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14.仮面

 海上の空模様は変わりやすい。

 だからって陸地が見える範囲を進んでいるだけなのにあっさり曇らないでほしいな。雨も降らないでほしいな。強くならないでほしいなうわあああ大スコール!


「いかん雨が溜まってきた! なにか汲み出す物はないのか!?」


「なんもなーい! 手でいけ手で! うおおおお!」


「うおおおお!」


 パテリコと共に船底に溜まった雨水を掻き出す。バシャバシャと犬のように腕を回すがなかなか減らない。

 わーんさっさと上陸しておけばよかったー。


 そうこうしてるうちにわたしたちの乗った小舟は少しずつ傾いて――いや傾くの早くない? そんなバランス悪かった?


「――なにしてんのジギエッタ」


「……水は嫌いだ」


 船の端のそのまた限界ギリギリ、舳先(へさき)に足先だけ乗っけてしゃがみこむ白髪野郎。そりゃ船も傾くわ。


「いいからあんたも手伝えバカー!」


「うわー立ち上がるなバカー!?」


 あ。大きな波が。





 ジギエッタは浮いた。本当に浮いた。

 なにせ鉄製の鎧を着たパテリコがしがみついても沈まない。すごい。

 おかげで溺れずに済んだと言ってもいい。気をつけの姿勢で完全に固まってしまったが、むしろビート板がわりにちょうどよかった。


 どうにか這い上がれる岸に辿り着く。降り注ぐ雨の中、しばらく三人で倒れていた。バタ足なんて子供のころ以来だったよ……


「ど、どこだここは……」


 へろへろ立ち上がったパテリコの鎧からシャバーと水が滴る。この期に及んでも外さないのはなぜだろう。


「俺たちがいた街から北へ二十ターラほど離れている」


 あ、ジギエッタ起きてた。瞬きもしないから気絶してるのかと思ってた。


「えーと、クアンズ・オルメンから――なんて?」


「二十ターラ」


 この世界の単位よくわかんにゃい。


「ターラなんて二世代も前の単位だろう。本の中でしか見たことないぞ」


 呆れたようなパテリコの言葉に、やたらショックを受けたような顔をする白髪。「あんなに勉強したのに……」とかブツブツ言っている。


「今だとなんなの?」


「ええと……たしか……一アーコンの十六シンク違いくらいと書いてたから……そうすると、えー、あー……十六、七アーコン? ざっくり五ニースくらいか?」


 よくわかんにゃい。メートルで言って。


「かなり流されたな。ダンタイウス伯領を抜けてしまったのは間違いないか」


 距離云々はよくわからなかったけど、クアンズ・オルメンとその周辺がダンタイウス伯爵の領地ということは覚えている。つまり、そこから出ちゃうくらいには移動してたのか。

 そしてその北側、海沿いの一帯は割と不毛の地。オリッセンネリーの中心部とは高山で隔てられ、島の北を占めるウェルデリア王国にほど近く、群島諸国から流れてくる海賊にちょっかいを出される。


