034 再会の時
3月中旬。
いつもの通り、勇三と一緒に学校の校門を出たとき、小柄な少女が駆け寄ってきた。
「――先輩っ!」
「ん?」
少女は俺の前で立ち止まると、「やっぱり」と小さく呟いたあと、ぴょこんと頭を下げた。
「先輩、この前は助けていただいて、ありがとうございました」
頭を上げた少女の顔に見覚えがあった。
「キミはもしかして……」
「はい。先輩の魔法で助けていただいた者です」
やはり、俺がポーションで治した少女だった。
「どうしてここが分かったの?」
少女は黙って、カバンの中から冊子を取り出し、胸のところへかざした。
「学園祭で配った無料冊子……でも、それだけじゃ」
「コーヒーごちそうさまでしたと言えば、分かってもらえますか?」
「……あっ、ああ! 友だちと待ち合わせしていたっ?」
この学校へ友だちと学園祭に来て、『行列研究部』の展示してあった教室を待ち合わせ場所に使った子だ。
「はい。その節も、大変お世話になりました。わたし、春からこの学校に通います」
少女は笑った。
「あー、オレは先に行ってるわ」
勇三が、気を利かせてこの場を離れようとする。
「勇三、置いてかないでくれ」
「2人だけの方が話しやすいこともあるだろ。それとアレのときの子だろ? もしものときのためにも、連絡先を聞いておいてくれ」
「じゃあな」と勇三は手をヒラヒラさせて、先に行ってしまった。
「先輩……?」
「あー……それじゃどこか、話せる場所に行こうか」
公園は人目があるし、近所のファストフード店はお手軽だが、同じ学校の生徒がよく利用する。
結局俺は、普段ほとんど利用しない、落ち着いた雰囲気の喫茶店に少女を誘うことにした。
「ええっと、俺に会いに来たということは、あのときのこと、覚えていると考えていいんだね?」
「最初はまったく思い出せなかったんですけど、どこかで会った気がしていて……家でこの冊子を見たとき、ようやく思い出せました。お礼も言えてなかったので、学校まで来ちゃいました」
「来ちゃいましたって……行動力あるね。大丈夫だったの? その……マスコミとか」
「はい。未成年ということで、顔や名前は出ていないと思います」
魔法で腕が治った少女など、格好の取材対象だろう。
右腕2本の少女として名を売るなら別だが、普通の生活が送れるとは思えない。
「そうか。それはよかったね」
「ありがとうございます。ただ、すごい検査が待っているようで……この先もちょっと不安です」
「検査?」
「血液とか、細胞片とか、治療以外の目的で採取するのに同意してほしいとか、書類をいっぱい書かされました」
「あー……本来治療の必要は、もう必要ないもんな」
怪我が治ったのだから、病院に通う必要はない。
「やっぱり、そうなんですね。あの日、踵を痛めてまして、歩くたびにズキズキしていたんですけど、それも治ってて。あとずっとテニス肘だったんです。それもきれいさっぱりです」
「外傷は全部治るからなあ。気づいていない怪我とかあっても、全快したんじゃないかな」
「そうなんですね。それは嬉しいです。……あの」
「なに?」
「先輩は……魔法使いなんですか?」
真顔で面と向かって魔法使いかと聞かれた。
こんな経験をした男子高校生は俺くらいなんじゃなかろうか。
「魔法は……まあ、使えるかな」
「やっぱり、魔法使いなんですね!」
「たぶん、キミの想像しているものとは違うと思うけど」
俺が使える魔法は〈火弾☆1〉だ。あと〈身体強化☆1〉も使える。
「納得しました。わたし、警察の人にもいろいろ聞かれたんですけど、動転していたのでよく分からないとごまかしておきました。それで、いいですよね?」
「ありがとう。その方が助かるよ」
頭のいい少女だ。
「よかった。……先輩のことはまだだれにも言ってません。確証がなかったこともあるんですけど、迷惑をかけてしまうかと思ったので」
この子は、よく相手のことを理解している。
正直助かった。
「そうしてくれると助かるかな。でも、キミの方も大変なんじゃないの」
「大丈夫です。未成年ということで、警察の方もかなり遠慮してくれましたし。残っているのは、検査くらいですね。……そうそう、聞いてください。わたしの右腕をめぐって、なんか色んな病院が大変なんです」
「……?」
「警察の方が間に入ってくれて、一旦は戻ってきたんですけど」
「……?」
「えっとですね……まず、右腕がきれいにパッケージングされて戻ってきました」
「右腕が戻ってきたって、すごいワードだね」
彼女が言うには、俺が去った後で救急車が到着したらしい。
だれかが呼んだのだろう。よくある話だ。
到着してみると、自分の腕を抱えたままピンピンしている少女が佇んでおり、両腕がある。
周囲の野次馬がいろいろ言うが、信じられない話のオンパレードで、薬物の摂取を疑った。
右袖が肩から破れ、血が服に染み込んでいる。
道路にも大量の血がまき散らされている。
この少女が事故にあったのは間違いない。
右腕を抱えたまま救急車に乗せられ、救急指定の病院へ直行。
そこでいろいろ説明しているうちに警察が到着。
またもや同じ話をしていると、今度は精密検査をすべきという意見が飛び出したが、そもそも完全な健康体になっている自覚がある。
どうしようか迷っているうちに、警官が「その取れたという右腕を見せてほしい」と言いだすと、医者がきれいにパッケージングされた右腕を持ってきたという。
「それまでわたし、病室に軟禁状態だったんですよ」
「まあ、それは仕方ないよね」
「両親が駆けつけたとき、ちょうど右腕を持ってきてもらうところだったので、わたしよりそっちを先に見て、母が失神しました」
「む、娘は無事ですか?」
「これは……お嬢さんの腕です」(右腕を差し出す)
「きゅう~」
こんな感じらしい。
「で、返してもらったんだ」
「なんでも、同意がないと占有離脱物横領罪とかになるらしいです」
「占有……キミの身体の一部だったんだから占有だよね。離脱物……たしかに離脱……したのか」
そういう法律があったんだ。知らなかった。
「わたしのいまの身体と、前の身体というんでしょうか、『同じ場所の組織片』があると研究が捗るらしいです。違いを検証してみたいとかなんとか」
ポーションを飲む前と飲んだあとの比較か。それ、俺も興味あるんだが。
病院が勝手に持っていこうとしたのを返してもらったが、今度はそれをどうするかで悩んでしまったらしい。
「家の冷蔵庫に入れておくのも違う気がしましたので、権利を放棄しないまま、病院に預けることにしました」
「なんかまた、すごいワードを聞いた気がするよ」
「外国からも記者の方とか、学者さんとかが来ているみたいです。テニス肘が治ったって話をしたら、再生した腕は、もとの状態を復元するんじゃなくて、遺伝子情報からうんたらかんたらって言ってました。それで研究することになったんですけど、世界中に研究したいって言ってくる医者が何百人と出てくるだろうって」
「ええっ……それはまた」
「取れた右腕と、生えてきた右腕を世界中に提供できるわけもなく……対応を協議中です」
なんか凄いことになっていた。
「生えた右腕については俺も興味あるから、もし不具合が出たら教えてね。というわけで、連絡先を交換してくれるかな」
「はい、分かりました」
そこではじめて、俺は彼女の名前を知った。




