016 商売の基本
ダンジョンから帰還すると、茂助先輩と祖母が和やかに談笑していた。
玲央先輩といい、茂助先輩といい、みな「おばあちゃんっ子」なのか?
祖母の精神年齢が俺たちに近いのかもしれないが、それにしても解せん。
「おかえり、どうだったい?」
「いつもと変わらずかな。けど、スキルを覚えたおかげで、探索が楽になったよ」
逆に言えば、〈火弾〉や〈身体強化〉がなければこれからの探索はキツくなる。やはりダンジョンは、スキルありきの難易度なのだろう。
「そうかい、それはよかったね。けど、忘れてはならないのは、あんたたちはまだヒヨッコだってことだ。あっちの世界じゃ、レベル5なんて駆け出しの部類だからね」
「分かっております、御祖母様。今日の探索についてもしっかり反省し、次につなげるつもりです」
「そうそうそのことで、こっちの彼から話があるようだよ」
「茂助くんが、私たちに?」
「いま、3人の胸元についているカメラのことでござる。実はそれを加工して、動画投稿サイトにアップロードしようと思っているでござる」
「えと……それはヤバいんじゃ?」
何の準備も整っていないのに、いきなり身バレすることになる。
「顔にモザイクをかけて、音声はカットするでござる。そうですな、デキのいいCGと思ってもらえるレベルにしようと思うでござる」
「そこまでして、何の目的が?」
ただ面倒なだけじゃなかろうか。
「ダンジョン商売をするにあたって、まず少数の人を対象にするというのには、拙者も賛成でござる。ですが、それとは別に民衆を味方につけるでござる」
「玲央先輩も同じことを言ってましたけど、動画で民衆を味方につけるんですか?」
先輩は、有力者を味方にするようなことを言っていた。
「有力者には口コミで広げ、一般民衆は動画で広めるでござる。いまの世の中、民衆が味方にならないと、何も成立しないゆえ」
「それで動画ですか。でも早くないですか?」
本当に、準備はまだ何もはじまっていないのだ。
「すぐに公開するわけではござらん。まあ、成長記録として、易しいダンジョンから徐々にアップしていくのもありかと思っているでござる」
「ふむ。そういうのも面白そうだな。はてさて、どんな反応がおきるやら」
玲央先輩は、乗り気になったようだ。というか、悪い顔になっている。
「それと同時に進めておきたいのが、データづくりでござるな」
「データ作り? 何のデータですか?」
「ありとあらゆるデータでござる。ダンジョン、素材、アイテム、スキル、武器防具、魔道具、魔物などでござる。できるだけ鮮明な画像が必要でござるし、説明文も必要でござるな。魔物の共通の名称がないと、公開したあとで混乱するでござる」
「それはそうですけど、それだけのデータ……どれくらいの量になるんだろう」
異世界の動植物を丸々データ化するに等しいんじゃなかろうか。
「普通のゲームだって、アイテムだけで数百はあるんだぜ。データ化するといったって、千や二千じゃきかねえだろ」
勇三の言うことももっともだ。作業量だけで、目が回りそうになる。
「それでもするでござる。データ化がある程度終わったら、普遍化の作業でござる。ダンジョンの難易度について、多くの人と共通認識を持たないと、実力もないのに高難易度のダンジョンに入られたりするでござる」
「ダンジョンを一般公開したら、アイテムの売買も行われそうだな。そうした場合、有用度やレア度に応じて値段が決まるだろうし、ある程度共通の認識があった方が、マーケットの混乱は少ない」
玲央先輩が頷いている。
「かぁー、そういうのもやんの? めんどくせえ」
「なに、そういうのは拙者が得意でござるよ。ただ、みなさんにはデータのもととなる写真を撮ってきてもらいたいでござる」
「写真を撮るだけならまあ、できるかな」
「魔物の名前や、素材の名前などは祖母殿と一緒に考えるでござる。スキルオーブやポーションなどは、手にすると頭の中に言葉が浮かんでくるでござる。それをそのまま使うでござる」
祖母は異世界語でならば、魔物の名前を言える。
それでは馴染みがないので、こっちの世界で使える名前をつけた方がいいだろう。
いまでも「コウモリみたいな」とか「鹿のような」なんて呼んでいるくらいだ。
ちなみに〈鑑定〉というスキルはないらしい。異世界ものではスタンダードなのだが、残念だ。
ダンジョン産の素材やポーション、スキルオーブなどは、それを握ると名前が頭の中に浮かんでくるので、いらないのだろう。
俺たちは祖母からスキルを伝授されたが、普通はスキルオーブを使う。
スキルオーブを10分程度握っていると、身体に吸収されるようだ。
売買のとき、本物か確認させるために触れさせるくらいは問題ないということだ。
「アイテムなどは、使い方や効果も書いておかないといけないな。たしかに面倒そうだ」
「時間はまだあるでござる。地道にやっていくでござるよ」
「ついに、あのナメクジにも名前がつけられるわけか」
俺を粘膜まみれにさせた憎きやつ。
個人的には、クソザコナメクジとつけてやりたい。
「というわけで、拙者はそっちの作業もはじめるでござる」
「分かった。私たちはできるだけ多くのデータを出せるようにすればいいのだな」
茂助先輩が加入してから、あれよあれよと決まっていく。
どうやら商売をはじめるには、まだまだ時間がかかるようだ。
それでも俺はこう思った。
茂助先輩を仲間にしたのは、間違っていなかったんだと。
投稿をはじめて10日か立ちました。
物語はまだまだこれからですが、方向性は分かってきたでしょうか?
感想などありましたら、よろしくお願いします。