098 魔術王、姿を現す
「え、レイザー……?」
そこにいたのはローブを着た魔術師、レイザーだった。
なぜ、こんなところにいるのか。なぜ、音もなく目の前に現れたのか。
そしてなぜ、その顔を見てジャスターとリスティナが顔を青くしているのか。
「ミ、ミカゲさん!? これは、これは違うんだよ! な、リスティナ!」
「あ、あは~、ちょーっとジャスターが失敗しちゃったぁ~……許して?」
「……はぁ、もういい。全て見ていたさ、今更言い訳はいらないよ」
「うっ……」
悔しそうに唇を噛むジャスターに、レイザーはゆっくりと近づいた。
そしてジャスターの右足を持ち上げると、断面に近づけ右手の手のひらを当てる。
緑色の光がほわあっと手に宿った。すると、切断された右足が元の場所にくっつき始める。
ああ、前にも見た無詠唱の魔法だ。間違いない、この人はレイザーだ。
そして、レイザーはジャスターとリスティナにミカゲさんと呼ばれている。
信じたくない。信じたくはないが、これはまさか……
「レイザー……? どうして?」
「久しぶりだね、レクト。私はレイザー改めレイジ。ミカゲレイジだ。騙していて悪かったね」
「ミカゲレイジ……」
にこやかにほほ笑むレイザー。いや、ミカゲレイジ。
やはり日本人だった。聞き覚えは……ない。
「あの時話しかけてきたのも、俺を騙すためだったの?」
「やだな、あの時助けたのは偶然だよ。私も初めて顔を見たしね。まあ、君を見に来たのはあながち間違いじゃないかな」
俺の様子を見るためにアルゲンダスクにやってきて、あの時偶然知り合ったと。
レクトという名前を聞いて反応をしていたのはそれか。
ジャスターを回復されたこの状況、どうするべきかと思考を巡らせていると、ぶぅんと空気が揺れる音がした。
音の正体は、『騎士剣エクスカリバー』が光を放出した音であった。持ち主のカリウスは、ジャスターとミカゲに剣先を向けている。
「そのまま動くな、お前達をこの場で捕まえる」
「チッ……」
「おお、怖い怖い。もっと平和に解決しようじゃないか。レクト、私は話をしに来たんだよ」
「話?」
ここまで来て、話をしようとはどういうつもりなのだろうか。
そういえば、ジャスターとリスティナはミカゲが来ていることを知らなかった。ということは、部下にも知らせずにミカゲが独断で行動していたということ。何か理由があるのだろう。
「ああ。君の本当の役目は私の邪魔ではないだろう?」
「本当の目的って何さ。そっちは世界を破壊しようとしているんでしょ?」
まさか、世界の破壊が俺の本当の役目だとでも言うつもりか。
馬鹿馬鹿しい、そんなわけがない。俺はこの世界を守るために戦っているんだ。
「そうさ。でもこれは必要なことなんだ。君だって被害者の一人だ、私と協力してほしい」
「話が見えない。世界の破壊が必要なこと? どういうことなの?」
ミカゲは、なぜ世界を破壊しようとしているのだろうか。
セラフィーの話では、詳しい理由までは出てきていなかった。
世界を破壊しなければ、何かが起こってしまう、とか? いや、だとしてもこの世界が破壊されることは見過ごせない。
「この世界は無くなるべきなんだ。そうして、“俺”が世界を救ってみせる」
「世界を、救う……?」
何を言っているんだ。
世界を壊して世界を救う。意味が分からない。
一人称が俺に変わってしまうくらいには気持ちが入っていた。何があったんだ、何が理由で、この世界を壊そうとしたんだ。
まだ、まだ情報が足りない。もしかしたら、本当に話し合いをすれば……
「死にたくなければ伏せよ、レクトオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
「うわあっ!?」
腹に響く声が闘技場を揺らした。
言われるがままに伏せると、頭上を衝撃波が通過する。
声の主であるアルゲンダスクの大王は、拳を前に突き出した状態で静止していた。
おいおい、拳を突き出しただけであんな衝撃波を作ったのかよ。これだけでも格闘王ダルファンよりも数段上だ。
「おっと手厳しい」
ミカゲの手の前には、半透明の六角形の盾が出現していた。
色は薄緑色。詠唱はしていない。あれだけの衝撃波を〈魔法壁〉で防げるのだろうか。
「これ、〈魔法壁〉?」
「……一緒にしないでくれ」
「ウオオオオオオオオオオ!!!」
突撃してくる大王に対して、ミカゲは〈魔法壁〉に似た盾で対応した。
拳を正面から受けても、その盾は破れなかった。そればかりか、拳を完全に受け止めていたのだ。
「グ、グヌゥ……なんたる力……ッ!」
「はははっ! これ以上の話は無理そうだ。この馬鹿の約束通り、『黄金の羊毛』には手を出さないよ。それと、これを返しておこう」
「これ、『王証』……?」
片手で大王の拳を受け止めながら、ミカゲはローブの内ポケットから『王証』を取り出した。
どうしてミカゲがロンテギアの『王証』を持っているのか。そういえば、リスティナに国宝を奪われたときに一個盗まれていたんだったか。
「これをやるから逃がせって? それは無理なお願いだよ」
「違うよ。ただ返しただけさ。もう私には必要がないからね」
もう必要がない、ってことは何かに使ったのか。
使うとなるとオルタガの国宝か……いや、疑うように報告は出ているはずだ。
それに、もし国宝が奪われたのだったら騒ぎになるはず。一応、後で確かめておくか。
「最後にもう一度勧誘をさせてくれ。私たちと共に来る気はないかい?」
「……ない」
「そうか。残念だ、この世界に毒されてしまったんだね」
今日、何度思ったのだろう。どういう意味だ、と。
口を開けば意味深なことばかりを言う。詳しい話はしてくれない。本当に話し合う気があるのだろうか。
そんなことを思っていると、悲しそうな顔をしたミカゲの周りに砂埃が立ち始める。風の流れが変わった。
「逃がすものかァ!」
「逃がすかよっ!!」
大王とカリウスが力を解放しミカゲを挟む。
が、強力な風で二人を何度も吹き飛ばしていた。追撃として、炎や氷までも放っている。
無詠唱で、別の魔法を使うまでのタイムラグがない。
現時点でミカゲが使っている魔法は、突風の風魔法、砂嵐を巻き起こす土魔法、追撃の炎魔法と氷魔法だ。
「あんなに連続で魔法が使えるなんて……」
「魔法? いいや、これは魔術だよ」
「っ!?」
いつの間にか真横にいたミカゲは、高く飛び上がる。
「っ、〈竜巻〉!」
視界の悪い砂嵐を解消するため、風魔法を発動させる。
できるかは分からないが、逆方向の竜巻を放ち風を消すのだ。
試してみると、運がいいのか上手くいったのか、逆方向の竜巻が放たれ砂嵐が止んだ。
ミカゲは……消えた? そう思っていると、誰かが叫んだ。上だ!
「じゃあねレクト、また近いうちに会おう。転移」
「じゃね~レクト様~! また会おうね~! 転移!」
「……転移」
気付いた時にはもう遅い。こちらが魔法を発動させる前に、エリィが弓を放つ前に、三人の『転移石』は青い光を放つ。
リスティナは普通に転移を、ジャスターはミカゲに首根っこを掴まれた状態での転移を。
おそらく飛行魔法を使っていたミカゲは、ジャスターを掴みながら転移をし、その場から消える。
闘技場に残されたのは返却された『王証』と、優勝賞品である『黄金の羊毛』と、激しい困惑であった。




