014 千在寺茂助という人
千在寺茂助という人物を端的に表せば、『ヲタク』だろう。
話し方や外見がそれを助長させる。
「茂助先輩、異世界って信じますか?」
「異世界でござるか? 拙者たちが属しているこの世界とはまた別の世界、もしくは別空間と認識されるアレでござろうか」
「ええ、それで合っています。なぜこの話をしたのかといいますと、実は俺、異世界人とのハーフなのです」
俺はこれまでの経緯をすべて語った。
茂助先輩は腕を組んだまま黙って最後まで話を聞き、一言小さく「なるほど」と呟いた。
「……というわけで俺たちは、茂助先輩に4人目の仲間になってもらいたいんです」
「孫一氏の話はよく分かったでござる」
「えっ、そうなんですか? 自分で言ってて、すぐに信じられるような話じゃないと思っているんですけど」
「祖母殿のような話は聞いたことがござらんが、異世界からの落人の話は、噂として聞いたことがあるでござる」
「えっ? 異世界から来た人のことですか?」
「眉唾な話でござるし、もうとっくに亡くなっているでござる。昭和の時代に飛騨の山中で行き倒れていた人を拾ったという話があるでござる。言葉が通じず、介抱の甲斐なく2ヶ月ほどで亡くなったらしいでござるが、その間に覚えた言葉で、『別の世界から来た』と言っていたようでござる。よって、祖母殿の言葉も、あながち嘘とは言い切れないのでござる」
考えてみれば、戦時中に牟呂昇という人が異世界に行ったのだから、同じようなことがこの世界に起こってもおかしくないのか。
「というわけで、拙者でよければ、喜んで仲間に加えさせてもらうでござる」
「ありがとうございます、茂助先輩」
「ただし……」
「?」
「探索者になるのは、ご勘弁願いたいでござる。なにしろ拙者、このような体型で、運動は苦手どころか苦痛でござる」
茂助先輩は、大きく突き出た腹をポンッと叩いた。
「そうですか。でも、魔法を使うなら……」
「ガラスの膝で、長時間の徒歩にも向かないでござる。走って逃げることもあるでござろう? 拙者にはとても務まらないと思いまする」
「ええっと……」
「拙者は自分の得意な分野でみなさんをサポートするでござる。今後ともよろしくでござる」
茂助先輩は深々と頭を下げた。
俺は助けを求めるように、玲央先輩に視線を向けた。
「そういえば、マラソン大会で走っているのを見たことなかったな」
「医師の診断書を提出して、免除させてもらっているでござる」
「なるほど……では仕方ないな」
本人の意志に反して強制できるものではないのだから、仕方ないのか。
4人目のスキル伝授者とはならなかったけど、これで茂助先輩の加入が決まった。
「ところで茂助くん、飛騨に現れた異世界人の話は本当なのかい?」
「さあて、そういう話があったというだけで、真実は藪の中でござるよ」
「そうか。少し気になるな……」
「戦後まもなくのことで、中国から大量の移民が引き上げてきていた頃らしいので、大陸の人がその中に紛れていたのではと、思われたらしいですぞ」
中国から日本への密航者ではないかと。
町医者が往診した程度なので、詳しい記録も残っていない。
そもそも戦後の動乱で、行き倒れの一人や二人、気にする者もいない。
亡くなる少し前に残した言葉が伝わっているだけなのだ。
「だとすると、別の世界ではなく、別の国って誤訳した可能性もあるわけか」
「そうでござるな。この話は、異世界を信じたい人たちだけが伝え残しているだけでありますから」
「信じたい人だけが信じるか」
「謎は謎のままでいいのではござらんか?」
「たしかにそれはそうかもな」
玲央先輩が納得したことで、この話は終わった。
「レポート、なんとかなったぜ。あっ、茂助せんぱいじゃないっすか、ちぃーっす」
疲れた顔をして、勇三が部室に入ってきた。
「なんとかなってないから、居残りさせられたんだろ。それともうちょっと、ちゃんとした挨拶しろよ」
「まあ、まあ、孫一氏。拙者は気にしないでござるよ」
勇三は玲央先輩にだけは丁寧に話すが、それが以外はほとんどタメ口だ。
島原先輩に対してはナチュラルに煽っていたので、これでもまだ丁寧な方なのだ。
「茂助せんぱいがここにいるってことは、もしかして?」
「ああ、仲間になってくれって頼んだんだ。ただし、運動は苦手だから、探索者はできないって」
「あー、そうだよな」
勇三は突き出た腹をジロジロと見る。
「拙者は、別の手伝いをするでござる。……そういえば、先ほどの話でござるが、どのような商業展開を考えているでござる?」
どのような商業展開……? 俺は知らんぞ。
「まず少数の人に試してもらい、そこから口コミで広めていこうと思っている」
玲央先輩が答えてくれた……というより、もともと俺は仲間内だけで遊び倒す予定だったので、商業展開なんか考えていない。
「なるほど。実物を見ていないゆえ、なんとも言えないでござるが、少数で様子を見るのはよい手だと思いまする。ただし……」
「何か、問題がありましたか?」
「大部分の人は本気にしないでござるが、もし他国の……それも国政を司る人たちが本気にした場合、話がややこしくなるでござる。最悪国外へ連れ去られることも考えられるのでござる。現代日本でダンジョンとなると、そこまで話が大きくなる可能性も考えておくでござる」
首に爆弾つけられて、延々と働かされる未来が視界をよぎった。
「茂助先輩……どうすれば?」
「身バレはギリギリまでしない方針がよいでござるな。あとはどれだけ有力者の協力が得られるかで決まるでござる」
「すごく嫌な話を聞いたんで、やっぱり『ダンジョン商売』はなしというのは……」
「秘密など、いずれどこかでバレるでござるよ。それより、拙者も祖母殿に話を聞いてみたいでござる」
「そうだな。全員揃ったし、孫一くんの家に行くとするか」
いや、『ダンジョン商売』を考えなおすという俺の発言は……なぜか丁寧にスルーされたっぽい。