21.道連れ
「デ、結局アナタたちは何ネ?」
離れの裏手、茂みの中に緩く傾斜した穴が開いていた。雑草がずいぶん放置されているな、などと思ったものだが、これを隠す意図もあったらしい。
人ひとりが通れる程度のトンネルはそれなりに補強もされている。あまり大袈裟なものではなくとも、貴族の邸宅に付き物である緊急時の抜け道としては十分だろう。
出口にはきちんと木製の梯子と扉が備えられていた。開こうとすると重い。ジギエッタに開けてもらうと、土埃が逆流してきた。上に土を被せてカモフラージュしていたようだ。
村から少し離れた林の中に出る。柵に囲われた村の姿と屋敷の屋根が、まだ視界にあった。
さーてこれからどうすんべ、と背を伸ばしたところに、ニエンシャの憮然とした言葉が飛んだ。
「何って?」
「そのまんまヨ。アナタたち誰。ヨク考えたらワタシ、アナタたちの名前も知らないネ。テイウカなんで一緒に出てきちゃったのか自分でもワカラナイナ」
「心配するな。考えてもわからんぞ。私もわかってないんだ」
「ソレはもっとヨク考えるべきネ。自分の人生ヨ」
「ほんとになー……なんでだろうなー……」
なぜか頭を抱えてうずくまったパテリコは置いといて、たしかにどうしてこの子も連れてきちゃったんだろう。
えーと、ほら、村の人たちに説明しようと思ったらいろいろ大変だしね。勝手に妖魔を倒しちゃったニエンシャがいると面倒が出そうだし。うんうん。それにメイリーンにもゆっくりしてもらいたかったしさ。
「ね?」
「ナニがヨ。そもそもあの村のコト全部ワタシがやったヨ。ワタシお礼してもらってないネ。なんでアナタ自分の手柄みたいにしてるカ」
「いやぁまぁ、そこはこう、流れというか」
「全力で成り行きに流された気もするカラあんまり文句も言えないケド、やっぱり納得いかないヨ」
「納得いってよー。ほらあなた、わたしたちに降参したんだからさ。ちょっとくらい良いじゃん」
「それヨ! ワタシまだ納得いってないネ! アナタ誰!? ナニモノ!?」
彼女は未だわたしに制圧されたことを受け入れられていないようだ。
何者って言われてもなー。
「クロエです」
「パテリコ・シマー」
「俺はジギエッタウィズだ」
「アナタたち会話できない人カ?」
唇を尖らせて斜めになるニエンシャ。なんだようちゃんと自己紹介したじゃないかよう。
「クロなんとかがドーコーとかゴチャゴチャ言ってたナ。結局アナタはそれじゃないノ? ワタシそもそもそのクロなんとかをヨク知らないケド」
「違うよ」
「違うノカ」
「おいクロワルチェ。こいつちょろいぞ」
「やっぱりクロなんとかカ」
「違うよ。おいこらパテリコ」
「ふふふそうだな偽物だな」
「ナア。もしかしてバカにされてるカ? もしくはワタシの頭をオカシクしたいノカ?」
「俺は知らん」
どうやら頭痛がしてきたらしい彼女を宥めて、とりあえず林を出る。こんなところで立ち話をしていても仕方がない。
時間はまだ昼を過ぎたあたり。すっかり雨も上がって、中天に太陽が雲間から顔を見せている。
「ねぇニエンシャ。それよりもさっきさ、呪いが消えたわけじゃないって言ってたよね。大丈夫なの? またぶり返すとか」
「風邪じゃないんダカラ。蠱だけ――マァ髪も切っちゃったけど、トニカク流れをぶった切ってそのまま停めたからネ。ちょうど剣も劣化しちゃったし、同じ剣を改めてワタシが用意しない限り心配ないヨ」
いまいちよくわからないが、一時停止のボタンみたいなものだろうか。止めたところで壊れたなら、直さない限り解除はできない。
「不安なら巫蠱でも探すコトネー。ああいう蠱はたいてい、元を潰せば消えるヨ」
そういえば、ジギエッタもそんなようなことを言っていたような。
……ん? ていうか、そもそも、
「……元? って?」
「ソリャあの蠱を施したヤツのコトヨ」
「メイリーンのことじゃなくて?」
「アレは単に式の贄にされたダケデショ? アナタたち流に言うなら、マホー陣の真ん中に置く依代カナ? マホーをかけるのはマホーツカイって決まってるヨ」
なるほど。なるほど。
後ろをのんびり歩いていたジギエッタに向き直る。
「ジギエッタ。術者がどうこう言ってたっけ」
「施術者だ。居所がわかれば他の対処もあった」
「うん。うーん。うん。えーとつまり、あの呪いってメイリーンのせいとかクロワルチェがどうとかじゃなくて――」
「術だな」
当然だろう、とでも言わんばかりにジギエッタは言った。いつもどおり表情は変わってないけど、そんな風に見えた。
「……うん。ジギエッタ、それいつからわかってた?」
「あの村に入った時からだが」
当然だろうを通り越して、こいつは何を言っているんだという顔だった。
「だからなんでお前はそういうことを早く言わんのじゃー!?」
「すまん」
鼻の穴に思いきり指を突っこんでやっても、まったく反省している様子が無い。
メイリーンなんも悪くないじゃん! 完全に被害者じゃん! メイリーンどころかあの村まるまる被害者じゃん!
