021 学園祭2日目
学園祭の2日目が始まった。
午前中はまたもや俺が受付だ。
階下の方で賑やかな声が聞こえる。
3階は展示系のものが多く、たまに間違って上がってきても、場違い感にすぐ階段を下りてしまう。
ここも学園祭の会場ですよ、間違ってませんよと言ってやりたいが、一瞬で消えていく。
まあ、気持ちも分かる。
「本来は、こういうのが学園祭だと思うのよ」
とは、隣の教室で展示をしている『植木研究部』の女子。植木女子だ。
展示配置の関係上、植木研究部は教室の後ろを出入り口にしたため、受付が近いのだ。
黒板のある前側がもっとも良い展示スペースになるのだから、仕方ないのだろう。
「階段を上がって最初に見えるのが囲碁部、そのとなりが鉄道研究部でしょ。それを振り切って奥に足を運んでも、続くのがネトゲ部にパソコン部だしね」
「その奥にわたしのところの植木研究部」
「そして最後は、うちの行列研究部だしね。コーヒー淹れたんだけど飲む?」
さすがにこのラインナップはすごい。
いくら外部から大勢の客が押しかけているとはいえ、ここに人が来ないわけだ。
「あっ、もらっていいの? さっきからいい匂いして」
「どうぞ。コーヒーメーカーで悪いけど」
昨日馳先輩がコーヒーを差し入れてくれたが、どうせならと思って、家から一式持ってきたのだ。
「……ヒマねえ」
「そうだね」
この植木研究部の女子とは、話したのは今日が初めてだ。
同じ学年といえども、クラスが違えばそうそう知り合うこともない。
コーヒーを飲みつつまったりとしていると、お客さんが一人やってきた。
「いらっしゃいませ」
「ああ……ども」
見た感じ、中学生くらいの女の子だ。
行列研究部の展示をふらふらと見ているが、心ここにあらずといった感じ。
「なにあれ?」
展示物よりも、スマートフォンに注意がいっている。
「どうしました?」
俺もさすがに気になったので、声をかけると、その女性は「すみません」と頭を下げるが、そのまま動きがない。
日焼けした肌から運動部ということが分かる。あまりこういった展示に興味ある子ではなさそうだ。
しばらく眺めていたが、展示には一切関心を払わなくなっていた。
本当に、どうしたんだろう。
「ちょっと! ここは休憩室じゃないのよ」
植木女子(実は名前を聞く機会を逸した)が、少し強めの口調で、少女に注意した。
まあ、展示には興味を示さず、手元ばかりみていては気になるし、せっかく準備したのに失礼だ。
それでも彼女の方にも何か事情があるようだが。
「時間があるようでしたら、こちらに来て、コーヒーでもどうですか?」
「ちょっと」
植木女子が「何言ってんの?」という顔をしてくる。
「階下の喧噪に嫌気がさしたのでしょう。別に休憩室でもいいんじゃないですかね? ……さあ、こっちへどうぞ。イスを用意しましょう」
すると女子は「すみません」とやってきた。
「待ち合わせでも?」
こんなところで待ち合わせもないものだと思ったら、少女は頷いた。
「友だちと来たんです。来年、ここを受験しようと思って」
「ああ、後輩候補ですか。ここはいい学校ですよ」
「友だちが、部活の先輩だった人に会って、わたしだけ離れて……下はすごい人混みだったので、3階の一番奥で待ち合わせしようということで、別れたんですけど……」
「そのお友だちがなかなか来ないと」
少女が頷いた。
「連絡はしましたか?」
「せかしているみたいになるし、せっかく会ったから、もう少しそのままにしておこうかなって」
「なるほど。でしたら、ここでゆっくりするといいですよ」
「ありがとうございます」
将来の後輩だ。困っているなら、休憩所代わりにしても問題はない。
植木女子も、最初こそ眉間にシワを寄せていたが、すぐにうち解けて、受験のアドバイスなどをしていた。
「……平和だな」
その友だちというのがやってきたのは、それから30分以上も経ってからだった。
友だちは選んだ方がいいと言おうと思ったが、余計なことだと思って止めておいた。
午後イチの受付は玲央先輩。
なので俺は、勇三と学園祭を回ることにした。
「そこかしこで、カップルができているな」
「そう?」
「1日目と2日目の間で誕生して、いま一緒に回っているんだよ。なんか、視界に入らね?」
「そう言われてみれば、そうだったかな?」
学園祭の準備で親しくなって、当日に告白。晴れて付き合うことになったカップルが多いのだろうと。
「オレもおまえも女っ気がないからな。気にしてないのも分かるが」
「あんまり、関心がないんだよなあ……それより、玲央先輩もそうじゃない? あれだけ美人なのに」
言い寄る男子はあとを絶たないと思うが、だれかと付き合っているという話は聞いたことがない。
ちなみにイケメンの馳先輩とは仲がよいらしいが、馳先輩にはちゃんと別に彼女がいる。
「あの人はなあ……男によほどの包容力がないとツラいだろうなあ」
「器がデカい人か」
「そう。生半可な相手じゃ、務まらないんじゃね?」
だとすると、馳先輩くらいじゃないとキツイ。そりゃ、相手がいないわけだ。
「おまえの場合は、追いかけるより、追いかけられる方がうまくいきそうだな」
「なにそれ」
「そのままの意味だよ。玲央先輩ってほらっ、足が速いじゃん。一人でスタスタ行っちゃう感じ。おまえがもし、玲央先輩と付き合ったとしても、『途中でやーめた』になりそうじゃん?」
別に歩くスピードのことを言っているのではないだろう。
「まあ、合っているかもしれない」
だれかのあとを追いかけるなんて、性に合わなさそうだ。
「つぅわけで、おまえの場合は、慕ってくれる女子を見つけるのが早そうだな」
「そういうお前はどうなんだ?」
「オレは、普段自由にやらせてくれて、家で金とかしっかり管理してくれれば、それでいいな」
「嫁さんじゃなくて、まず彼女を探せよ」
そんな馬鹿な話をしながら歩いていると、女子に群がられている男子を発見した。中心にイケメンがいるのだろう。
「なあ、あれはどこのイケメンだ?」
「さあ、3年生の女子が多いから、相手も3年生だろうね」
近づいてみると、見知った人物だった。
「…………」
それゆえ、俺は口をあけて固まってしまった。勇三も同じだ。
「いや、そろそろ一人で回りたいでござる」
群がる女子の誘いを必死に断っているのは、俺たちのよく知っている茂助先輩だった。
「なんであんなモテるんだ?」
「さあ……性格じゃない?」
今年も、各種部活動で助っ人として大活躍した茂助先輩は、同学年の女子に大人気だった。
すれ違う男子学生の背中が煤けて見えたのは、見間違いではない気が……する。
俺の背中も煤けているかもしれない。