 イデンス公国にいくつか点在する、『辺境』と呼ばれるうちのひとつ。


「辺境か。まぁウェルデリアまで流れてしまうよりは……いや、いっそ国を出てしまってもよかったかも」


「あっちに着の身着のままで行ったりしたら捕まって奴隷にされちゃうよー」


「うるさいお前のいない所ならどこだっていい金持ちに拾ってもらうんだ」


 マジか。奴隷のほうがマシとまで思われるとは。そんなにやさぐれんでも。


 ところで。


「……水は嫌だ」


 近くの木陰に潜りこんで小さくなったジギエッタ。振り続ける雨。ていうかもう豪雨。ビシャビシャ。浸った海水もとっくに流れ尽くしたくらいビッシャビシャ。

 いつまでも立ち話をしていてたって仕方ない。ていうかそろそろ風邪をひく。そしてちょっとの雨宿りで止んでくれそうにはない。


 人里、あるいはせめて屋根のあるところで少し休まないと。最後に太陽を見た時にはもう西に傾きかけてたし、夜になったらもっと大変になっちゃう。


「ほれー、ジギエッタ行くよー」


「水……」


「こんなスカスカの木じゃ雨も凌げないでしょ。人のいるとこ探そ」


 迷子の手をとるように彼を引っぱり出し、いまいち視界のよくない中を歩きだした。

 林の一部に下草が踏みしめられて道らしくなっている箇所があったので、近くに人がいるかも。獣道だったらどうしよう。行ってみないとわからん。


 ザンザカ降りの中をしばらく歩いて、ふと振り向いた。

 ちゃっかりパテリコがついてきている。


「オサラバじゃなかったの?」


「……道がこれぐらいしかないだろ」


 まぁそうね。


「あ、分かれ道だよ」


「……どっちに行くんだ」


「方向的に南側は山の中に入っちゃいそうだし、こっちだよね」


「なるほどな」


「……そっち行かないの?」


「なんで自分から遭難しに向かわねばならんのだ」


「わたしと一緒よりはマシとか」


「…………」


 そんな唇を噛みしめんでも。

 彼女も人のいるような所まで出ればその後はどうにでもするだろうし、ほうっておこう。べつに追い払いたいわけでもないし。


「そういえばお前、頭はどうした」


 手持無沙汰になったのか、ツーンとそっぽを向いていたはずのパテリコがそう聞いてくる。

 頭? 大丈夫だよまだそんなに頭はおかしくなってないよ。


「あんまりこう……積極的に見たい傷じゃないんだが」


 言われてようやく気付いた。頭に巻いていた包帯代わりの布が無くなっている。

 ありゃ、自然に左目を閉じてたからわかんなかった。海に落ちた時に外れちゃったのかな。

 これはいかん。あまり人前に出られるご面相じゃない。髪でどうにか誤魔化せないかな。


「使え」


 黙って雨に耐えていたジギエッタが手を差し出す。そこにはいつだか貰ってきた仮面が。やっぱり不気味。

 え、ていうかずっと持ってたの。ていうかまさか、わたしに被せるために貰ったのこれ。


「顔を隠したがっていたから、必要なのかと」


 ……多分、こいつとしては純粋な、そして全力で気を使った結果なのだろう。


「片目だからよくフラつく」


 そうね。たまにちょっと距離感が変になるね。よく何かにぶつかるのは単にそそっかしいからです。

 火傷も落ち着いてきたし、そりゃ自然に傷を隠せるような物があればなぁとか思ってはいましたよ。たしかにね。


 ジギエッタの差し出す、のっぺりとした無表情の面。

 ……うーん。


 とりあえずそのまま被ってみる。あ、紐で縛るのね。

 雨の水滴が目の周りに溜まってなんも見えねぇ。


「うわ、キショッ」


 引いてるパテリコだけは見えた。お前にも被せてやろうか。

 なんにせよ、ちょっと不便かなー。意外と着け心地は悪くないけど。


「ふむ」


 目の前で何かが振られる。おそらくジギエッタの指、だろうか。

 途端に、パカンと視界が開けた。正にそのままの音と共に。


 足元に、斜め半分に割れた仮面が落ちる。右目周りと鼻から下。顔には、ちょうど深く残った火傷跡が隠れる形に残っている。


「これならどうだ」


 いや、快適にはなったけど……これどんな感じになってるんだろう。鏡がほしい。なんか想像してみるに――


「森から来て人を攫っていく呪術師のようだな。国から討伐されるやつ」


「呪ってやろうか」


「お前が言うとシャレにならないからやめろ」


 どうも。暗黒呪術師クロエです。君も人形にしてあげよう。





 雨のせいで太陽の位置はわからないけど、着実に暗くなってきていた。

 きっともう夕方。本当にギリギリで、ようやく村――だか集落だか――の門のようなものが見えた。


 近付いてみれば、けっこうしっかりした門。周囲に伸びるのも、外壁――とまでは言えないが、よく拵えられた頑丈そうな柵である。


 が、門番だとかそういった人はいないらしい。半端に開け放たれていた。


「入らないのか?」


「いや、勝手に入っていいものだっけ? ていうかなんか怪しいような」


 とにかく早く雨の当たらない所に行きたいジギエッタを抑える。どうも様子がおかしい気が。

 パテリコが門の中を覗く。勇気あるなぁ。


「人はいないぞ。忍びこむなら楽だ」


「うーん」


 門が開いてるんだから楽だよそりゃあね。でもそこまで小さい村ってわけでもないのにこんな不用心でいいんだろうか。いくら辺境とはいえ。


 村の中にはちらほらと家や小屋が並び、畑らしき一角もある。遠くに見えるのはたぶん豚。牛か? いや羊かも。

 門から中心へ向かうように建物の密度が上がっていて、やっぱりそれなりに人の多い村なのは間違いない。


 そして、人がいないわけでもなかった。

 ふと目についた家の窓から、子供が覗いていた。親だろうか、誰かが慌てたように鎧戸を閉める。


 ……少なくとも、歓迎はされていない。


「その仮面のせいじゃないか」


「え、そんなに怪しくなってる?」


「怪しい」


 いきなり村に暗黒呪術師がやってきたらたしかに怖いよなぁ。いや、だったらちゃんと門番を置きなさいよ。

 追い返しに誰かが来るということも今のところなし。変な所だなぁ。


「結局ここがなんて村かもわかんないし」


「この辺りなら――たしか、なんとかって男爵の領じゃなかったか。なんて言ったかな。割と近年に移ったはずの」


 男爵さんかー。辺境だし、もしかしたらこの村くらいしか持ってないかも。

 ていうかパテリコ、ただの兵隊さんだったにしては詳しいなぁ。きっといっぱい勉強したんだろうな。


「ああそうだ、カーソンとか言ったか」


 へー、カーソン男爵。

 ……なんか聞いたことあるような。

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