092 村娘、炎竜と真っ向勝負する
私、エリィはとても緊張している。
それもそのはず、レクトとカリウスさんの戦いは本当に迫力があり、死の危険性まで感じたからだ。
私の相手はドレイクちゃん。伝説とまで言われた四竜の一人であり、友達だ。
実力だって人間を超越している。そんな相手と戦ったら、本当に死んでしまうかもしれない。
レクトは蘇生があるから大丈夫だとは言っていたが、死ぬのは怖い。痛いのも嫌だ。
「レクト、私どうすればいいの」
「何が?」
「戦うのが怖いの……今までは怪我なんてしなかったけど、ドレイクちゃんが相手なら絶対に怪我しちゃうでしょ?」
今まで戦えて来たのは、相手が自分によりも圧倒的に弱かったからだ。
ジャスターと戦った時も怖かったが、あの時は他のみんながいたから大丈夫だった。
マジカルコンドルと戦った時は、みんながいるとはいえ一対一だったためとても怖かった。
私は今、自分と同等か、格上の相手と戦うことに恐怖を感じている。
「まぁ痛いのは嫌だよね。俺もやだ」
「じゃあどうしてあんな戦い方なのよ……」
カリウスさんもレクトも、身体の一部が切断されてもなお諦めていなかった。
何も考えられないくらい痛かったはずなのに、どうして戦えていたのだろう。
「あー、それ以上に負けたくなかったんだ。ただの意地だよ」
「意地……」
「エリィのその気持ちは間違いじゃないし、普通だと思う。本当に嫌なら棄権したっていい」
棄権……でも、それはちょっと悔しい。
ああ、もしかしたらこれがレクトの言っていた意地なのかもしれない。
痛いのは嫌だけど、それ以上にここで逃げ出したくない。ここで逃げたら、もう私は何もできなくなってしまう。
中途半端な覚悟でここに立ってはいたが、私だってみんなの役に立ちたいとは思っていた。
まだまだ迷いはあるけれど、ほんの少し勇気を出してみてもいいかもしれない。
「私、戦うわ。ここで逃げたら悔しいし」
「エリィらしいね」
私らしさ? もしや、負けず嫌いのことを言っているのだろうか。
自分でも分かっていたけど、そこまで負けず嫌いなのかな。
「エリィよ」
レクトにどう思われているのか気になり考え込んでいると、ドレイクちゃんが近づいてきた。
「本気で来るがいい。手加減は無しなのじゃ」
「……うん、もちろん」
私とレクトの会話を聞いていたのか、ドレイクちゃんはそんなことを言ってきた。
手加減をしてほしくない、それはつまり私との戦闘をレクトとカリウスのように本気でやろうとしているということ。
そう思うとくよくよしながら悩んでいた自分が恥ずかしくなってきた。
今までだって倒れるまで錬金術でポーションを作ってきたじゃないか。痛みくらいなんだというのか。
『セラフィー』
『どうしました?』
私は心の中でセラフィーに話しかける。
最初は混乱したが、今となってはこうして会話ができるようになった。
突然話しかけてきた私を疑問に思うセラフィーに、ある提案をする。
『一緒に戦わない?』
『えーっと、それはどういうことですか?』
『私たちが入れ替わるのって一瞬よね? ならお互いにこの身体を動かせるんじゃないかなって思ったのよ』
お互いがお互いに身体を動かす権利を持っている。
セラフィーは遠慮してほとんど出てこないが、強制的に奪うことだってできるのだ。
そして、その性質を上手く活かせば一人で二人分の判断ができるようになるのではないか。と、思いついた。
『む、難しそうですね……でもいいんですか? あまり、わたしに身体を使われたくないのがエリィさんだったはずじゃ……』
『そうね。でも完全にセラフィーに動かさせるよりはいいわ』
ずっと見ているだけは嫌だ。自分の身体が勝手に動くのを見ているのはとても気味が悪い。
それはそれとして、セラフィーはずっと見ているだけなのだ。久々に出てきたセラフィーはとても嬉しそうだったので、たまには身体を貸してもいいかな、とも思い始めている。
今回の試合ではほんの少し勇気を出して戦うが、今後どうするかはまだ決めていない。
まだ戦うのは怖いのだ。だから、戦いに参加するか、村に残るかはこの戦いで決める。
『じゃあ試してみましょうか』
『えーっと、歩いてるときに咄嗟に入れ替わって振り向いてみて』
『了解です!』
軽い練習のためにすたすたと歩く。
途中でセラフィーが入れ替わり左から振り向こうとしたのだが、歩こうと力を入れていたため中途半端に振り向いてしまい変なポーズになってしまった。
しかもレクトと目が合う。ちょ、見ないでっ!