なんだよ呪いって! 術だよ! そりゃそうだよ魔法があるんだよここには! あんな不思議現象なんて魔法に決まってんじゃん!
「なんで誰も気付かないの!?」
「そりゃ気付かん。あんな呪術なんて私は聞いたことも見たことも無いぞ。しかも村ひとつを覆う範囲なのに邪霊も湧かない。呪いか何かと言われたほうが納得するな。田舎ならなおさらだし、現にお前もそう思ったろ」
どうでもよさそうなパテリコの冷静な言葉が痛い。
そうなんだよね。わたしもすっかりそう思いこんでた。だって村の雰囲気からして呪われてそうだったし、メイリーンもなんか呪いとかかけてもしょうがないかなって思っちゃったんだもん。失礼な話である。
「いったい誰がそんなこと……?」
「それは読めなかった」
「ケッコー気合いの入った式だったしネ。足がつくようなマネはしてないデショ」
「おおかた人狩りの連中じゃないか? こんな場所をこんな迂遠な方法で攻める意味もわからんが」
『人狩り』さんたちにそんな魔法つかう人いたかなー? 見たことない。
しまったな。もっとしっかり話を聞いてから出発するべきだったか。なんで格好つけて出てきちゃったんだろう。でも今さら戻るのもなぁ。
それに目的あってのものか辻呪い――辻呪い? 辻斬りならぬ辻呪い――かは知らないが、見つけたからと言ってわたしにどうこうできる事でもない。
だっておっかない魔法つかう相手でしょ? ジギエッタならなんとかできそうではあるけど、彼ばかり付き合わせてもね。いちおう目的があるわけだし、わざわざ探し出してまで、となるとちょっと。
いやでも、またあの村が目を付けられたらどうしよう。メイリーンに心配が残ってしまう。
「トコロデ食べるモノ持ってないカ? お昼たべそこねたネー。ワタシおなかペコペコ」
頭を抱えてうんうん唸っているわたしに構いもせず、呑気にお腹を撫でているニエンシャ。
「というか貴様、なに当然のような顔をしてついてきてるんだ。たかるつもりか貴様にやる飯など無いぞ」
自分ももはや特に理由なくついてきているだけのパテリコが偉そうに言った。相変わらず彼女は一文無しのままなのでたかられてるのはわたしである。
「モ一度言うけどあの女が助かったのワタシのおかげヨ。仮面女のお願い聞いたのヨ。コレくらいの要求は当然ネ」
「ほう、やはりたかりか。理髪屋の真似事が高くついたものだ」
「マッタク縦耳はイヤらしくてケチネー。自分はブッ倒れてただけのクセにネー」
「東陸人に弱みを見せるなとは本当のことだな。人の財産を奪うことしか考えていない。野蛮人め」
「三度目ヨー。三度目は親でも帝でも許しちゃダメなのヨー」
「すいません許してくださいこれでどうかご勘弁を」
「なにしてんのふたりとも」
気付いて振り返れば、地べたに這いつくばってパンを差し出すパテリコと、その首に剣先をぴったりくっつけているニエンシャ。仲良いね。
「そのパンどうしたの?」
「屋敷で拾った」
「それは盗ってきたと言うのではないでしょうか」
「硬いネー。豆餅が食べたいナー」
わたしもお腹すいた。
そう。何をするにしてもまずはどこかに落ち着かなければ。お金も心許ないし疲れたしお腹がすいた。
ひたすら黙って後ろを歩くジギエッタを見る。そうそう、船も探さないと。
村から離れるように林道を北へ。街道、というほど整備されている道ではないけど、馬車の轍がうっすら残っていることから人の使っている道だ。このまま行けば街のひとつくらいあるだろう。
方角的には――
「名誉辺境伯の領地に出るだろうな。どれだけ離れているかわからんが、まぁ一日か二日も歩けば街くらいあるだろう」
辺境伯領かぁ。クロワルチェもここまで出張ることなかったから、ぜんぜん詳しくないんだよな。
でも大きな領地だし、栄えている街もあるはず。この辺りなら内乱の影響も少ないしね。
今度こそ少しはゆっくりしたいなー。




