096 黒猫、襲来する
俺もドレイクも回復し、最低限動けるようになったため優勝賞品として『黄金の羊毛』を受け取ることになった。
聞いた話では、この『黄金の羊毛』は伝説の生き物である黄金羊の毛らしくその美しさから宝として奪い合った過去があったとされている。
物語にも多く登場しており、大変貴重なものとのこと。レアアイテムということで俺のテンションも静かに上がっていた。魔力が多く残っていればもっと喜べたのに。
「ドレイクはいいの?」
「わしはもう疲れたのじゃ……はよう帰って寝たいのじゃ……」
「気持ちは分かるよ」
仲間ということでドレイクとカリウス、エリィも優勝賞品の贈呈に誘われていたが、ドレイクは参加しないらしい。
俺もめちゃくちゃ疲れているのでレアアイテムじゃなかったら参加していなかったかもしれない。魔力は回復しても疲ればかりはもうどうにもならないからね。
「しっかし、どうして『黄金の羊毛』なんて豪華な賞品出したんだろうね」
「ガハハハ、新たな戦力を欲していたのだ。嫌な予感がしてなぁ。まさか本当に世界の危機であったとは」
「予感って……」
勘という物は案外馬鹿にできないもので、俺もゲーム中に何度もそれに助けられてきた。
大王はその勘を頼りに獣王戦の優勝賞品を『黄金の羊毛』にし、選手たちのやる気を出させていたのだろう。
そう考えると俺が優勝してしまったのはなんだか申し訳なく思えてしまう。
「だがこうしてお前さんが協力を申し出てきたのだ。『黄金の羊毛』を優勝賞品にしたのは大正解であったな」
「それはよかった。ならありがたくいただくよ」
レアアイテムではあるが、それ以上に獣王戦の優勝賞品、トロフィーとして見た方がいい気がする。
勝ち上がって手に入れたものなのだ。そう思うと途端に欲しくなってくる。
「大王様、『黄金の羊毛』をお持ちしました」
「おお。ではレクトよ、実に見事であった。受け取るがいい」
「はい」
優勝賞品を受け取るときくらい真面目に受け答えなくては。
大王が兵士から受け取った『黄金の羊毛』を、俺に差し出してくる。
『黄金の羊毛』はとても不思議な羊毛で、ふわふわと柔らかそうな外見にも関わらず本物の黄金のように煌めいていた。
これは美しい。各国の王が奪い合っていたのも分かる気がする。ドレイクに自慢してやろう。ティルシアにも見せてやりたい。
俺は『黄金の羊毛』に手を伸ばし受け取ろうとする。ええと、最初は右手だっけ? あれ、それ賞状か。物も同じなの?
とりあえず普通に受け取ろう。愛でるだけではなく、触っても気持ちよさそうだ。もふもふー。
「油断したなァ」
ひゅっと音がしたと思ったら、大王の手から『黄金の羊毛』が消えた。
はっきりとは見えなかったが、黒い影が目の前を通ったような。
今までも似たような経験はある。あれは確か、『黄金の果実』の偽物を持ち去られたとき。
視線の先、壁際には予想通り黒猫の獣人ジャスターが立っていた。その片手には『黄金の羊毛』が。やはり盗んだのだ。
そして、目が赤く光っている。最初から力を解放しているのか。
「ジャスター……!」
「久しぶりだなァレクト。『黄金の羊毛』はいただいていくぜ」
「待て! 〈光矢〉!」
光の矢を作り出し、何本も飛ばす。
エリィの使う『ワルキューレウェポン』で撃つ矢と同等の威力の魔法だ。第一魔法だけどね。
威力はそこまでではないが、速さには期待ができる。
「させっかよ。リスティナ!」
「はいは~い」
俺の行動を予想していたようで、リスティナが俺とジャスターの間に入った。
〈光矢〉が直撃する。ジャスターには当たらなかったけど、リスティナにダメージは入ったか?
煙が晴れると、そこにはニヤニヤとこちらを見つめてくるリスティナの姿が。効いていないだと?
そうか、上位悪魔のスキルである低級魔法無効化だ……!
