026 冬休み
冬休みに入った。
例年はダラっとテレビを見ながら、たまに思い出したように1年を振り返るくらいだ。
だが今年は違う。俺の隣には、玲央先輩と勇三がいるのだ。
「今日は魔法なしで行くぞ」
先輩がやる気を漲らせている。
気持ちは分かる。先輩はこの冬休みで、大幅なレベルアップを狙っているのだ。
冬休み初日から、1日2回ダンジョンに入っている。
というか、先輩と勇三は我が家に泊まっているので、合宿状態である。ダンジョン合宿だ。
母は「あらあら、お友だちが増えて良かったわねえ」とニコニコ顔だ。
まあ、いつもニコニコ顔なのだが。
1回目の探索は、朝6時から12時まで。
安全マージンを十分とった上での探索だが、これだけでもうヘトヘトだ。
だが冬休みはこれでは終わらない。
昼食と休憩を挟んで、午後3時から9時まで2回目がある。
はっきり言って異常だ。
しかも先を見据えて、いろいろ試しながらの探索である。
今回は剣と盾を使った体捌きと、連携の練習。
魔物の攻撃を盾で受けて、反撃して倒すというもの。
ボクシングで「ワンツー」というのがあるが、あれはワンのタイミングでワンとツーの2発を打ち込むらしい。
音にすると「パン、パン、パパン」となる。
いまやっている練習もそれに近い。盾で受けて、ワンクッションおいてから剣で反撃ではなく、受けたときに剣で反撃する感じなのだ。
後の先とでもいうのだろうか。これが意外に難しい。
「剣が遅れている! これがうまくできないと、戦闘時間ばかり伸びてしまうぞ!」
先輩の檄が飛ぶ。
「大猿が意外にすばしっこいんですよ」
「すばしっこいからこそ、相手が攻撃してきたタイミングを狙うんだ」
「そうですね」
分かっているのだが、それが難しい。
巨獣系A3ダンジョンだと、レベル9の俺たちでも、結構ギリギリだ。
5人ならば余裕もあるのだろうが、3人だと全員が戦うため、他へのフォローができなくなる。
「先輩、せめて遠距離で頭数を減らしません?」
「それに頼り切りになるのが怖い。いまは実感できないかもしれないが、ここで踏ん張った経験が生きる時がきっとある」
「分かりました」
巨猿は、2、3体まとめて出てくることが多いので、いつでも気が抜けない。
だが、この苦しい戦闘を続けると、剣や盾の扱いに慣れてくるのは分かる。
そもそもこれは現実の戦闘。
ゲームのような職業の概念は存在しない。
持っているスキルをどう使っていくかが、生き残る鍵となるのだ。
自分の引き出しをたくさん持っておいて損はないはずである。
だからこの練習だって、無駄にならない……のだけど、ダンジョン合宿の最中にやるのはどうなのだろうか。
「おっ、あそこに宝箱があるぞ」
「本当だ。珍しいね」
勇三がさっそく駆け寄っていく。
宝箱は、月に1個見つかるかどうか。毎日ダンジョンに入っていてもこんなものだ。
宝箱が出る確率はかなり低いとみていい。
「宝箱もA1よりA2、A2よりA3の方が出やすいんだっけ?」
「そうらしいね。階層を深く進んでいけば出やすいという話もあるけど、それは確率的な問題だと思う」
各階層に宝箱が出る確率を1%だとしたら、10階、20階と進めば見つかることだってあるだろう。
深い階層に進めばそれだけ、判定が行われたことを意味する。
「……で、今回のお宝は何かな?」
勇三が宝箱を開ける。すると中から、1本の瓶詰めポーションがでてきた。
「『石化払いの水』だ。ハズレか」
☆1のダンジョンで石化攻撃を使ってくる魔物は少ない。
しかも徐々に石化がはじまるため、すぐにダンジョンを出て治療すれば大事に至ることはない。
かといって、☆2で受けた石化はこのポーションでは治らない。
「倉庫行きだね」
とりあえずいま必要のない素材やアイテム類は、すべてわが家の倉庫に保管してある。
「スキルオーブが出てほしかったが、そんな簡単にはいかねえよな」
俺たちは探索を続けた。
合宿を4日ほど続けた結果、俺たちのレベルが10に上がった。
これでスキル2個目を習得できる。
その日は途中で探索を切り上げて、祖母に新しいスキルを伝授してもらった。
俺と勇三は〈火弾☆1〉で、レオ先輩は〈身体強化☆1〉だ。
レベル5ずつにスキルを一つというのは、かなり厳しい縛りだと思う。
次に俺が覚えたいスキルは〈閃刃☆2〉だが、レベル15までお預けだ。
玲央先輩は〈調合☆2〉を覚えたいらしい。
それでポーションを作製したいと言っている。
レベル10になった俺たちのステータスは以下の通り。
鬼参玲央:レベル10、生命値18、技能値33(総合値:51)
〈火弾☆1〉〈身体強化☆1〉
夕闇孫一:レベル10、生命値32、技能値19(総合値:51)
〈火弾☆1〉〈身体強化☆1〉
座倉勇三:レベル10、生命値26、技能値26(総合値:52)
〈火弾☆1〉〈身体強化☆1〉
無事、スキルを2つ取得したので、わが家でお祝いした。
そろそろだろうと思っていたが、実際にレベルがあがってみると、嬉しさはひとしおである。
積極的に強い敵を狩り続けた結果、レベルアップの速度も上がってきたように思える。
翌日は、朝の探索だけ行って、玲央先輩と勇三は家に帰っていった。
午後はフリーだ。ひさしぶりの半休。
「孫一や、お社に御札を取りにいっておくれ」
「ああ、もうそんな時期なのか」
我が家の神棚にある御札は、毎年元旦につけ替える。
年末のうちに、来年の御札をもらいに行かねばならない。
「行って帰ってきて4時間くらいかな」
御札をもらうには、武蔵御嶽神社まで行く必要がある。
武蔵御嶽神社は御岳山の山頂にあるため、行って帰ってくるだけでも大変だ。
我が家からだと、青梅線で御岳駅まで向かい、そこからロープウェイで山頂付近まで乗って、最後は30分ほど山を登らねばならない。
「どうせなら、駅から走ってみなさい。鍛錬になるだろ」
「えっ、1時間以上かかるよ」
祖母の無茶振りがはじまった。
「走ればすぐだよ」
たしかに鍛錬にはなるだろう。
「……まあ、仕方ないか」
いまはまだ昼を回った頃。
走れば暗くなる前には山を下りられるだろう。
というか、暗くなったら遭難してしまう。
さすがに近場の山で遭難は勘弁してもらいたい。
「じゃ、行ってくる」
俺は御札を取りにでかけた。
本日12月31日をもちまして、今年の投稿は終了となります。
来年のスケジュールですが、1月4日からを予定しています。
三が日だけお休みをいただきます。
お暇な方は、同時連載中の『男女比がぶっ壊れた世界の人と人生を交換しました』をお読みいただけたらと思います。
それではみなさん、よいお年をお迎えくださいませ。




