョンを探索すること、十日。
「おっし、レベル4にあがったぜ!」
「私もだな」
「経験値は均等配分だから、同時にレベルアップするよね」
苦節十日と言えばいいだろうか。
放課後は毎日ダンジョンに入り、夜遅くまで魔物を狩り続けた。
結果、全員がレベル4になり、最初のスキルを覚えるまで、残りあと1レベルとなった。
「このペースでいくとレベル5になるのは、早くてあと一週間か」
「十日くらいかかる可能性もあるかな」
「御祖母様のスキルをすべて伝授されるにはまだまだか……先は長いな」
祖母は8個のスキルを持っていて、伝授できるスキルは6つ。
最低でもレベル30にならなければいけないのだ。
毎日ダンジョンに入ったとして、果たしてどれだけの日数がかかるのか。
俺は、計算しようとして諦めた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
本作品はストレスフリーの物語となっており、読みやすさを重視しています。難しいお話ではありません。難しいことを考えず、暇つぶしに読んでもらえれば幸いです。
解説は少なめ、必要なときに出てくる程度に留めています。(物語の開始時や、大きく物語が動くときは解説を入れています)
全体の雰囲気は、日常からコメディ寄りとなっています。
ダークやシリアスの方向にはいきません。
主人公の一人称視点で物語が進み、たまに他人の視点が出てくる程度です。各章10万字程度で、3章から他人視点が少し増えてきます。
物語ですが、「あらすじ」にもあるように主人公たちが〈ダンジョン生成〉スキルを使って、日本で商売をはじめていきます。
レベルを上げながら会社を準備し、社会とかかわり、一つずつ目標をクリアしていく様子を小説として表現しています。
商売が始まったら、それに関わる人たちの物語が出てきますが、どの辺まで出すかはまだ未定です。
謎や伏線なども盛り込んでいますが、基本そこまで難しく考えなくて大丈夫です。
彼らがダンジョンをいかに商売としていくのか、その辺を楽しんでいただけたらと思います。
ちなみに、タイトル『ダンジョン商売』は(仮)です。いいのが思いつきませんでした。
それでは明日から18時投稿です。よろしくお願いします。