002 祖母は異世界へ簡単に行けるらしい
西東京にある私立葉南高校。
「行列見たら、並んどけ!」をモットーに、『行列研究部』は日々珍しいもの、変わったものを求めて活動している。
部長は3年生の鬼参玲央先輩。
切れ長の目と、黒くて長い髪が特徴のナイスな美女だ。ただし彼氏はいない。
今年の四月、玲央先輩は校内で『イケメン三銃士』と呼ばれている島原先輩と対立し、すったもんだの末、部室から叩き出した。
のちに『島原の乱』と呼ばれるそれのせいで部員が減少し、7月の部活引退時期を超えても、あいかわらず部長を続けている。
副部長は、俺、夕闇孫一。2年生だ。
中肉中背のどこにでもいるモブキャラ……だと思っていたのだが、このほど異世界人とのハーフであることが判明した。
『島原の乱』のせいで、同級生女子からの評判はよくない。
話したこともない女子から一方的に嫌われていたりする。
やはり部室で、島原先輩にとどめを刺したのがいけなかったのだろう。
反省も後悔もしていないので、非難は甘んじて受けようと思う。
そして唯一の平部員は、俺の悪友である座倉勇三。2年生だ。
葉南高校はそれなりの進学校なのだが、勇三は昔の硬派ヤンキーみたいな格好をしている。
着崩した制服、金髪のツンツン頭、ややぶっきらぼうな言動に、教師と生徒は揃って眉をひそめている。
だが、本人はまったく気にしていない。
このような外見は、彼の複雑な家庭環境に原因があると俺は思っている。
勇三は、都内に多くのビルを所有する座倉一族の三男だが、立場はかなり複雑だ。
母親が勇三を腹に入れたまま、座倉源蔵の後妻に入ったからだ。
勇三は、父と兄二人と血が繋がっていない。
それゆえ彼は自らを家庭内で異端視し、今日もロックでファンキーな生き様を貫いている。
わが家の居間で、祖母と俺たち3人が向かい合って座っている。
今朝、俺が衝撃的な話を聞いたあの部屋だ。
「あたしが異世界人だって話はしたかい?」
「うん。一応ね。最初はいつもの軽口だと思われたけど、一応は信じてもらえたよ」
「それはよかった。わざわざ向こうで魔道具を買ってきた甲斐があったねえ」
「御祖母様、その……本当なのですか? い、異世界に行って帰ってきたというのは」
「もちろん本当だよ。この魔道具だって、100均で買った白いお皿を十枚ばかし異世界で売って、そのお金で買ってきたんだよ」
「…………」
祖母はいつもいい加減なことばかり言っている。これも本当の話かどうかは分からない。
父はそんな性格の祖母が許せないらしく、顔を合わせると小言ばかり言っていた。
そんな父の小言を祖母はのらりくらりと躱し、いつもけむに巻く。
祖母と父は昔から性格が合わない。それも致命的にだ。
おそらく一生、そうなんじゃないかと思う。
「異世界はねえ……孫一が学校に行っている間ヒマだから、ちょくちょく行ってるのさ」
「おばあちゃん、そんな近所の公園に行くみたいに」
「転移を使うから、公園より近いわよ」
徒歩5分の公園より近いのか、異世界。
「たとえばですが……私たちを異世界に連れて行くことは、可能でしょうか?」
先輩の食いつきがすごい。
「ごめんなさいね。それは不可能なの。そのせいで、息子の場須十羅はこっちで生きることになっちゃったわけだし」
そういえば、祖母だけでなく、父も異世界人だった。
なぜそうなったのか話を聞いてみたら、いかにもなエピソードが飛び出した。
祖母がこっちの世界で遊び回っていたところ、ある日なぜか転移だけができなくなってしまった。他のスキルは使えるのにだ。
それはおかしい、なぜだと考えているうちに、自身の妊娠に気づいたという。
祖母のスキルでは「自分のみ」しか転移できず、お腹の中に子がいるうちは使用不可。
こっちで出産して育てるしか、方法がなかったという。
「認識誘導の魔道具を持ってきていたからうまく操って、母子手帳を作らせたのよ。あのときはほんと、助かったね」
とあっけらかんと言う。
認識誘導の魔道具は、異世界で遊ぶときに結構有用らしい。
そんなことして、法的に大丈夫なのだろうか。
祖母はこっちで出産したが、当然その子は異世界に連れて行けない。
仕方なく、こっちの世界で育てることにしたという。
まあ、祖母だけは日に何度も、異世界に帰っているようだが。
「でね、おじいさんが死んだというのは嘘で、向こうで元気にしているのよ。さっきもコンビニのスイーツ、届けたし」
「えええっ!? じゃあ、仏壇の写真は?」
「記念撮影だよ」
「衝撃だよ!」
遺影じゃなかったのか。
どうりで隣に父の写真を並べておくわけだ。
「どうでもいい話はここまでにして、ダンジョンの話をしようかね。まず、これがあたしが持っているスキルね」
祖母が紙片を差し出した。
書かれているスキルは全部で8つ。
〈転移☆7〉〈スキル伝授☆6〉〈ダンジョン生成☆4〉〈魔力増大☆3〉〈閃刃☆2〉〈調合☆2〉〈身体強化☆1〉〈火弾☆1〉
「ここで重要なのは〈スキル伝授☆6〉だね。これは☆2つ下までのスキルを他人に伝授できるものさ。あたしの場合、あと5人だけ伝授できる」
「☆2つ下ということは、☆4までですね」
「そうだよ。残念ながら、〈転移☆7〉と〈スキル伝授☆6〉は、スキル伝授できないの」
「逆に、〈ダンジョン生成☆4〉以下はすべて伝授できると」
「その通り。ただし、孫一から聞いたと思うけど、スキルを一つ覚えるのにレベルが5必要だね。あたしのスキルを全部覚えようとしたら、最低でもレベル30にしないと駄目ね。これは結構、大変だよ」
最大で5人に伝授できると言っているが、ここにいるのは3人。
「おばあちゃん、父さんと母さんにスキルを伝授した?」
「とんでもない。場須十羅は、あたしがこっちで魔法を使うだけで小言ばかりだよ。まったく、頭が固い」
「あー……父さんはそうだよね」
父は四角四面な人だ。お尻すら四角いんじゃないかと思っている。
「絹恵さんは、場須十羅がすべて正しいって思う人だし、ぽやぽやしてるから、ダンジョンでレベル上げなんて、とてもできないよ」
たしかに母は大らかで、穏やか。ハングリー精神の欠片もない。
マイペース過ぎて、やはり祖母とは話が合わなさそうだ。
スキルが伝授されるにはレベル上げが必須だが、母がダンジョンで戦う姿は……正直、想像できない。
「それで俺にお鉢が回ってきたと」
「そうよ。あんたももう、17歳だしね。あっちの世界なら成人だよ」
「成人かあ。俺の誕生日は7月だし、夏休み中にこの話が出てもよかったんじゃ?」
「なに言ってんだい。つい最近まで、家に場須十羅がいただろ」
「あー……鬼の居ぬ間に洗濯ってやつか」
2日前、父は外国に旅立った。
反対する者がいなくなったから、これ幸いと動き出したわけか。
なんというか、いかにも祖母らしい考えだ。
「それでダンジョンに入るか、入らないかだ。あんたたち、どうするんだい?」
祖母は、俺たちに決断を迫った。