033 TVニュース
「……で、お前は逃げ出したと」
「いやまあ、そうかな?」
翌日、すっかり片付いた『行列研究部』の部室で、俺はスマートフォンのニュース記事を読んでいる。
勇三は呆れているのか、机にヒジをついたまま、動画投稿サイトを流し見している。
「検索したけど、いまの所それっぽいのは上がってないな」
少女の周囲には五、六人の男女がいた。離れて様子を窺っていたのはもっと多かった。
みなどうしていいか分からず、撮影している余裕もないようだった。
悲惨な事故だ。
すかさずカメラを向ける非常識な人はいなかったのだろう。
「顔は覚えられてないだろうし、大丈夫かな?」
「さあな……けど、ポーション瓶はそのままだろ?」
「あー……そうだったかも」
持って帰った記憶はない。
「ダンジョン産だし、中身は一定時間で効果が消えるみたいだけどな」
「そうなの?」
「らしいぞ。開封したら時間で魔力が抜けるんじゃね? 知らないけど」
「なるほど……炭酸飲料と同じか」
半分だけ飲んで、翌日、残りの半分を飲むことはできないらしい。
「腕を生やす薬と炭酸飲料を同列に扱うのはどうかと思うが、そんな感じだ。茂助せんぱいのフレーバーテキスト読んでないだろ」
「そういえば、まだ読んでないかな」
茂助先輩が祖母に聞いたり、実際に確認したりしたものを解説文としてウェブ上のストレージに入れている。
随時更新されているようだが、最近はあまり目を通していなかった。
「それはいいんだけどよ、右腕が二本になったらしいじゃん。どうするんだ?」
「どうしようか」
少女の右腕は『癒しの超水』のおかげで生えてきた。
だが、吹っ飛んだ右腕はそのまま。つまり右腕は二本あることになる。
これはどうにも言い訳のしようがない。
「くっつけてから飲ませれば、まだ言い訳も立ったんだろうけどな」
「だよねえ」
今朝、テレビのニュースで、昨日の事故のことを大々的に報道していた。
さすがに証拠の右腕があるのだから、一部始終を見ていた人の言葉を疑えない。
「駆け寄った少年が懐から小瓶を取り出すと、被害女性に飲むように伝えたといいます。被害女性がなんとかそれを飲み込むと、身体が光り輝き……」
「ニュースの再生回数が凄いことになってるな」
「現代の魔術師か!? なんてテロップが出てたけど」
「まあ、一瞬で腕が生えたんだから、科学や技術じゃなくて魔法だろ」
「だよねえ……なんとか科学で説明できたりは?」
「絶対にないな」
「そっかぁ……」
テレビの報道が加熱したことで、事件の概要はすぐに分かった。
逃走車両をパトカーが追跡しているとき、横断歩道を渡ろうとした少女が、逃走車にはね飛ばれたのだ。
当たったのは右腕のみ。
だが車の質量と速度、そして少女の体重から、車に当たった右腕だけがもっていかれた。
少女の身体は数メートルほど跳ね飛ばされただけだが、車と接触した右腕は、もっと遠くまで飛んでいったという。
熱いと思ったときにはもう、腕がなかったと少女は証言している。
遅れてやってくる激痛。どうしていいか分からないとき、救いの手は差し伸べられた。
『――現場から立ち去った少年のゆくえは、杳として知れません。彼が何者なのか、続報が待たれます』
「……だって」
「捕まることはないよな」
「大丈夫だろ。あれだって薬と言って渡したわけではないし」
「だよな」
「だけど、指紋は採られたかもよ」
「……? ああ、ポーション瓶か」
素焼きっぽい入れ物なので、もしかしたらちゃんとした指紋が採れないかも知れない。
それに物珍しくて、ベタベタ触っただろうし。
「済んでしまったことだ。気にするなよ、現代の魔術師さん」
「それ、言わないで」
「派手にやったな。だがよくやった」
玲央先輩は微笑んでいる。
「ありがとうございます。とっさだったので、思わずポーションを使ってしまいました」
「ニュースを見て、茂助くんも喜んでいたよ。結果を恐れていては、人助けなどできないと言っていた」
「茂助先輩なら、そう言いそうですね」
「ただ、身辺に注意した方がいいな。写真は撮られたのか?」
「よく見てませんでしたけど、俺の正面には人はいなかったです」
少女は、道路側のガードレール付近に倒れていた。
俺が駆けつけたとき、道路側に人はいなかった。
「それと、逃走車を追いかけていたパトカーがなぜ少女に気づかなかったのかと、やり玉に挙がっているな」
「パトカーは気づかなかったんですか」
「逃走車が交差点を右折したときに少女を撥ねたらしい。後方から追っていたパトカーからは、死角だったそうだ」
逃走車に跳ね飛ばされた少女は、監視カメラの外へ転がってしまった。
俺が駆けつけたシーンもすべて、監視カメラの外だった。
監視カメラは交差点の中を記録するためにあるのだから、それは仕方ない。
テレビでは唯一の記録である、少女がはねられる映像ばかりを繰り返し流していた。
「しかし、『癒しの超水』は☆4、つまりDランクのダンジョンから得られるんですよね」
「うむ。あれでダンジョンの価値を示したことになるな」
「なんにせよ、周囲の目には注意します」
「うむ。その方がいいな」
身バレしたら一瞬で家が囲まれる。
俺は通販で、防犯カメラと保存食を買い込んだ。




