【異世界閑話02】戦争の事情(※夕闇 蓮吹流)
――タージェス共和国 オルームの町
大陸中部にある『タージェス共和国』。
温暖な気候と、肥沃な大地からの恵みにより、大陸随一の人口をほこっている。
現在、北部にあるヤンガス帝国と戦争中である。
富のタージェス共和国と武のヤンガス帝国の戦いは、周辺国を巻き込んで、双方引くに引けない状態となっている。
両国は国境に膨大な兵を置き、毎日どこかで小競り合いが行われている。
最近、大陸の南で巨魔と呼ばれる人の力を軽く凌駕する巨大な魔物が生まれたと噂が流れた。
これはゆゆしきことである。
巨魔は、この世界にある悪しきものが増加すると生まれる。
魔物が討伐されなくなると、マーラムの循環が行われなくなり、世界に溜まっていく。
強力な魔物がフィールドや天然のダンジョンに増え、それを討伐する者がさらに減っていく。
すると魔物が増え、強くなり、徐々に対応できる者がいなくなるという悪循環がおこる。
これがいわゆる『負の連鎖』である。
夕闇蓮吹流は、巨魔の噂を確かめるため、サルヴァン国の首都ブルンセンに赴き、旧知の間柄であるイスラーンから話を聞いた。
巨魔が生まれるほどマーラムが増加したのは、共和国と帝国の戦争のせいであることは明白。
いまも多くの兵と探索者が、国境で睨み合っているのだ。
彼らが戦争を止め、フィールドの魔物を倒し、ダンジョンを探索してくれたらどれほど世界の為になるだろうか。
「ねえ、この前、『ダンジョン省』の役人に聞いてくれたんでしょ? どうだった?」
ハスフィキールは、目の前の老人にそう尋ねた。
老人はハスフィキールの問いかけに首を横に振る。
「探索者不足は把握はしているとさ」
「ええ、それでどうなの?」
「それだけだ。現状、どうしようもないらしい」
「はぁ……ダンジョン省もだらしないわね」
ハスフィキールはわざとらしく、大きなため息をついた。
ハスフィキールの目の前にいる老人はフエノアギスといい、彼女の探索者仲間にして夫。
孫一の祖父である。
「反対にこう言われたよ。だれが口説き落としたのか知らんが、北に住む真眼族が戦争に参加するようだ」
帝国の北には、いくつかの部族が住んでいる。
帝国の同化政策に反抗し、帝国の武をもってしても「割に合わない」と同化を諦めさせた者たちである。
それが帝国とともに戦争に参加するというのだ。
「最近、帝国は押され気味なんだっけ?」
「国境線が2度ほど、北上したらしい」
つまり、起死回生の一手として、北の部族を口説き落としたことになる。
となれば、共和国もうかうかしていられない。いままで以上に戦力を増強することになるだろう。
「……まったく。こんな世界で『コンコルド効果』の話を聞くとはね」
ハスフィキールは愚痴る。
コンコルド効果とは、このままでは失敗することが分かっているにもかかわらず、これまで投資してきた分を惜しんで、撤退することができなくなっていることを言う。
せっかく店舗と肉と従業員を用意したのだから、多くの改装費をかけてでも高級焼肉店をオープンさせたいという心理に似ているだろう。
ようは、分かっていても撤退が決断できないのだ。
「これでこの国も負けてられないと戦力増強するだろうな」
フエノアギスの口調は苦い。
ハスフィキールも頷いた。
共和国の上層部は間違いなく、そう考えるのが分かってしまうからだ。
フエノアギスは長年、探索者として活動していたことで、ダンジョン省の役人とも親しい。
ダンジョン省の建物は各町に存在し、そこで周辺にある天然のダンジョンの管理や、探索者たちの支援を行っている。
2、30年前からダンジョンに入る探索者が減っていき、最近では最低ラインにすら届くことがなくなってきた。
巨魔の出現は、ダンジョン省も把握しているらしい。
このままでは人類滅亡へ向かって坂道を転がり落ちるだけだと認識しているものの、国境にいる多くの兵や探索者をダンジョンへ戻すことは難しいという。
「……まあ、仕方ないわね。それでもう一つの方は?」
ハスフィキールがフエノアギスに頼んだのは、実は二つあった。
ひとつは、早急に探索者を増やすこと。
共和国の上層部にそれを認めさせ、一部でもいいから探索者を本来の仕事へ戻すことだった。
これはダンジョン省といえども、国の方針には逆らえず不可能と言われた。
残るもう一つは……。
「そっちは、条件次第で許可が出た。だが、半信半疑といった感じだな」
「半信半疑ね。そりゃそうよね。……でもいいのよ。これで共和国の上層部に一泡ふかせられるわ」
「おまえ……悪い顔になってるぞ」
「あら、そうかしら?」
ハスフィキールは視線を外し、手を口に当てておほほほと笑った。
「そういえば、ダンジョン産の高級食材と武器を大量に買ったようだが、金は足りたのか?」
「ええ、むしろ増えたわ」
「…………」
フエノアギスは眉間を揉んだ。
ハスフィキールがどうやって金を用意したのか、予想できたからだ。
異世界から持ってくるものには、希少性の高いものも多く、高値で取り引きされることしばしばである。
ただ、これは危険な行為である。
異世界へ〈転移〉できることが国の上層部に知られた場合、国の発展、戦争に活用しようとするだろう。
だが、甘い物が好きなフエノアギスは、『こんびにすいーつ』なるものを頼むこともあり、文句も言いづらい。
「それより、そのとき商人から聞いたのだけど、エラン平原での戦い。帝国騎士が奮戦したんだって?」
「エランの包囲戦か。どうやらそうらしいな。その場にいた帝国騎士は全滅。だが本陣は健在だぞ。包囲完成前、騎士連中が片っ端から貴族をふん縛って樽に詰めて、後方に送ったらしい」
「相変わらずよね。帝国のそういうとこ、嫌いだわ」
「前線で上がいなくなれば、休戦もあり得たんだろうがな」
帝国の騎士階級は世襲制で、戦国時代の武家に似ている。
彼らは国のため、貴族のため、家のために命をかける。
数で勝っている共和国が押し切れないのは、この帝国貴族の奮戦に寄るところが大きい。
「やっぱり、あっちの世界のダンジョン探索にかけるしかないのかしらね」
「さて、ワシには分からん。効果が出るとしても何年も先の話になるだろう……そういえば」
「ん? なにかしら」
「おまえ、息子や孫たちに寿命のこと、話したか?」
「えーっと……レベルが上がると寿命が延びるって話?」
「そうだ」
「それっぽいこと言ったような……気もしないでもないようなあるような」
「ワシの父だって、探索で死ななければまだ現役だったはずだ。お前も120歳くらいまでは普通に生きるだろう」
「そうねえ。あと50年は現役でいたいわ。そこから余生かしらね」
「だから、そのことを息子のバストゥラは知っているのかと聞いているのだ」
フエノアギスに問われて、もうすぐ70歳になるハスフィキールは、「てへ」と舌を出した。
帝国と共和国の戦争は、支配体制の違いに端を発しています。
そのせいで、妥協が難しい状況と、勝手に講和すると周辺国との関係が悪化したり、これまで投資した金や人などが無になってしまうため、止められない感じです。
そんな話はおいといて、「異世界の情勢」は本編とは関係ないのでほとんど出てきません。
こんな感じの世界なんだなと思っていただければ、それで問題ないと思います。登場頻度はかなり少ないと思ってください。
それでは引き続きよろしくお願いします。




