013 一歩前進
結局、なるようにしかならないし、世間の反応もどうなるか分からない。
用心ばかりしていても、計画が進まない。
レベルを20まで上げるには長い期間が必要。
少しずつ問題点をあげていって、どうすればいいのかを考えていくくらいしかできない。
「そういえば玲央先輩、なぜダンジョン商売にこれほど前向きなんですか?」
みたところ、俺や勇三よりも積極的だ。
「前向きな理由か……ふむ。それはワクワクだな」
先輩は、真面目な顔で「ワクワク」と言った。ちょっとおかしかったので、顔がニヤけた。
「笑うところではないぞ。そもそも私が『行列研究部』に入ったのは、行列にワクワクがあるからだ。あの待っている間の高揚感。目当てのものを手に入れたときの満足感や充実感。あれはなにものにも代えがたい」
先輩は普通に学校を休んだり、遅刻上等で行列に並ぶ。
酔狂な人だとは思ったが、そういうことを考えていたのか。
「ダンジョン商売には、そのワクワク感があると?」
「そうだな。ダンジョンそのものにもある。商売としてそれを提供することができるわけだろ? 心躍らないか?」
「言われてみれば……少しはそう感じるかもしれませんね?」
世界最初の試みだ。ワクワク……はたしかにする。
「私はね……私の人生はもっとまっすぐで灰色なものだと思っていたんだ。だけどいまはまったく違う。混沌として五里霧中で、一寸先ですら、どうなるか分からない」
「そうですね。計画が頓挫する可能性だってありますし」
「だけど、やりがいがあるだろ? 私が行列に並ぶのと同じワクワク感や高揚感、満足感に充実感がここに詰まっている。やらない理由がないじゃないか」
とまあ先輩は、ダンジョン商売の「おもしろさ」を力説していた。
行列に並ぶスペシャリストとしては、最高の行列を提供したいのだそうな。
たしかに上手くいけば行列はできるだろうが、最高の行列……?
先輩を理解するには、俺はまだ勉強不足のようだ。
翌日、登校する道すがらで、ダンジョン商売についてつらつら考えてみた。
いま動いているのはたった3人。おそらくだが、人がまったく足らない。
ダンジョンで商売するということは、ダンジョンに入りたいと思っている圧倒的多数の人を相手にしなければいけない。
たった3人では、どうしようもない。商売の成否は、これからの人集めが重要になってくる。
そんなことを考えていたら、校内が妙にうわついているのに気づいた。
「……ああ、学園祭か」
10月に入り、学園祭まであと一ヶ月を切った。
俺のクラスは出し物をしないため、学園祭のことは記憶の外に追いやっていた。
一応、『行列研究部』で学園祭には参加する。
夏休み中にした会議で、行列研究部の冊子を当日無料配布することに決まった。
冊子のタイトルは『行列研究部員が提供する 行列のできる店 勝手にベスト10!』だ。
各部員……といっても3人しかいないが、それぞれベスト10を発表して紹介するシンプルなものだ。
webでもっと詳細な情報を載せて、冊子を見た人が閲覧できるようになっている。
すでに俺の原稿は完成しているので、あとは直前に印刷するだけとなっている。
「昨年は部員も多かったから、学園祭にもかなり力を入れたんだけどなあ」
つい愚痴が漏れた。
昨年も冊子を無料配布したが、メインはwebの方だった。
地図に店舗情報を盛り込んでグリグリ動かしたり、動画を撮ってアップロードしたりと今風なものになっていた。
それを引き受けてくれたのが部員外からの助っ人で、想像以上にネットやプログラムに詳しく、最後の方はおんぶに抱っこ状態だった。
その人がいたからこそ、質の高い情報を提供できたともいえる。
「……あれ? もしかして」
昨年の助っ人は2年生だったので、今年はまだ在籍しているはずだ。
名前はたしか、千在寺茂助。古風な名前だったので、覚えていた。
彼を「ダンジョン商売」の仲間に入れたらどうだろうか。
少し変わった性格をしていたが、悪い人ではない。それどころか、とても好感の持てる人物だった。
放課後、俺は先輩に聞いてみた。
「茂助くんを仲間にか。たしかにいいかもしれないな」
先輩は何度も頷いている。
「昨年、千在寺先輩にいろいろ手伝ってもらいましたけど、俺は1年生だったから、その辺の経緯を詳しく知らなくて」
なぜ彼が手伝いに来てくれたのかすら、聞いていない。
「なんのことはない。パソコンに詳しい者が『行列研究部』にいなくてな。いろいろ探しているうちに、見つかったのだ」
「たったそれだけですか? 最後のほう、ずっと徹夜で作業させていましたよね。それで、文句一つ言わずに手伝ってくれていましたけど」
「それが彼の人徳なのだろう。クラスが違うので詳しく知らないが、その界隈ではかなり有名らしいぞ」
「どの界隈ですか?」
徹夜界隈?
