028 お正月
御札を取りに行った翌日、勇三が家にきた。
さっそくとばかり、俺は昨日の出来事を語って聞かせた。
「魔物とそれを狩る一族みたいなの? ゲームとかにありがちな話だな」
「信じられないだろうけど、山の中に大猿がいたのは確かなんだよ」
祖母が言うには、この世界にもほんの少しだけど、そういった魔物が現れる可能性はあるという。
結局、あれがそうなのかは分からない。
ただ、極々まれにでも魔物が出現するのなら、それを狩る人がいてもおかしくないと思い始めている。
「それで明日は大晦日だぜ。オールでダンジョンに入るだろ?」
「なんでダンジョンの中で年越しをするんだよ」
年越しダンジョンって……勇三の考えていることが分からない。
「なんか、貴重な経験じゃん。そういうの」
「それって、どうなんだ? そもそもおまえは平気なのかよ」
「ああ、俺はダチと年越しするって言えば問題ない。玲央先輩も塾の集中講座とか言えば、家にいなくても平気らしいぞ」
「ほんとに平気なの?」
冬休みの間、ほとんどわが家で合宿状態だったんだが。
「せんぱいってさ、貰った小遣いの中で塾の費用とか出してるみたい。つか、そもそもどんな塾に通っているか、把握してないんじゃねえかって」
「なにその放任主義」
家族の前では猫を被っているとは聞いていたけど、玲央先輩の家は相当だな。
「というわけで、オールでダンジョンしようぜ」
「なにそのパワーワード」
オールでダンジョンって。
「んで、おまえんちは大丈夫か?」
「そういえば、おばあちゃんが、うちで新年会をやりたいって」
「ん?」
「父さんも海外で正月を迎えるみたいで、母さんもそっちに行っちゃった。いま家に、俺とおばあちゃんしかいないんだよ」
「へえ……親父さん、戻ってこないの?」
「向こうのニューイヤーパーティに出席するんだと。夫人同伴らしい」
「へえ、大変だな」
「よくわからないけど、数年分の仕事を2年くらいでまとめなくっちゃいけないらしくて、時間を無駄にできないっぽい」
「どこも大変だな。……で、新年会は大丈夫だぜ。もちろん出席する」
「茂助先輩も来るって言ってた。……ただ、おばあちゃんが、異世界からいろんなものを買ってくるって言ってるんだよね」
「おっ、異世界産の料理か。楽しみだな」
「俺はときどき、おばあちゃんから貰ってた食べ物が異世界産だって知って、今更ながらに戦慄してるよ」
どう考えても手作りとしか思えないお菓子とか、祖母はときどきくれた。
だが、一体だれが作っているのか。どこでもらってきたのか一切謎だったのだ。
「それじゃお前は、異世界の食いもんとか、慣れてるのか」
「慣れてないよ。ビーフジャーキーだと思っていたものが、魔物の肉だったりしたしね。どうも野性味あふれる味だと思ったよ。たぶん、おまえも食べてるぞ」
「マジ? ……そういえば、妙に歯ごたえのあるグミとかあったな。まったく噛み切れないし、味はついてないし」
「ああ、あった。カラフルなグミだったけど、あれたぶん異世界の魔物素材だぞ」
おそらくグミでもない。
「まじかーっ!」
いまだかつて、売っているのを見たことがないし。
「そういえば一度、変な粉を舐めさせられたよな。あれ、なんだったんだ?」
「さあ……おばあちゃんに聞いてみないとわからないけど、知りたい?」
「………………いやいい」
勇三は、しばらく葛藤したあと、そう言った。
年末も集中的にダンジョンに入っていたため、勇三の言っていたオールでのダンジョン探索は不可能となった。
身体がもたないのだ。
2回目の探索を終えて、食事を摂ったあと、さあ、明日の朝まで一踏ん張りしようかと思ったが、身体が動かなかった。
連日の疲れもあり、ぬくぬくしたこたつに入ったまま、3人とも寝てしまったのである。
「あけましておめでとうでござる」
元旦になって、茂助先輩がおせち料理持参でやってきた。なんてイケメン。
「あけましておめでとうございます、茂助先輩」
「招待ありがとうでござる。今年もよい1年になるとよいでござるな」
茂助先輩が持ってきたのは豪華な三段重。
それが、異世界料理の隣に置かれると、ミスマッチ感が凄い。
「孫一氏。もしかしなくても、これはアレでござるな」
「ええ、祖母があっちの世界から持ってきたものです」
茂助先輩は、テーブルの真ん中に鎮座している輪切り肉の塊を指さした。
「この野性味あふれるぶつ切りは……?」
「大海蛇のソテーです」
「斬新なソテーであるな」
☆5ダンジョンで取れる魔物由来の素材だ。
巨大な蛇の輪切りが、だるま落としのように重ねられていると思えば間違いない。
真ん中に1本背骨が通っているのがなんともシュール。
「こちらのもも肉っぽいものは?」
「ギヴァールというらしいんですけど、ワイバーンに似ている魔物の肉みたいです」
「……そこのイソギンチャクのおばけみたいなのは?」
「ムッシュべーという八頭蚯蚓の肉だそうです」
「我慢大会でござるか?」
「だいたい合ってます。お雑煮に使ったダシは、髑髏烏の骨ですし。もともとは錬金素材みたいですね。食べられないけど、ダシはとれると祖母が言ってました」
「そうでござるか。して、見てはいけないもの……ザル一杯の目玉は?」
「これ、見た目は目玉そっくりですよね。実は、植物の実らしいんですよ。味も目玉そっくりらしいですけど」
「それは目玉というでござる」
茂助先輩はドン引きだ。
異世界だと、高レベルダンジョンの素材は結構貴重らしいので、ありがたくいただくことにするが、見た目はまあ……食欲が失せることこの上ない。
ほかにも滋養強壮にいい薬草サラダなどもあるので、健康には良さそうだし、縁起物として一口ずつ食べておけば、健康になれるんじゃなかろうか。
「孫一、おまえんちって、毎年こうじゃないよな?」
「父さんがいたからね。さすがに不明な食材は使ってなかったと思う」
少なくとも、食卓にはのぼらなかったはずだ。
それでもみな、好奇心半分で、異世界料理を口に入れていた。
見た目はあれでも、存外おいしい……ということもなく、素材が味を主張しすぎていて、カレーの中に入れてもカレーが負けるんじゃないかと思われた。
「そういえば、私たちのドロップ品の中にも肉があったが……」
先輩は思い出したのだろう。だが、それは禁句なのだ。
「うちの冷凍庫に入ってますよ。虫の肉ですけど、焼いて食べます?」
「うむ。忘れた。何のことかな?」
「たぶんそれで正解です」
いくら食用だろうとも、食べたくないのである。とくに正月は。
この新年会だが、茂助先輩が持ってきたおせち料理ばかりがよく減った。
とても助かったとだけ、言っておこう。




