027 邂逅と遭遇
御岳山は青梅市にあり、家からだとそれなりに近い。
電車に揺られて30分ほどで御岳駅に着いた。
「よし、走るか」
さほど高い山ではないため、身体強化を施さなくても、十分登り切ることができる。
鍛錬する意味もあるため、身体強化しないまま坂道を駆け上がった。
普通に歩くと山頂までおよそ2時間。
今回はジョギングペースで登ったので、半分以下の時間で着いた。
神棚と台所用に2枚の御札を購入したとき、ふと思い出したことがある。
「御岳山のふもとにキャンプ場ってあったよな。どっちだっけか」
たしか、御岳山を登らずにぐるりと山道を一周すると、キャンプ場へ出たはずだ。
真面目一辺倒の父親は、いつでも忙しくしていて、どこへも連れてってくれなかった。
そんな幼少時代だったが、祖母と一緒に御岳山のハイキングコースを歩いたことがある。
御岳駅から3駅か4駅分は山の中を歩くため、それなりの運動量となる。
完全に山の中を歩くのだ。ちょっとしたハイキングにしては重い運動だが、懐かしい思い出である。
「方角的には……こっちか」
山頂からは道はない。だが、身体強化すれば、道なき山中でも行けるのではなかろうか。
来た道を戻るだけなら、だれでもできる。今回は、少しだけ冒険してみよう。
俺は身体強化を施して、一気に山を下った。
「……ん? いま何か抵抗があったような」
オブラートの膜を突き抜けたような感じがした。
立ち止まって振り返るが、そこに何もない。
「あの感触……なんだったんだ?」
背の高い木々に視界が遮られているが、おそらくここは山の中腹くらいだろう。
人の手が入っているとは思えないので、気のせいだったのかもしれない。
そんな風に思っていたら、身長が2メートルをゆうに超える類人猿みたいなのが目の前に現れた。
「えっ? なんでここに大猿が?」
つい最近、A3ダンジョンで戦った大猿だ。
――ぐるんがぁああ!
鳴き声も同じだった。ダンジョンで戦った大猿に間違いない。
大猿は俺を敵と定めて襲ってきたので、至近距離から〈火弾☆1〉を放つ。
胸元に炸裂した炎の弾は、ボシュっという音を残して消えた。
大猿は胸を掻きむしって、俺から視線を外す。
好機とばかり、すかさず近寄って大猿の首をへし折った。
ゴキリと音がしたあと、大猿は黒いもやとなって、消え失せた。
「消えたってことは……これまじで、ダンジョンの魔物じゃん。どうなってんの?」
ドロップ品はなかった。大猿の場合、☆1の魔石か、猿の毛皮を落とす。
しばらく周囲を探した、他の魔物は見当たらない。
だが、山の下方から草木をかき分ける音がした。
「だれかが近づいてくる?」
草木に隠れて姿が見えないことから大猿ではないだろう。だとすると、人間かもしれない。
俺はとっさに跳躍し、木の上に隠れた。
少しして現れたのは、長い黒髪を無造作に背中に流した若い女性。
中学生か高校生くらいだろう。紺色のセーラー服に白のネクタイ。
見たことがない制服なので、近隣の生徒ではないと思う。
こんな山中にセーラー服の少女が歩いているだけでも怪しいのに、手には抜き身の日本刀を握っていた。
シリアルキラーだろうか。
「どうした?」
後から、これまた厄介そうな男が現れた。大きな斧を手にしている。
山賊髭に毛皮の肩当てをつけているが、純粋な木こりとも思えない。
一瞬、異世界に紛れ込んでしまったのかと思っていると、2人の会話が飛び込んできた。
「さっき、外から結界が破られた気配がしたのだけど」
「そんなはず、ないだろう」
「だけど……うーん、そうよね。あと、昏きモノの気配がひとつ、このあたりで消えたかも」
「捉え間違いじゃないのか? それとも結界の外へ出たとか」
「さすがに内から結界が破られたら分かるわよ」
「ふむ……だが、気配はないな」
「不思議ね」
話からすると、下の2人はあの大猿を追って、ここまできたようだ。
ということは、大猿はダンジョンから逃げたわけではなさそうだが、あの少女といい、山賊の男といい、怪しすぎる。
しばらく動かず、じっとしていた方がいいかもしれない。
2人が周囲を探索し、首をかしげながらいなくなった。
それでも俺は、30分ほど木の上に留まり、気配を殺しながら山を下りた。
途中、先ほどのような目に見えない何かを通過した感じは受けなかったので、彼女の言う「結界」はすでに解除したあとだったのだろう。
「遅かったねえ」
家に帰ると、祖母がそんなことを言った。
「途中で変な人とすれ違ったんだ」
俺は大猿が出たこと、刀を持った少女や、結界らしきものを抜けた話を祖母に伝えた。
「あっちの世界に比べると、本当にわずかな量だけど、魔物の元となる悪しきものはこっちにもあるんだよ。それが形をなしたんじゃないかねえ」
「そんなものがいるの?」
「あたしだってまだ、形をなしたのはみたことないけど、悪しきものの気配はまれに感じるからね。そういうのが凝り固まったっておかしくないさ」
「つまり?」
「そういう存在がいるなら、討伐する者もいてもおかしくないだろ」
俺が会ったのは、そういうことを生業としている人間たちではなかろうかと祖母は言った。
「ええー……そんなの今まで、会ったことなかったのに」
「結界を張ったって言ってたんだろ? だったら、そのせいで普通の人は入れないんじゃないかね。もしくは気がつかないか」
「なるほど……じゃ、なんで俺は?」
「そりゃ、レベルが高いからだろう」
レベルが上がれば、身体が強化されるだけでなく、精神も強化される。もちろんさまざまな耐性も。
人避けの結界や、物理結界があったところで、高レベルならば関係ない。
そのせいで、無意識に結界へ入ってしまったのではないかと祖母は言った。
「つまり、今後もそういう結界があったら……うわっ、なんか面倒そう」
「そうそうあることじゃないし、忘れればいいんじゃないかね。どうせあんたの方がレベルが高いんだし」
「そんなものなの?」
「そんなものだよ」
そう言って祖母は笑った。
あけましておめでとうございます。
また本日より連載を再開しますので、本年もよろしくお願いします。