「何してんのさ」
「え、いや、あはははっ」
愛想笑いで誤魔化すしかなかった。
それにしても、今お互いの動きが混ざっていたような……完全に入れ替わるのなら、振り向きが一瞬ありその後に私の動きにまた入れ替わるはず。
それなのに、私とセラフィーの両方の動きが同時に行われていた。
もしかして、二人同時に身体を操ることができるのでは? うう、もっと早くセラフィーと協力していればよかったわ……
『今回の試合では入れ替わりは咄嗟の動きだけにしましょうか』
『そうね……それがいいわ』
まだまだ改善案はありそうだが、それをすぐに取り入れることはできない。
戦いながら私が気付かなかった攻撃などに対して、セラフィーが腕を動かして防御したり、声で教える、といった戦術になりそう。
さあ、やれるだけのことをやろう。
* * *
炎に包まれる闘技場で息を切らしながら、その炎の主を見つめる。
まだほとんど攻撃を加えられていない。ドレイクちゃんは、笑いながら仁王立ちしていた。
「どうじゃ! これがわしの炎じゃ!!」
私は、圧倒的な力の差に驚愕していた。
ここまで遠いとは思わなかった。相手がいくらドレイクちゃんとはいえ、もっと自分が戦えるものだと思い込んでいた。
ほんの“数分”の戦闘で何発も強力な拳を入れられるとは。
『……エリィさん、まだ戦えますか?』
『何するの……?』
拳の入った腹部や腕の痛みに耐えていると、セラフィーがまだ戦えるかと聞いてきた。
正直もう無理だと絶望していたけれど、何か案があるのかもしれない。
『もう長くは戦えません。なので、最後に一気に攻めます』
『そうね、爪跡くらいは残したいわ』
ここで終わりたくない。レクトの言っていた意地が良く分かった。戦っているとき、こんな気持ちなんだ。
負けるのはほぼ確定している。でも、負けるなら一矢報いてから負けたい。
「ほお、まだ立つとは。流石エリィじゃな」
「ふふっ」
自然と笑みがこぼれてきた。
あれ、もしかして楽しい? 今までそんなこと思ったこともなかったのに。
錬金術をやっているときと一緒だ。夢中になれる。
『空から突撃しましょう。武器は槍で、天使の羽での加速をしながらの攻撃が今できる攻撃で一番威力が大きいです』
『了解、それね』
セラフィーの提案で突撃をすることになった。
天使の羽を動かして空を飛ぶ。それを見たドレイクちゃんは飛ばずに受け止める構えをした。
飛ぶよりもそちらの方が力が入ると考えたのだろう。
カリウスさんのようなパワー勝負になってしまうが、今はこれしかない。
『ワルキューレウェポン』を槍に形にし、前に突き出した状態で降下を始める。
「これが私の全力ううううう!!!」
セラフィーと私が同時に魔力を槍に込めていく。
すると光が形を変え、槍がどんどん大きくなっていった。
やがてその光は全身を包み込み、一つの巨大な槍となる。
どんどん加速していき、地上が近づいてくる。いくらドレイクちゃんでもこの攻撃を受けたら無傷では済まないだろう。
「おおお……ならば、わしも全力で応えるのじゃ! ふぁいやあああああああ!!!」
光の隙間からちらりと見えたドレイクちゃんは、右腕を後ろに構え、拳に炎を纏わせた。
全ての選手を一撃で倒したあの拳を撃ち込むつもりなのだ。しかも、私の攻撃に真正面から対抗して。
怖い。だけど、ここで勢いを緩めたら大怪我をしてしまう。止まらずに、加速し続ける。
「らああああああああっ!!!」
槍の先が拳と触れる。お互いの魔力を削っているのが分かる。まだだ、まだ魔力を込め続ける。
――――が、こちらの魔力が先に尽きた。
地面に叩きつけられ、激しい痛みに襲われる。拳で叩き落とされたのだ。
完敗だ。まだ遠く及ばない。
協力しての戦術は上手くいかなかったけれど、何かを掴んだ気がする。
だからこれは必要な一歩だ。
そんなことを考えながら、清々しい気分で意識を手放した。




