035 審査通過
「……というわけで、彼女は東海林秋穂さんといって、この春からうちの高校に通うみたい」
喫茶店で彼女と別れて家に帰り、そこで待っていた勇三や玲央先輩に事情を説明する。
「ウチの学園祭に来てたのか。そりゃ、盲点だったな」
「国立に住んでいるって言っていたので、結構近いね。学園祭に来たのも、受験の下見だったわけだし……あっ、一緒に来た友人は落ちたみたい」
東海林さんを放っておいて、学校の先輩と話し込んでいた友人は、別の高校に進学するようだ。
「しかし、病院がねえ……右腕をめぐってユカイなことになってるな。調べても分かんねえんじゃねえか?」
勇三が笑っている。
学者たちには悪いが、彼女の右腕は、魔力みたいなもので治ったのだ。
科学では解明できない気がする。
ふと見ると、玲央先輩が隣で忍び笑いを漏らしていた。
「先輩、どうしました?」
「ククク……いやなに、キヨさんが話していたのだが、その右腕の組織片をいくらで買うか、家族どもが話し合っていたと聞いてな」
キヨさんというのは、鬼参家の家政婦さんだ。
やはり鬼参総合病院でも、東海林さんのいまの身体と、もとの身体を比較していろいろ検証したいらしい。
そこに差異が見つかれば、その物質こそが右腕再生のキーとなるだろうと。
「どこも考えることは一緒なんですね」
少なくとも10人くらいの研究者に任せたいから、それなりの量を確保するよう、手配しているそうな。
「なんとしてもその霊薬の成分を見つけるのだと気炎を上げているのだ。その霊薬……私が持っているとも知らずにな。ククク……」
ポーションは全員一つずつ持っている。万一のために祖母が用意してくれたものだ。
「先輩、家族で話し合いをしたときでも、持ってましたね」
「ああ、ポケットに忍ばせていた。まあ、金の亡者どもだ。せいぜい吐き出してしまえと私は思っているよ」
切り取られた右腕だけでは意味がなく、東海林さんの組織片も必要であるため、入手するには本人の合意がなければならない。
研究協力費という名目で、謝礼金が支払われる方向で話が進んでいるらしい。
ちなみに勝手に横流しされたものを使えば占有離脱物横領罪になるし、そもそも違法で手に入れたものを使った研究結果など、発表できない。
これだけ世間に周知されているものなのだから、正規の手段で入手した方がいいことはだれでも分かる。
「鬼参系列に売るときは、ふっかけるように伝えておきますか?」
「ぜひともそうしてくれ」
先輩は悪い顔のままだった。
その日、ダンジョン探索から戻ってきたら、茂助先輩から「審査が通った」と連絡がきていた。
起業後の戦略について話し合いたいとも書いてある。
「起業後もしばらくは動画投稿で、会社の運営資金を貯めるんですよね」
「そうだな。私たちのレベルが20になるまではこのままでいく」
「動画のストックはまだまだありますし、何を話し合うんです?」
「早いうちに、どこかとコラボしておきたいらしい」
現在、音声なしの戦闘動画を投稿している。
声やしゃべり方は個性のかたまりらしく、知り合いが聞くと一発でバレる危険があるという。
ただ、ずっと無音ではつまらない。
そのうち声の周波数を変えて投稿するようになるだろうが、それはまだ先の話。
茂助先輩が言うには、コラボしたあとだとダンジョンや魔物はCGと思われなくなる。
すると「あの動画は本物だったのか」ということになり、世間が騒ぐ。
ここで大事なのは、本人が特定されないこと。
「コラボでダンジョンが本物だと示すわけですか」
「そうだ。いまはまだ、御祖母様にもご協力願うことになるが、そのへんを含めて話し合いたいようだ」
「分かりました。それでは明日、来てもらいましょう」
茂助先輩はいま、自宅で動画編集などの作業を毎日してもらっている。
編集を外部委託する案もあったが、元画像の流出とかあったら目もあてられない。
どうせ、それほどの本数を投稿するわけでもないので、すべて茂助先輩が行うことにしたのだ。
翌日の放課後、俺と勇三、そして玲央先輩と茂助先輩が我が家にやってきた。
「孫一氏と勇三氏は、明後日が終業式でござるな」
「ええ、春休みからはまた、ダンジョン三昧になる予定です」
「拙者が言うことではござらんが、ほどほどが一番でござる」
「分かっているんですけどね。早くレベル20になりたいのもありまして」
「ダンジョン合宿のとき、1日12時間もよくダンジョンの中を歩いたでござるな。尊敬するでござる」
最近は、休日でもそのくらいダンジョンに入っている。
考えてみれば異常だが、もしかしてこれがダンジョンウィドーというやつだろうか。
「そういえばおばあちゃんが、探索メンバーがいないなら、牟呂さんに声をかけてみたらどうかって言ってました」
「牟呂殿というと、前に聞いた異世界に落っこちた方でござったな」
「ええ、その人のひ孫さんが、いま都内で働いているみたいなんです。俺も何度か遊んでもらった記憶があるんですが、物静かな人でしたよ」
俺がそう言うと、玲央先輩は「なるほど」と頷いている。
「働いていると言っていたが、その人はいくつなのだ?」
「えっと、当時は結構大人なイメージだったけど、俺より8歳上で、いまは25歳ですね」
祖母は何度も面識があり、どんな人かと聞いたら、「寡黙で実直かねえ」と言っていた。
「異世界のことを知っているなら都合がいいな。もちろん、相手の都合もあるだろうが」
一度、推薦できそうな人をみんなで探したのだが、結局候補なしとなった。
最後まで信頼できる仲間というのは、存外いないものだ。
「お互い、前情報なしに会ってみてはって言ってましたけど」
「それはいいかもしれん」
「よい案でござるな」
先輩を含めて、全員異存がないようだ。
「それではこの件はいいとして、コラボの話なんですけど……実は俺、ちょっとだけ気になる人がいまして」




