032 事故
開設したDDチャンネルの動画は、日を追うごとにアクセス数が増えている。
学校が終わるとすぐダンジョンに入っているため、リアルタイムでアクセス数が増えていく様子を確認できないが、投稿を心待ちにしているファンがついていると聞かされた。
「アップロードしたあとにすぐコメントがつくことが多くなったでござる」
そう言われて、悪い気はしない。最近は、探索のときに「どうやったら動画的においしいか」考えて行動するようになった。
玲央先輩は相変わらず、茂助先輩の家にいる。
起業に向けての勉強を毎日しているとか。
「しかしもう、あれから半年か。早かったな」
俺はいま、勇三と二人で『行列研究部』の部室を掃除している。
話し合った結果、部活を閉めることにしたのだ。
新1年生を募ってもいいが、今後俺たちはダンジョン・ドリームスでの活動が多くなる。
1年生と一緒に活動できる時間はなかなか取れなくなる。ならば、部を閉めた方がいいと考えたのだ。
「この部も歴史があるんだな」
ダンボール箱の中には、昔の会報が残っていた。
人数が多かった頃は、年に何度も会報を発行していたらしい。
「一番古いのを見ると、15年前だな。部自体はもう少し前からあったかもしれないけど、15年かあ……」
「重みがあるね」
俺たちは、必要なものとそうでないものを選り分けていく。
昔の名残か、人数が少なくなったいまでもこうやって部室が与えられている。
このまま存続させるより、この部屋は新たな部活動に使ってもらった方がいいだろう。
およそ10日間。毎日昼休みを使って、荷物の整理を終えた。
歴代の先輩たちが残したガラクタも多い。それらはすでに焼却炉へ持っていっている。
部室に最初から備え付けてあったロッカーとスチール棚、机と椅子はそのまま。
捨てるために焼却炉に持っていった荷物はたくさん。
持って帰るものは、段ボール箱7箱分に収まった。
「これは一旦、茂助先輩の家に置くんでいいのかな」
玲央先輩が「最後の部長である私が引き取る」と言ったのだが、いまは家なしの身。
なぜか茂助先輩の家に荷物を置くことになった。
「この7箱の段ボールが、『行列研究部』が存在していた記録だな」
段ボールを自転車の荷台にくくりつけて、何往復かすれば終わる。
そして終業式の日に、文化部連合に鍵を返却。
表のプレートを取り外したら、すべてが終わる。
「まあ、終業式前に終わって良かったよ」
「そうだな。せんぱいたちの卒業式も終わったし、なんか急に身軽になっちまった感じだぜ」
昨日、私立葉南高校の卒業式が行われた。
俺と勇三は最後の仕事とばかり、先輩に花束を贈り、部員全員で写真を撮った。
先輩は「これからもよろしくな」と笑顔だった。
ちなみに卒業式の前日、先輩は家に帰って、盛大な親子喧嘩を終わらせた。
兄二人にローキックからのヒザ打ちを決めたらしい。
それを見て父親は、すぐ白旗を揚げたそうな。
親子喧嘩というか、リアルファイトではあるまいか。
結果、先輩の主張が通り、自立が了承されることとなった。
先輩はこれから、鬼参家の世話にならず、自分ひとりの力で行きていくのだ。
「しばらくは茂助くんの家にやっかいになるつもりだ」
自立とはなんだったのか。
先輩が卒業したあとでも、俺たちは授業がある。放課後はダンジョン探索だ。
「明日さあ、親類が集まるパーティみたいなの? 春に多いんだ。んで、俺も参加しなくっちゃならないんで、探索は無理みたいなんだ」
勇三がそんなことを言った。家の付き合いも大変だ。
「分かった。じゃ、久しぶりに休みにしよう」
俺としても、ダンジョン三昧でストレスが溜まっていたのでちょうどよかった。
玲央先輩に連絡して、明日は休みとなった。
先輩はちょっと残念がっていた。どれだけダンジョンに入りたいのやら。
「久しぶりに、買い物でも行こうかな」
昔は行列の情報を聞いて並びにいったものだが、それもなくなった。忙しすぎるのがいけないのだ。
というわけで、最近の流行が分からない。
この半年で、俺はどれだけアンテナが低くなったのだろうか。
吉祥寺の古着屋をまわって、どこかで行列ができていたら、一緒に並んでみよう。
そんなことを考えながら、馴染みの通りを歩いていた。
吉祥寺の駅前はやたらと細い道が多い。
どこもかしこも道が細く、曲がりくねっていて視界が悪い。そのくせ人の通りが多いのだ。
――ファン、ファン、ファン
パトカーのサイレンが聞こえた。
「事故か事件かな?」
大通りの方だろう。サイレンの音が近づいてきている。
さすがにこんな路地には来ないだろうと思っていると、車のタイヤがきしむ音のあとにドンという衝突音が聞こえた。
「……ん?」
「事故だ!」
「女の子が撥ねられたぞ!」
そんな声が聞こえる。
声は大通りの方からだ。パトカーのサイレンは少し前に通り過ぎていったが、それが原因か?
大通りまで駆けていくと、遠巻きに人垣ができていた。
みれば、少女が肩口から大量の血を流して、過呼吸をしている。
「痛い、痛い痛い痛い……腕が、腕がぁ」
周囲に助けを求めるように見回すものの、だれも近寄らない。
集まった人たちも、あまりの衝撃に二の足を踏んでいるのだ。
「――痛い! 痛いよ! ねえ、お願い、だれか、だれか!」
すがる者がほしいのか、少女は手をのばすが、その手を取る者はいない。
理由はすぐに分かった。
少女の右腕がなかった。
車とぶつかったとき、衝撃が腕に集中してちぎれたのだろう。
少女は気を失うこともなく、痛みに耐えている。
出血は多く、現場は血まみれだ。
俺は最近、もしものためにと、いつも『癒しの超水』を持ち歩いている。
決断は早かった。
「これを飲め! できるか?」
「痛い! 助けて! 痛いよぉ!」
「飲むんだ!」
わらにもすがる気持ちだったのだろう。少女は言われるまま、『癒しの超水』を飲んだ。
少女の身体が光に包まれ、何度も明滅する。
「熱い」
そのうち光が右腕に集まり、失われた腕が……生えてきた。
「…………………………えっ?」
すっかり元通りになった腕をみて、少女は戸惑いの声をあげる。
ちょうどそのとき、親切な男性が、どこかへ飛んでいった少女の右腕を抱えて戻ってきた。
集まっていた人々の間でざわめきがおこる。
それはそうだ。少女の右腕が2本あるのだ。
「……じゃ、そういうことで」
俺は身体強化を施して、ダッシュでその場を立ち去った。