「うむ。よく分からん。どこかの界隈だ」
「……そうですか。だったら、手伝ってもらうのは駄目ですかね」
ダンジョン商売は、一朝一夕になせるものではない。
いま高校3年生ということは、就職か進学か。すでに進路が決まっているはずだ。
「本人に聞いてみればいい。私は連絡先を知っているから、今度……いや、いま聞いてみよう」
先輩はスマートフォンを取り出して操作しはじめた。
「話したい事があると伝えたら、すぐに返信があったぞ」
「どうします?」
「部室に呼んでみよう。勇三くんは?」
「居残りでレポート書いています。1時間くらいかかるんじゃないですかね」
3人揃ったら、俺の家に向かってダンジョン探索をする予定だったが、勇三の「のこ勉」で予定が狂ってしまった。
どうせ待っている時間は暇だ。
「部室まで来てくれるそうだ。『今年も手伝いますよ』とあるが……」
「あー……それは申し訳ないことしましたね」
今年は小さくやるので、彼の出番はないだろう。
ほどなくして、『行列研究部』の部室をノックする音が響いた。
「おお、玲央氏。お久しぶりでございますな」
部室に入ってきたのは、突き出た腹が特徴的な、大柄な男子生徒。
色白の肌に四角いメガネが特徴の彼こそが、千在寺茂助。
さきほど話していた人物である。
「ひさしぶりだな、茂助くん。来てくれて嬉しいぞ」
玲央先輩は同学年だが、クラスが違えば、そう会うこともないのだろう。
「それにそちらは、孫一氏でござったな。武勇伝は3年の教室にも轟いているでござるよ」
「お久しぶりです、茂助先輩。なんですか、その武勇伝とは」
「島原氏のスボンを濡らした件でござる。我が同胞の中にも、彼に泣かされた者は多いゆえ」
裸締めのことだった。
「身勝手な人だから、敵が多いのだ」
「……なるほど。理解しました」
島原先輩は、女性に優しく男性に厳しい人だ。
そして些細なところでマウントを取ってくる。
昨年、茂助先輩に対しても、かなり雑に扱っていたのを覚えている。
なるほど、3年生界隈では、結構嫌われているようだ。
「それで拙者に声がかかったということは、昨年同様、学園祭のお手伝いですな。もちろん、喜んでお手伝いさせていただくでござる」
「茂助くんの気持ちは嬉しいが、少し違うのだ」
「違うでござるか? はて、拙者、てっきりそうだと思って来たでござるが」
茂助先輩が俺と玲央先輩を交互に見る。
「少し長い話になるが、時間は大丈夫かな」
「問題ないでござる。たとえ日付が変わろうとも、お付き合いするでござるよ」
「ということで、孫一くん。説明を頼む」
玲央先輩にぶん投げられた。
まあ、説明は俺が適任なんだろうけど。
「それでは茂助先輩。いきなりですが、異世界って信じます?」