020 学園祭1日目
学園祭が始まった。
我が校の学園祭は二日間構成。1日目は校内生のみで、外部から人を招くのは2日目となる。
外部に向けた名前は『鶺鴒祭』。
学校の近くを流れる玉川上水にやってくる鶺鴒を見て、当時の学生が秋を深く感じ取ったということから、鶺鴒祭と名付けたそうな。
ちなみに鶺鴒は、秋の季語である。
『行列研究部』の展示会場は、3階の一番端。いかにも人の来なさそうな場所が与えられている。
去年も似たような場所だったため、やってくる者はあまりいなかった。今年はもっと僻地なので気軽だ。
1日目の午前中。受付は俺一人。
3人しかいない部員でローテーションするため、今年は受付一人体勢になってしまった。去年は2~3人いたのに。
ハッキリ言って、学園祭初日の午前中はだれもこない。
まだ準備が終わりきっていない出し物があり、予期せぬトラブルなどで手が離せない教室もあったりするからだ。
人気のある出し物はいまのうちに回ってしまおうと思っている者などが多数を占めており、こんな辺鄙なところへ来るもの好きはいない……はずなのだが。
「やあ、元気でやってるか?」
3年の島原勲先輩が、1年女子を引き連れてやってきた。
受付は俺と勇三、玲央先輩の順番で行う。
三人の中で、俺が一番与しやすしと思ったのだろう。
まあ、間違ってはいない。
俺は勇三のようにあからさまに喧嘩を売るような言動はしないし、玲央先輩のように冷たい目で見下すようなこともしない。
「先輩こそ、元気そうですね」
「まあな。今日はこいつらと一緒に回ることにしたんだぜ」
もちろん嫌みだが、島原先輩には通じなかった。
1年女子を見せつけるようにしてくるが、もしかしなくてもそれがしたくて、わざわざここまで来たのだろうか。
「さすが、『イケメン三銃士』ですね」
俺がそう言うと、「まあな」という答えが返ってきた。
島原先輩はここまで足を運んだわりに、冊子には手を伸ばさないし、展示を見ることもしない。
まあ、展示の9割は昨年までの使い回しなので、目新しさはなきに等しいのだが。
受付している俺の横で、イチャイチャしているのだが、ここを休憩所と勘違いしていないだろうか。
もっとも、休憩所ならイチャイチャしていいという意味ではない。
「やあ、孫一くん。元気だった?」
「あっ、馳先輩。おはようございます。あいかわらずのイケメンですね」
3年の馳幸也先輩がやってきた。
色素の薄いサラッとした髪に、色素の薄い肌、西欧風の容貌。
細身のわりに鍛えられているのは、剣道でならしているからだ。
そう、彼こそは本物のイケメン。そこらのなんちゃってイケメンとはスペックが違うのだ。
1年の女子が、「はうわ~」という顔で馳先輩を見ている。
逆に、島原先輩は苦虫をかみ潰した顔だ。
「孫一くんが受付やってるって、玲央に聞いてね。激励に来たんだ」
馳先輩はスッと、コーヒーの入った紙コップと、紙皿に乗ったドーナッツを差し出してくれる。
「さすが、行動もイケメンですね」
こういうところが真のイケメンと、なんちゃっての違いなのだ。
まあ、当てつけのようにイケメン連呼する俺も相当だと思うが。
「そういえば、島原。クラスの連中が騒いでいたが、お前の衣装だけ届いてないらしいぞ」
「はぁん? なにそれ?」
「特注でお前だけ意匠を変えさせたんだって? そのせいで間に合わなかったんじゃないのか?」
「チィ、マジかよ」
「早く教室で確認した方がいいぞ。そうしないと明日に間に合わなくなるかも」
「やべっ!」
島原先輩が駆け出していった。
「馳先輩……あれは?」
「島原のクラス、執事喫茶をするんだよ。女子を裏方にしてね」
「それで自分だけ執事衣装を特注にしたら届かなかったと」
「らしいね。今日は遊び回って、明日の外部解禁のときにナンパしまくるつもりだったんじゃないかな」
馳先輩はクククと笑った。なんというか、笑い声もイケメンだ。
「あの~……お名前を伺ってもいいですか?」
島原先輩がおいていった1年女子が、馳先輩にほの字(死語?)だ。
「ごめん、僕は知らない人に名前を教えちゃいけないって、死んだ祖父に言われててね」
馳先輩はウインクした。
「そうなんですか~」
「残念です~」
欺されてるぞ、1年女子。それだと一生知り合いになれないだろ。
「まあ、『イケメン三銃士』と違って、本物のイケメンは軽々しく名前を教えては大変ですからね」
ここぞとばかりに、俺は追い打ちをかけた。
1年女子が「……?」と首を傾げているので、「知り合いの3年生がいたら、『イケメン三銃士』の本当の意味を教えてくださいって聞いてみるといいよ」と言ってみた。
よく分からないようだったが、彼女たちは何かを察して「聞いてみることにします」と言ってから去っていった。
部活に入っていない1年だと、『イケメン三銃士』の真の意味を知る機会はなかったのだろう。
いいことをしたな、うん。
「しかし馳先輩、どうして急に?」
タイミング良く助けに来てくれた気がするのだが。
「島原がそっちに行くのを見かけてね」
イケメンや。やっぱりイケメンは違うんや。
ちなみになぜ俺が馳先輩と親しいかというと、島原先輩にトドメを刺したのが俺だからだったりする。
どうやら島原先輩は、下級生たちに馳先輩のような『真のイケメン下げ』を頻繁に行っていたらしい。
周りを下げたからといって、自分が上がるわけではないのだが、ことあるごとに島原先輩はしていたとか。
誹謗中傷まがいのことを延々言われ続けていた馳先輩たちは、そんな島原先輩の行動を苦々しく思っていたようだ。
そしてある日、俺が島原先輩を失神KOするという大金星(?)をあげて、大いに溜飲を下げたという。
それ以来、親しくお付き合いさせていただいている。
イケメンは、性格もまたイケメンなのだ。
その後、『イケメン三銃士』の本当の意味を知った1年女子がその話を広め、島原先輩の株が急降下した。
俺のせいではないはずだ。たぶん。




