087 騎士、格闘王に挑む
選手の待機所は、薄暗い部屋でロンテギアの闘技場に似ている作りだった。
こういう形式の待機所が一般的なのかな? なんて思いながら周りにいる獣人たちを観察する。
誰が誰だろうか。屈強な肉体を持つ戦士もいればローブに身を包んだ魔術師もいる。
ちなみに俺は【剣士】で和風チックな侍チックな鎧を着ている。甲冑に見えなくもないが動きやすさ重視だ。
「うおおっ! おめーカリウスか!?」
試合開始までの間ストレッチをして時間を潰していると、見知らぬ獣人がカリウスに話しかけてきた。
知り合いだろうか。
「知り合い?」
「んや、知らん。誰だよあんた。会ったことあるか?」
「いや、それはねぇけど。ほら、何年か前に獣王戦に参加した人間だろぉ? よく覚えてるぜ?」
「そうか」
興味なさそうにカリウスはそっぽを向いた。
俺は気になるな、数年前のカリウス。武者修行中に世界中を旅したって話しは知ってるけど、その時のカリウスがどんな感じだったのかは知らない。
教えてくれないのだ。黒歴史らしいので本人の口からは聞けない。
「その時のカリウスってどんな感じだったの?」
「かーっ! 女連れかよ。そーだな、そもそも本戦に参加できてたのはすごいんだが、結果は二回戦止まり。悔しくて叫んでたんだぜ?」
「えっ、カリウスが叫んだの?」
女扱いされた気がするが無視。
戦闘中に気合を入れて叫ぶことはあるが、悔しがって叫ぶカリウスは想像できない。
「おい、それ以上は言わないでくれ……」
「もし勝ってたら三回戦は俺が相手だったんだよ。戦いたかったぜー」
三回戦と言うと……ベストエイトか。
参加できる人数は三十六人。その八位以内に入るということは目の前の獣人もかなりの実力者ということになる。
「っておい! もしかしたら今回の大会で戦えるかもしれねぇな!」
「勝てればな」
「えーっとぉ? おっ、二回戦で戦うな! これは本当に戦えそうだ。カリウスの一回戦の相手はーっと……ダルファン!?」
テンションが上がった獣人は、トーナメント表を見ながら声を上げた。
カリウスの一回戦の相手はダルファン。優勝候補だ。
勝てるわけがない、そう思った獣人はカリウスに可哀想にと視線を向けた。
「かーっ! まーた戦えないのかよ! 悔しいぜー」
「……どうだろうな」
「やめとけやめとけ! 怪我じゃ済まねぇぞ!」
「それでもオレは戦う」
「あーそうかー、まあ頑張ってくれよなー」
そこまで悪意はないんだろうが、完全に負けると判断して話を進めているのがちょっと気になる。
待機所から観客席に上がっていった獣人を見ながら、カリウスはため息をついた。
「レクト、木剣をくれ」
「なんで?」
「自分の力だけで勝ちたいんだ。エクスカリバーは……使うべき時に使う」
「ん、分かった」
俺は他の選手に見つからないように、ストレージから『ウッドソード』を取り出しカリウスに渡した。
カリウスが木剣で挑戦すると言うのなら、俺も木剣で挑戦してみようかと悩んだが結局『ツムカリ』で戦うことにした。
その後観客席で戦闘を見ていたが、人間の戦闘よりも迫力を感じられた。
だが、たどり着けないレベルではない。俺のアイテム無しにしても、このレベルにたどり着くことは可能だ。
俺がいなくても、人間はきっと進化する。
* * *
一回戦。カリウス対ダルファン。
俺は今、観客席から闘技場に立つ二人を見ている。
カリウスはいつもの鎧姿。ダルファンは道着のような、布の戦闘服を着用している。
「よろしく頼む」
「……ああ。だが、その剣はどういう冗談だろうか」
ダルファンがカリウスの木剣を指さして何かを言っている。
開始の合図があるまでお互いに攻撃は禁止なのだが、なんだかヒヤヒヤしてしまう。
「危ないだろ? 刃物なんて」
「見間違いか? その腰の剣はなんだ」
「こいつはズルなんだ。まあ信用はしてるが、こいつを使ってたら強くなったっていう実感が湧かない。安心してくれ、木剣で無理ならこいつを頼るさ」
「ふん、随分と舐めてくれる。だが、そんなもの我が拳の前では無力よ」
また何やら会話を始めた。
両者お互いに距離を置き、お互いを見据える。
カリウスは木剣を、ダルファンは拳を握りしめる。
「ガハハハハハハハハ!!! それでは我の合図で試合開始である!」
そろそろ大柄な獣人が他の試合と同じように合図を出すと思っていたのだが、司会席に出てきたのはアルゲンダスクの大王だった。
まさかの大王の登場に、観客席からざわざわと騒がしくなる。
おそらく、俺たちの試合を見に来たのだろう。俺より先にカリウスが戦うが、まあいいだろう。
「試合、始めェ!!!」
合図と同時にお互いが地面を蹴った。
カリウスが正面から剣を振ると、それに対しダルファンが正拳突きを繰り出す。
「セイヤアアアアア!!」
「っ!?」
凄まじい衝撃波と共に、カリウスの身体が吹き飛ばされた。マジかよと驚くが、カリウスは吹き飛ばされながらも転ぶことはなく上手く着地していた。
「なるほどな……」
「ほお、よく耐えた。本当に人間か?」
よし、反撃だ! いけカリウス!
(受け身はドレイクとの戦いで慣れてるけど、本当にあの拳を受けずにこっちの剣を当てられんのか?)
カリウスは再び突撃しながらも、正拳突きを正面から受けずに回り込み、隙を突いて剣を振るおうとする。
が、相手は拳。木剣を掴まれ、そのまま投げ飛ばされてしまう。
またしてもカリウスは上手く着地しダメージを無くすが、これでは勝機が見えない。流石に優勝候補相手に木剣はきつかったかと不安に思っていると、カリウスの腕がうっすらと光り始めた。
(力だ。もっと力があればあの拳を弾き返せる……!)
「な、なんだあれ!?」
思わず声を出してしまった。
なんだあれは。今までの『騎士剣エクスカリバー』の光とは違う。銀色の光。
そのまま、カリウスは突撃し、またしてもダルファンは正拳突きを……
「うおおおおお!!」
「ソォラアアアアアア!!」
ダルファンの今まで以上の威力が入った正拳突きがカリウスに直撃した。
鎧は砕け、木剣は中ほどから折れた。
思わず助けに行こうとするがぐっとこらえる。
負けた……? いや、そんなわけない。
「……光?」
壊れた鎧の隙間から光が漏れ出ていた。
あれは、なんだ?




