025 レベルアップの恩恵
島原先輩に呼び出されたら、他にも2人ばかり待ち構えていた。
俺を入れた4人が、人気のない防災用具庫の裏に集合だ。
なんとなく顔を見たことがあると思ったら、『イケメン三銃士』が勢ぞろいしていた。
俺的には、『イケメン三銃士(笑)』なのだが、いまそれを伝えると、火に油を注ぐことになる。
「お前のせいで、2週間の停学になったんだぞ」
いきなり、阿久津先輩にそんなことを言われた。
「ウルトラ大回転をしても、俺のせいじゃないですよね」
「なんだそりゃ!?」
一周回ってどころの話ではないという意味だ。
まあ、呼び出して待ち伏せしていたんだから、このまま穏便に済むはずがない。
それで彼らは卒業を控えた3年生。
軽くボコられて溜飲が下がるなら、それでもいいのだが、さてどうしよう。
「てめえだけは絶対、許さねえ!」
島原先輩がすでに激高している。
「えと、ここに来る前、ちゃんとトイレ行きました?」
「てめえええっ!!」
半分は親切心で言ったのだが、マジギレしやがった。
「ここは土の上だからいいですけど」
島原先輩の粗相のせいで、『行列研究部』のゾウキンが1枚、お亡くなりになったのだ。
洗って再利用したくない気持ちを分かってほしい。
「ぶっ潰す! ひん剥いてネットに晒してやるよ!」
前言撤回。ボコられるのはなしだ。
「島原先輩の場合、すべて自業自得だと思うんですけどね。あと、自意識過剰? それがなければ、違った結果になったと思いますよ」
少なくとも、『イケメン三銃士』なんて呼ばれなくても、彼女の一人くらいできただろう。
ズボンを濡らして廊下を疾走する羽目になったりせず、そこそこ幸せな学生生活を送れたと思う。
「うるせえんだよ。おい、やるぞ!」
3人が俺を囲むように動いた。
正直ここ4ヶ月、毎日ダンジョンに入って魔物と対峙している身からすれば、普段ロクに運動していない高校生3人なんて、脅威でもなんでもない。
最近は武器を失ったときのために、武器なしで戦ったりもしているのだ。
玲央先輩の発案だが、これがいい鍛錬になる。
「やっちまえ!」
声だけで、殺気が乗っていない。
島原先輩の顔面に猫パンチを放つ。
パチンといい音が響いて、ヘナっと膝から落ちた。
「……ん?」
あっけない?
「うおおおおっ」
阿久津先輩が俺を羽交い締めにする。「いまだやれ」とか言っているが、拘束がゆるい。
一気に剥がして裏拳を見舞うと、「ぐぎゃっ」とゴブリンのような声をあげてひっくり返った。
残るは一人。拳を振り上げたまま、驚愕の顔で固まっているので、顔に掌底を放つ。
あっけなくひっくり返り、立っているのは俺だけになってしまった。
「えーっと……弱すぎない?」
島原先輩は、よほど痛かったのか、顔を抑えて震えている。
待つこと5分。ようやく3人が立ち上がった。
「じゃ、続きをしましょう。今度は俺から行きますね」
先ほどは顔だったので、今度は腹を狙ってみる。
音にすると、ドン、パン、バンだ。
3人とも苦悶の表情を浮かべて地面を這っているが、その間、おれはやはり首をかしげていた。
「脆い」
当たり前だが、身体強化のスキルは使っていない。
それでもこの差である。
たしかに毎日6時間くらい探索で歩いている。
魔物と遭遇すれば戦うわけだが、連戦することもある。
ダンジョンから出てくるときはもう、ヘトヘトに疲れている。
レベルも上がってきたし、鍛えられた自信もある。
だが所詮はレベル9。まだまだだと思っていた。
3人が起き上がってくるまで、10分はかかった。
「じゃ、続きをやりましょう」
今度は足がいいかなと思いはじめていると、「もうやだ」と一人が逃げていった。
「2人ですか、俺はそれでいいですけど」
そういうと、残った2人も戦意を喪失して、膝立ちになった。
どうやらこれで終了らしい。
「そりゃお前、レベルアップの恩恵だろ」
島原先輩に呼び出された件を勇三に話したら、そんなことを言われた。
「それは分かるんだけど、極端過ぎない?」
3人を軽くノシてしまうほど、力が強くなっているとは思えない。
「もともとおまえのステータスは前衛だろ? それでレベルアップしたら、そうなるんじゃないのか?」
「そうかなあ」
「それより島原のヤツ、何考えてんだ? オレがぶちのめしてやるか」
「だいぶ懲りたらしいから、もう絡んでこないと思うよ」
もともと喧嘩なんてやったことなかったんだろうし、3人いれば勝てると思って仕掛けたら、相手にもならなかった。
心もプライドもへし折れたようなので、もう絡んでこないのは本当だ。
そもそもこの時期に大きな怪我をしたら、受験に差し障る。
うちは進学校なので、ほぼ全員が大学進学希望なのだ。
「いまから腕の1本くらい折っておいた方が、世のためになるんじゃないか?」
「恨まれるよ、それ」
1月中旬から、我が校は自由登校になる。
推薦で進学が決まった3年生は登校してくるが、それ以外は家で勉強三昧の日々を送る。
島原先輩も学校に出てこないだろうし、学校で出会う機会はほぼないんじゃなかろうか。
「それよりこの身体能力の強化はなんだろうね」
「強化されたのは、力だけじゃないからだろう。たとえば、筋力、俊敏、耐久が2割も上がれば別人だぜ。思考速度や反応速度も上がれば尚更だ。スキルを使わなくても、素で強いんだろうな」
「いま100メートルを走ったら、えらいことになるかも」
レベル5のときでも、自己ベストから1秒は縮まったのだ。
さらにまた1秒縮まったら、大変なことだ。
そのうち、高校生記録を抜いてしまうかもしれない。
ちなみに後日、レベル63ある祖母に聞いたら「あたしだって、トラックに轢かれたら痛いよ」と言われた。
どう答えていいか分からないので「そりゃ、痛いよね」とだけ返しておいた。




