030 新たな一歩
冬休みはダンジョン三昧。
朝から晩まで魔物を狩っていた。
ダンジョン産の食材……縁起物らしいが、見た目がアレなものと一緒に、今までにない武器を買ってきてくれた。
「安かったからねえ」と言っていたが、まあ、言いたいことは分かる。
使い古された中古武器だ。
サビがひどいので、ブラシのついたグラインダーで表面のサビを落としてから、砥石で磨いているところだ。
「戦場に放置されていたと言われても、私は驚かんぞ」
玲央先輩が結構きわどい発言をする。洗浄中の手が一瞬だけ止まってしまった。ダジャレではない。
槍や斧は、取り回しをしやすくしているのか、柄は思ったほど長くない。
ピッケルのような片手武器があったり、返しのついた剣があったりと幅広い。
「一通り、練習してみるといい」と言われたので、今度ダンジョンへ持っていくつもりだ。
そのダンジョンだが、学校が始まってからはさすがに1日1回の通常ペースに戻した。
冬休み中に鍛えた身体は健在で、前より効率よく戦えるようになっていた。
「先輩がたはそろそろ自由登校ですか?」
いつもの昼休み、『行列研究部』の部室で昼食を摂っている。
「そうなんだが、登校しないとつまらんだろ」
「家で勉強だけしていても息がつまりますしね。そうかもしれません」
残り少ない高校生活だ。
家で自主勉強していても、おもしろいことはなにもない。
「それでは、卒業までは学校に?」
「ああ、そのつもりだ」
「茂助先輩は、どうするんです?」
「拙者も登校するでござる。もともと受験はする気がなかったでござるゆえ」
茂助先輩は、高校を卒業したあと、IT系のプログラマーになる予定だったらしい。
俺たちが誘わなければ、いま住んでいる家を人に貸して、東京のアパートでひとり暮らしをするつもりだったようだ。
茂助先輩の家は小金井市にある。
ご両親は自衛官なので、このままこの町に戻ってこない可能性もあったのだ。
もともと立川駐屯地に勤めていたが、埼玉県にある朝霞駐屯地へ異動となり、家には茂助先輩しか住んでいない。
すでに家を株式会社ダンジョン・ドリームスの本拠地にする許可はいただいているという。
「先輩がたが卒業したら、本格的に会社運営がはじまりますね」
「そうだな。茂助くん、動画の方はどうなっている?」
「次の動画の用意はできているでござる」
「ついに戦闘シーン解禁ですか」
俺たちの『DDチャンネル』だが、最初は〈火弾☆1〉スキルを使う動画だった。
遠くから撮影したものをいろんな角度、複数のダンジョンで撮影し、それを数本の動画としてアップロードした。
つぎは魔物を映した動画だ。
向こうから歩いてくるだけの動画だが、「デキが良い」とかなり評判だった。
デキどころか本物なのだが、それは視聴者の知るところではないので、仕方ないのだと思う。
そして次、ついに戦闘動画をアップロードすることになる。
音声はカットしてある。
これでどんな反応が出るか、世間の動きを見極める狙いがあるという。
「ならば、今夜さっそくアップしてくれ。年も明けたし、そろそろいいだろう」
「分かったでござる」
そんな話をした日の探索で、俺たちはレベル11に上がった。
鬼参玲央:レベル11、生命値19、技能値35(総合値:54)
〈火弾☆1〉〈身体強化☆1〉
夕闇孫一:レベル11、生命値33、技能値20(総合値:53)
〈火弾☆1〉〈身体強化☆1〉
座倉勇三:レベル11、生命値28、技能値27(総合値:55)
〈火弾☆1〉〈身体強化☆1〉
冬休みの特訓が効いた形だ。
その日の夜、俺は茂助先輩がアップロードした動画を視聴した。
わかりやすさを重視したのか、虫系A2ダンジョンの動画だった。
ツノのあるワームとの戦闘シーンからはじまり、両肩に甲羅をまとったカマキリとの戦闘などが10分程度にまとめられていた。
俺と勇三、そして玲央先輩の顔にはモザイクがかけられている。
3人とも胸にアクションカメラを取り付けてあるので、魔物が倒される様子が、3人の視点から分かるようになっている。
カメラワークというか、茂助先輩の編集がうまいのだろう。
自然に映像が切り替わり、見たいシーンがきれいに繋がれている印象だ。
コメントの方も、「すげー」や「まじリスペクト」といった言葉が並んでいる。
この動画のクオリティならば、いつか話題になるだろう。
俺は安心して就寝した。
戦闘動画を投稿した日から数えてちょうど一週間。
部室でいつものように集まっていると、茂助先輩が、普段とは違う、重々しい雰囲気で語った。
「思った通りの効果が出たでござる。半信半疑でござるが、あれが実写であると結論付けた人が現れだしたでござる」
あの日から毎日3本の動画をアップロードしている。
すでに戦闘シーンだけで20本を超える量だ。
それらは個々に一万アクセス以上を叩き出していた。
「やっぱりそうですよね」
最近のアクションカメラは高画質で録画できる。
そしていまは、映像を検証できるソフトも揃っているのだ。
必ず、動画を解析しようとする人が出るだろうと、俺たちは予想していた。
玲央先輩が満足そうに頷く。
「動画のストックはどうなっている?」
「音声カットと顔モザイクの動画が100本以上あるでござる」
さすがに9月から今まで毎日探索していただけのことはある。
録画したものは一旦、ウェブのストレージにアップロードされ、全員に共有される。
これらの費用は4人で負担し、動画の収益化が完了して収入が出るようになったら、精算する予定でいた。
「なるほど。収益化は可能なのか?」
「もう少しで条件を満たすでござるが、これはもうなったも同然でござる。そもそも収益化の条件自体はかなりゆるいでござる」
「そうか。まあ、そっちは急がなくてもいいだろう。申請してから通るまで日数がかかるようだし、起業はまだ先だしな」
「会社の準備はどうなんですか?」
「うむ。起業の準備はほぼ終わっている。高校卒業を待って、4月1日に会社を設立することになるだろう」
専門の人に意見を聞き、法務や税務に関しては、すでに条件をクリアしている。
もちろん、短期、中期の経営ビジョンも出来上がっている。
あとは実行に移すかのみだが、成人年齢が20歳から18歳に引き下げられたことで、親族の同意なしに起業の発起人となれるようになった。
先輩はすでに18歳になっているため、高校卒業を待って、会社を設立することにしたのだ。
「3月までは受験生でいるさ」と先輩はうそぶいている。
なんにせよ、もうすぐ世間をあっと言わせる日が来る。
『行列研究部』の部室に、玲央先輩の不気味な声が響き渡った。




