037 コラボ開始
「ブラックキャップさんに連絡を入れたら、すぐ返事がきたでござる」
「えええっ!?」
「ちょうどいま空いているので、すぐにでもコラボしたいと言っていたでござる」
「ええええええっ!?」
茂助先輩が、開設チャンネルを通してブラックキャップさんに連絡を取ってくれたのだが、なぜか話がとんとん拍子に進んでしまった。
自分で何を言っているのか、よく分からない。
それくらい、話がどんどん決まってしまったのだ。
数日後、小金井公園の入口でブラックキャップさんと待ち合わせをしたら、本人がやってきた。
「まさかDDチャンネルさんにお誘いいただけるとは思いませんでした。あっ、彼は撮影を担当している僕の弟でホワイトキャップといいます。自閉症ぎみですので、あまり喋らないかもしれませんが、ご了承ください」
「はじめまして、拙者はDDチャンネルの管理人をしている茂助でござる」
「これはどうも、ご丁寧に」
「はじめまして、私はDDチャンネルに出演している玲央です。こちらは仲間の孫一、そして勇三です。今回は、私どもとのコラボを受けていただきありがとうございます」
玲央先輩が代表して挨拶をする。
「僕は、いろんな動画を見るのが好きで、実はお話をいただく前からDDチャンネルさんのダンジョン動画は、知っていたんです」
「そうでしたか。大勢の登録者を抱えるブラックキャップさんに知っていただけたとは。ありがとうございます」
「すごい技術ですよね。今回はあれを体験させていただけると聞いて、とても楽しみにしていました」
「そう言っていただけると助かります。……ですが、これからする話は、他言無用にお願いします」
「いいですよ。マル秘はどこでも言われますので。ここで集合ということは、屋外で撮影するんですか? でもセットとかないですよね」
「説明の前に着替えをしていただきたいのです。防具を持ってきましたので、服の上からでも構いませんので、こちらをお着けください」
「ありがとうございます。……へえ、使い込まれたようなって……あれ? 本当に使い込まれている?」
渡した革鎧をブラックキャップさんはしげしげと眺めている。
「中古で申し訳ないですが、サイズは合っていますか?」
「ええ、問題ないんですけど、これ、血のりですよね……リアルな穴が空いてて、出血したあとがあるんですけど」
「持ち主は死んでいないという話ですので、縁起が悪いどころか、ちゃんと仕事を果たした防具です。ご安心ください」
「……へっ!?」
ブラックキャップさんとホワイトキャップさんが防具をつけたところで公園内へ入る。
小金井公園の一角には、わざと雑木林を残してあるスペースがある。
自然のままの状態にしてあるため、通路は最低限、途中までしか入ることが出来ない。
そして、ここの視界はすこぶる悪い。
雑木林の中はカラスの巣になっているものの、武蔵野の自然を保全する役割を担っている。
周囲が完全に木々に隠れた頃合いを見計らって、俺たちは止まった。
「それではダンジョンに行きます」
「そうですか……でもここは林の中ですけど」
ダンジョンの最大人数は5人。つまり俺たち3人とブラックキャップさんとホワイトキャップさんでぴったりの人数だ。
足元に魔法陣が出現し、俺たちの姿はかき消えた。
「ええええっ!? ここはどこですか?」
「ダンジョンの中ですね。屍霊系A2ダンジョンと呼んでいます」
「だってさっきまで林の中に……そういえば足元が光って」
「というわけで、コラボのはじまりです」
先輩はニヤッと笑った。
オドロオドロしい屍霊系のダンジョンにしたのは、視覚効果を狙ったからだ。
事前に「深くは聞かない。目で見たものだけを信じる」と約束してあるので、ブラックキャップさんも現実を受け入れたようだ。
衝撃的な体験をしただろうに、けなげに実況している。
いつも聞いている俺からすると、ブラックキャップさんの声はイッパイイッパイで、余裕がまったく感じられない。
頬が引きつっているので、カメラが回っていなければ、パニックをおこしていたかもしれない。
「スケルトンですね。見ててください」
先輩が〈火弾☆1〉を放つ。
炎の弾がゴウッとスケルトンに向かっていき、爆ぜた。
直後、ガラガラと骨の関節がバラバラになって崩れ落ちる。
スケルトンが黒いもやとなって消えるのを見て、ブラックキャップがはじめて感情を露わにした。
「すごい! すごいですよ! いまのは魔法ですね!」
「ええ、いまの技は全員使えます」
「全員使えるんですか?」
聞かれたので、答えの代わりに、俺と勇三も〈火弾☆1〉を放つ。
先ほどまでの驚きは鳴りを潜めて、ブラックキャップさんは子供のように興奮していた。
茂助先輩が公開している動画ではまだ、俺と勇三は魔法を使っていないからはじめて見たのだろう。
「たとえば僕でもその魔法は使えるんですか?」
「スキルオーブを取得すれば使えますね。スキルオーブはこのダンジョンの中にある宝箱から入手できます」
「すごい!」
「ですが、レベルが上がらないとスキルは覚えられません。ここくらい易しいダンジョンだと、宝箱はほとんど出ないのです」
「レベルもあるんですか!?」
「ええ、レベルアップすると、身体能力がアップしますよ。次はそれをお見せします」
都合よく3体のスケルトンが出てきたので、俺が〈身体強化☆1〉を施して、一気に3体を屠る。
「み、見えなかった……動きが速すぎて、目で追えなかったですよ」
「このようにレベルが上がれば、超人的な動きも可能となりますね」
「すごいです! 本当にすごい! 魔法といい、レベルといい……あれ?」
ブラックキャップさんが何かに気づいたようだ。
「違っていたらすみません。もしかして、快速少年だったりします?」
そう問われて、俺は苦笑しつつ頷いた。
あの事故のとき、俺が身体強化して逃げたのを見ていた人たちが、「まるで駅を通過する快速電車のように速かった」と言っていた。
そのインタビューが報道されて、最近は『右腕少女』と、それを助けた『快速少年』と呼ばれるようになっていた。
もちろん知名度は『右腕少女』が圧倒的だ。
「じゃ、じゃああの治療魔法も……」
「そういうポーションがあるとだけ。……あっ、このへんは使わないでくださいね」
先輩が笑顔で確認を取ると、ブラックキャップさんはコクコクと頷いた。
そういえばここはダンジョンの中だった。




