024 マーケティングのやり方
12月に入った。
霜柱を踏み抜きながら登校すると、イケメン三銃士の一人が女子を殴ったと噂になっていた。
殴ったのは3年生男子で、殴られたのは1年生女子。
俺たち2年生は完全に蚊帳の外だが、そのせいか噂話に花が咲いていた。
男女間のトラブルだから別れ話からの喧嘩が想像されたが、事実はまったく異なっていた。
「孫一、聞いたか? 3年の阿久津ってやつが、1年女子に怪我させたらしいぜ」
昼休み、部室で弁当を食べていると、勇三がやってきた。
勇三の場合、人を寄せ付けない外見をしているせいか、あまり噂話に詳しくない。
それでも勇三の耳に届くのだから、この話はかなり広まっているのだろう。
「うちのクラスの話だと、ナンパをすげなく断られて、しかも馬鹿にされてカッとなったらしいな」
顔を殴られて、鼻の軟骨が折れたようだ。
「重傷じゃん。マジで殴ったのか?」
「残念ながら、そうみたいだね」
阿久津先輩は、『イケメン三銃士』のひとりに数えられているほど大の女好き。
最近、周囲の女性の態度がつれないため、学園祭で目をつけた1年女子のところへナンパに行ったらしい。
けんもほろろに追い返されることになったようだが、つい矜持からか「おれはこの学校のイケメン三銃士のひとりなんだぜ」と言ったとか。
そこで相手の女子は大爆笑。「あのイケメン三銃士!」とか「イケメン三銃士(笑)」と腹を抱えながら、「チョーウケる!!」と指さして笑ったという。
最近の不遇でストレスが溜まっていたこともあって、思わずグーで殴ってしまったようだ。
イケメン三銃士がなぜそこまで笑われたのかと言えば、俺の一言が原因だろう。
真の意味は、1年生の間にもかなり広まったらしいし。
「それにしても、女子を殴るなんて、サイテーだな」
「そうだな」
女子を殴るなんて最低だ。
だが、島原先輩はその話を聞いて「孫一許さん」とか言っているとか。
なんで俺なんだよ。まったく困ってしまう。
12月ともなると、日中でも肌寒い日が多い。
ハッキリしない天気が続いているせいか、道行く人々の背は丸まってみえる。
茂助先輩がアップロードした『魔物が徘徊する動画』だが、コンスタントに数千アクセスあるようで、それなりにコメントがつくようになってきた。
ただし、ほとんどが「うまいですね」「ディティールにこだわりを感じます」といった、CGを前提としたものは相変わらず。
中には「動きが単調で、リアリティがいまひとつ」なんてコメントがある。
「実物を見たことないだろ」と思わず画面に突っ込んでしまった。
そういった相手を下げて自尊心を満たすのもあるが、概ね好意的なコメントで溢れている。
一度探索中に、茂助先輩がどこを目指しているのか、玲央先輩に聞いてみた。
「茂助くんのやり方か? 私も詳しくは知らないが、以前、コンテンツマーケティングのみに頼ることになるため、炎上するとあまりよろしくないらしいと言っていたな」
「どういう意味ですか?」
「本物だと言い張ると、炎上するだろ? webでしか情報を発信しないため、余計な手間はかけたくないのだそうな」
実際にダンジョンに行ってきて録画してありますと書いたら、ほとんどの視聴者は冗談と思うだろう。
だが、中には「嘘を書くな」と気分を害する者も出てくる。
悪意のある者がそれに便乗して燃え上がらせると面倒なので、最初はCG前提でもいいだろうということらしい。
「少人数で回すことになりますし、いまでも手が足りていないですしね。気持ちは分かります」
炎上したら、対応に追われる。茂助先輩ひとりでその対処をしつつデータベース化を行い、動画の編集とアップロードを繰り返す……うん、普通に無理そうだ。
「コンテンツマーケティングの手法として、距離を近くしたいとも言っていたな」
「距離を近くですか?」
「好感度を高めて、視聴者を大事にしていくようだ」
「なるほど。有名になると、そういった部分に手は回らなくなりますからね」
「ああ、視聴者との関係性を良好にするためには、ただ情報を垂れ流すだけでは足りない。求めるものを提供したり、状況を理解して配慮したり、気持ちよく動いてもらう環境を整えたりする必要があるようだ。そういう相手として、CG趣味の人たちを選んだのだろう」
「えと、話が難しくなりましたけど」
「ようは、自ら食いついてくれるコアな人材を先に確保したのだと思う。一部界隈でしか認知されていなくとも、その過程でかならずアンテナの高い者たちの目に届く。茂助くんは、そういったアンテナの高い者たちとダイレクトに接することで、味方を増やそうとしているらしい」
「茂助先輩はそんなことを考えていたのですか」
「企業主導だと、いっきに興味をなくす者も出るらしいので、しばらくこういった地道な活動を続けていくそうだ」
「なるほど、分かりました」
個人だと応援してくれても、それが企業の手が入っていた場合、一気に冷める人がいる。
マーケティングひとつとっても、いろいろと難しいのだ。
とにかく茂助先輩が、深く考えていることだけは分かった。
「そういえば、魔物のデータがほしいから、悪魔系、巨人系、巨獣系のダンジョンに入ってほしいと言っていたぞ」
「難関ダンジョンばかりじゃないですか!」
「A2でいいだろう。だが難敵との戦闘も、いい経験になる」
「そうですね。じゃあ、明日から……って、巨人系のダメージって馬鹿にできないんですけど」
「まあ、なるようになるさ。期待しているぞ」
「……頑張ります」
難関ダンジョンの探索を続けること数日、ようやく自分より大きい敵との戦闘に慣れた頃、レベルが9に上がった。
「あとひとつレベルが上がれば、2個めのスキルを覚えられますね」
「ああ、私が〈身体強化☆1〉で、孫一くんたちが〈火弾☆1〉か」
「遠距離攻撃は、全員が覚えておいておきたいですね」
「そうだな。身体能力の向上は、もしものときに役立つ。……だがそうすると、〈調合☆2〉を覚えるのはレベル15になってからになるな。先が長いな」
「仕方ないですよ。それに俺たちじゃまだ、Bダンジョンにすら入れてないんですから」
〈調合☆2〉のスキルは、☆2のダンジョン、つまりBダンジョンで採取できる素材まで調合できる。
これは〈調合〉スキルに☆2がついているから分かることだ。
ひとつでも☆3以上の素材が入っていると調合できない。
祖母は「☆3のアイテム? 買えばいい」と言っていた。
調合で生活するわけでないので、わざわざ作らなくてもいいようだ。
それはそうなんだけど、なんだか身も蓋もない。
ちなみに、異世界へ行けない俺たちだと、☆3のアイテムは買えない。
自力で手に入れるには、Cダンジョンで☆3の〈調合〉スキルをゲットするしかない。
そういうのを期待しよう。
冬休みを楽しみにしつつ、探索と勉強、ときどき友だちとバカ話をしつつ日々を過ごしていた。
そうしたらなぜか、島原先輩に呼び出された。
思い当たるフシはあるので、素直に呼ばれていくと、どうにも不穏な空気をまとった3人が俺を待ち受けていた。
学校の敷地内とはいえ、呼び出された場所は防災用具庫の裏。
普段だれも訪れない場所だ。
これは下級生へのヤキ入れというやつだろうか。