「よし、このまま逃げれば……!」
「〈瞬間転移〉! 逃がさないよ」
ジャスターが青く輝く『転移石』を取り出した瞬間、〈瞬間転移〉を発動させジャスターの目の前に現れる。
そのまま短剣で斬りつけようとするが避けられてしまった。
〈瞬間転移〉には転移先に青いエフェクトが出るため、背後でなければまず避けられてしまう。なので避けられるだろうなとは思っていた。
『転移石』を使われなくて本当に良かった。
「チッ……バケモンがァ!」
「あー、レクト様それずるーい!」
ずるくない。
それよりも、ここからは【魔術師】で戦うのは難しくなってくる。
対ジャスターとして鍛えたのは【剣士】だ。
しかしこの場で職業を変更するのは難しい。このまま魔法で戦うか?
「レクト! 絶対そいつ逃がすなよ!」
「大丈夫よ、そう簡単に逃げられないわ!」
そうだ、ここは壁に囲まれている闘技場。常に邪魔をしていれば『転移石』を使われる心配はない。
『転移石』は止まっている状態でしか使えないのだ。走りながら使うことはできない。
なのでジャスターが転移するには遠くに逃げるしか方法はないのだ。
ジャスターの表情を見る限り、焦っているようにも見える。
「ジャスター、ここは闘技場だ。丁度いいし試合しない?」
「はあ? するわけないだろ。僕の目的はこの『黄金の羊毛』だぞ?」
『黄金の果実』の時もそうだが、ジャスターはお宝を集めていた。
魔力リソースとして使うのだろう。もしかしたら、世界の破壊に関係することなのかもしれない。
なら止めなきゃ。でも職業を変更していたら隙が生まれてしまう。いくら周りに敵が多いとはいえその隙を突いて逃げられたらお終いだ。
だから、何としても引き留める。
「だよね。でも、俺の持ってる国宝も欲しくない?」
「……詳しく聞かせろ」
食いついた。
「そっちが一番欲しいのは国宝だよね。だから俺からはシャムロットの『神秘のカギ』を出すよ。ジャスターは『黄金の羊毛』を出して。勝った方が両方貰える。どう?」
「へェ、でもいいのかよ? テメーも国宝は大事なんだろ?」
「もちろん。でもさ、どちらにせよお互い国宝は奪い合うでしょ?」
全ての国宝を集めようとしているのだ。いずれお互いの持っている国宝を奪い合うことになる。
そして、国宝が手に入るチャンスなんてほとんどない。俺が死んでしまえば国宝はストレージの中に消えてしまうかもしれないのだ。向こうが国宝を手に入れられる状況は限られている。
「違いねェ。いいぜ、乗った」
「えええ~~!! ちょっとジャスター、勝手に決めないでよ~」
「あ? 僕が負けると思ってんの?」
「うーん、どーだろ~、微妙じゃな~い?」
「なんだとクソ女ァ!」
ジャスターとリスティナが喧嘩をしている間に俺は『職業の書』で職業を【剣士】に変更する。
あの二人が並んでいるところを見ると、本当に仲間だったんだなぁと思ってしまう。あの二人と相手の神様以外に敵はいるのだろうか。
「おい、いいのかよレクト」
戦いに向けて準備を進めていると、カリウスが話しかけてきた。
カリウスのことだから負けることに心配しているわけではないようだ。おそらく、ずるをされるんじゃないかという心配だろう。
しかし俺は自信をもって言える。確かにジャスターは敵で盗みもするが、真っ直ぐな目をしていた。そこは信頼できる。
「うん。だって男と男の勝負なんだよ?」
「……ああ、なら大丈夫だな」
「どこがよ! 絶対途中で逃げるに決まってるわ!」
俺たちの会話を聞いていたエリィがそんなことを言い始める。
それに対しカリウスは呆れたように笑った。
「おいおい、男と男の勝負だぜ? そんなことするわけないだろ」
「そうだよ。男と男の勝負だよ?」
「どんだけ男の勝負信用してんのよ!!!」
いやだって、男と男の勝負だし。真剣勝負になるのは当然でしょ。
さ、これが本当に最後の試合になる。シャムロットでのリベンジだ。気合を入れて行こう。




