001 衝撃の告白
暑さの残る九月の中旬。
俺こと夕闇孫一は、学校に行く前、祖母に呼ばれた。
「孫一や、そこに座りなさい」
「なに? おばあちゃん」
居間で祖母と向かい合って座る。
仏壇に目をやったら、祖父の写真の隣に、なぜか父の写真が飾られていた。
「お前ももう、高校2年生。そろそろ話してよい頃合いだろう」
「どうしたの? 急にあらたまって」
ちなみに父は海外へ単身赴任中であり、死んではいない。
もう一つ付け加えると、出て行ったのは一昨日だ。
「わたしはもう、長くない。もってあと二……」
「二ヶ月?」
「……二十年」
「長いよ!」
「せめてあと三十、できれば四十年は生きたいね」
「欲張りだね!」
「たぶん、あと五十年はいける」
「そんなに!?」
「だから、孫一。あたしが死ぬ前に、伝えておきたいことがある」
「早く学校に行きたいから手短にね、おばあちゃん」
「あんたの父親……場須十羅は、異世界人なんだよ」
「なにそれこわい!? でも少しだけ納得!」
「まあ、あたしもなんだけどね」
「そっちは、普通に納得だよ!」
「というわけで、孫一。あたしの話をよく聞いておくれ……」
「遅刻しない程度に聞くよ」
その日、俺は遅刻した。
――私立葉南高校 『行列研究部』の部室
「……ということがあってさ、朝から疲れたよ。おばあちゃんの話は長いし、謎だし、途中からネタ仕込んでくるし」
俺はいま、悪友である座倉勇三と、『行列研究部』の部室で弁当を食べている。
勇三は金髪にピアスと、かなりイケイケな外見をしているが、俺たちは昔から仲がよい。
「しかし相変わらずすげーな、孫一のばーちゃん。いまの話が全部マジなら、大変なことだが……」
「どこまで本当か分かんないんだけど、どうする?」
「オレなら付き合ってもいーぜ。いつも世話になってるしな」
「ありがとう。恩に着るよ」
勇三は何度も俺の家に遊びに来ているため、祖母の性格はよく知っている。
小さい頃はよく、祖母に遊んでもらった……いや、遊ばれていた。
あれでトラウマにならなかったからこそ、いまもこうして俺と付き合っていられるのだろう。
「やあ、おはよう。今日もいい天気だね」
部室のドアが開いて、部長の鬼参玲央先輩が入ってきた。
玲央先輩は女性ながら、いつも威風堂々だ。
「もうお昼も終わりますよ。もしかしてまた、どこかで並んでました?」
「もちろんだとも。今日は六尋庵のぼたもちと、桜餅のダブルお持ち帰りセットを買ってきたのさ」
部室の壁には、達筆な筆文字で『行列見たら並んどけ!』と書かれた紙が貼ってある。
玲央先輩はいつでもどこでも、忠実に部の掟を守っている。
「その愛部精神はある意味、尊敬しますよ」
「そうだろう、そうだろう。孫一くんは、よく分かっている」
俺の言いたいことは、伝わらなかったようだ。
先輩の行列に対する意気込みは尊敬はするが、正直見習いたくない。
「六尋庵は10時開店ですよね。カバン持参ということは、いま来たんですか?」
「もちろんだとも!」
もちろんらしい。
さすがに学校生活や周囲の信頼を犠牲にしてまで並びたくない。
ちなみに玲央先輩を苗字の方で呼んではいけない。
勇三はそれを行い、何度かみぞおちに膝を受けて、悶絶していた。
鬼参という字面と、家族との折り合いの悪さから、先輩は自分の苗字を毛嫌いしているのだ。
「二人で、何の話をしていたんだい?」
「俺の祖母と父が、異世界人だって話です」
「そうか……まあ、そういうこともあるな。うん、あるある」
先輩は、生温い目を俺に向けた。気持ちは分かる。
「そう言うだろうと思って、用意してきました。先輩、これを握ってみてください」
「黒い棒をどうしろと……ん?」
「頭の中に数字が浮かんできませんか?」
「ああ、1、6、17という数が浮かんだが、これはなんだ?」
「左からレベル、生命値、技能値を表しているみたいです」
「なんだそれは……」
先輩は、俺と勇三を交互に見る。
「さっきオレも握ったんだけど、正直焦りましたよ。ちなみにオレは1、11、10でした」
勇三の場合だと、レベル1、生命値11、技能値10ということになる。
「先輩は生命値6、技能値17ですから、かなり技能値が高いですね」
ちなみに俺は、レベル1、生命値15、技能値7と、生命値が高かった。
「電気信号で脳内に映像を見せる研究はあるが、未完成だったはず……」
先輩が悩んでいる。
「いま握ったのは、本物の魔道具らしいです。祖母が異世界から、昨日買ってきたって言ってました」
「昨日、買ってきたって……い、異世界から!?」
普段、動じる姿を見せたことのない先輩が、このときばかりは大いに驚いていた。
「孫一や、信頼できる友人はいるかい?」
「多くはないけど、一人か二人ならいるよ」
「だったら、今から告げる話をその人たちにしてみなさい」
「いいけど、また変な話だよね」
「……ダンジョン」
「ん?」
「その人たちに、ダンジョンでレベル上げをしたいか、聞いてみなさい」
「いいけど、それを聞いてどうするの?」
「もちろん、ダンジョンでレベルを上げてもらうのさ」
祖母は親指をグッと立てた。
いや、答えになっていないのだけど。
「……というわけで、祖母は俺たちにダンジョン探索をしてもらいたいみたいです。ちなみに異世界人である祖母は、いくつものスキルを持っているようですよ」
「異世界にダンジョン、そしてスキルか。うーむ……」
「祖母はスキルで、『ダンジョンを造れる』って言うんです」
「そういえばさっき、レベルは1だったが……なぜ御祖母様は、ダンジョンでレベルを上げてもらいたいなどと言い出したんだ?」
当然の疑問だと思う。俺も不思議に思ったし。
「祖母が言うには、レベルが5の倍数になると、スキルを1つ覚えられるんだそうです。祖母はダンジョンを造るスキルの他に、自分のスキルを伝授できるスキルを持っていて、死ぬ前に残りの伝授可能枠をすべて使いきりたいって言ってました」
「まさかそんなファンタジーなこと……でも、さっきの魔道具はどうみても」
先輩が混乱しはじめた。
「勇三は半信半疑ながら、付き合ってくれるそうです」
「ダンジョンとスキルに興味あるし、おもしれーかなと思ってですね。せんぱいは、どーします?」
「詳しい話は、うちに来てくれたらするって、言われてます」
「正直、ダンジョンには興味ある。ものすごく……興味ある」
「じゃあ、話だけでも。本当は俺を入れて5人集まると良かったんですけど、部員は3人しかいないですし」
「春に『島原の乱』があったし、部員のことは仕方ねーよ」
勇三の言葉に、俺は頷いた。
この『行列研究部』も、本来ならもっと多くの部員がいた。
今年の四月、3年の島原勲先輩が大勢を引き連れて、出て行ってしまったのだ。
そのせいで残った部員は俺たち三人のみ。
1年生は全員いなくなったので、来年の存続が危ぶまれていたりする。
「分かった。私も参加する」
「ありがとうございます。それでは今日の放課後、いいですか?」
「御祖母様のところへ話を聞きにいくのだろう? もちろんだ」
こうして俺は、玲央先輩と勇三を家に連れて行くことが決まった。