075 コレクター、魔術師と出会う
水を飲んで休憩をしたが、どうにも酔いが醒めないので街を歩きながらみんなを探すことにした。
こんなことなら初めからまとまって行動しておけばよかった。何が一人になりたいだよかっこつけんな死ね。
どうやら俺はトラブルメイカ―なようだ。この世界で一人になってはいけない。
ああ、ダメだ。足がもつれて……しまった、転びそうだ。
「おや、大丈夫かい」
「あ、ありがとうございます……」
足が絡まり転びそうになったところを、目の前にいた人が支えてくれた。
顔を見ると、それは黒髪の人間だった。日本人のような顔立ちをしている。服装は……俺と同じくローブだ。
「少し休憩した方が良さそうだ。ちょっと待ってて」
そう言うと、黒髪の男は俺の額に人差し指と中指を当てた。
視界の上部が緑色に光ると、ふっと身体から嘔吐などの不快感が消えていく。
回復魔法……? いや、俺の知っている回復魔法は状態異常までは治せないはずだ。
そもそも、無詠唱じゃなかったか? 魔法を発動させるときは必ず魔法の名前を詠唱する必要がある。
何者なんだ、この男は。
「今のは……」
「おっと、私は少し変わった魔法を扱っていてね。気にしないでほしい」
「はあ」
まあ、全てが全て『トワイライト』の魔法というわけでもない。
この世界でも詠唱するのが基本だが、無詠唱で使える魔法も存在する可能性がある。
実際、『トワイライト』にはない魔法も存在するのだから。
「観光かい?」
「そんなところです」
「私も観光なんだ。治安もあまり良くないし、はぐれてしまった仲間が見つかるまで一緒に行動する、というのはどうだろう?」
「いいですね、俺も仲間を探してたんですよ。あっ、自己紹介が遅れました。レクトです」
「レクト……?」
俺の名前を聞くと、黒髪の男は少し考えこむように顎に手を当てた。
何か気になることでもあるのだろうか。
「どうしました?」
「いや、どこかで聞いたことがあってね」
「……ロンテギアで決闘をしてそれなりに騒ぎになったことがあるんですが、それですかね」
ルディオとの決闘の話はロンテギア中に広まっている。
人間であるこの黒髪の男も、ロンテギアでその話を聞いていたのだろう。
「ああそうか。と、貴族様でしたか」
「そのままでいいですよ」
自分が貴族だと相手に教えたくないのは、こうして敬語を使わせてしまうからだ。
貴族の紋章を付けていれば貴族だと一目でわかるのだが、俺からしてみればただの邪魔な飾りである。
「助かるよ。どうにも敬語は苦手なんだ。そっちこそ、敬語、やりづらくないかい?」
「正直きついかも」
「じゃあお互いに崩して話そう」
はははと笑いながら、黒髪の男はそう言った。
「おっと、私の名前はレイザーだ。よろしくね」
「レイザー……うん、よろしく」
当たり前だが、聞き覚えはない。
一瞬日本人かと思ったが、どうやら違うらしい。
『トワイライト』から来た人は日本人離れした見た目の人が多いのだ。バリバリに日本人の見た目の人の方が少ない。
「酔いを醒ましてくれたお礼に何か奢りたいなって思うんだけど、どう?」
「本当かい? なら、あれを買ってもらおうかな」
レイザーの指差した先には、串焼きの屋台があった。
焼き鳥……ではなく、焼き豚の串焼きのようだ。小腹も空いていたし、俺も食べようかな。
屋台で串焼きを買い、レイザーに渡す。大通りを歩きながらそれを口に入れた。美味しい。
「うん、やはり食事はいいものだね。でも、故郷の食文化には敵わないな」
「レイザーの故郷ってどういうところなの?」
「自由の少ない場所、かな」
てっきり故郷が好きなのかと思ったが、そういうわけではないらしい。
自由の少ないところ……もしかして、あまり良くない貴族が領主の村だろうか。ルールが厳しい村もあると聞く。
もし自分がその立場だったら……考えたくないな。
「……じゃあ、俺はあんまり向いてないかも」
「……私のような魔術師もあまり向いていなかったよ」
向いていないから、アルゲンダスクに来ているのかもしれない。
そういう村から逃げてきて、ここに住むことになる人間もそれなりにいるだろう。
「そういえば、君の目的は本当に観光なのかい?」
「それ以外にもあるけど、秘密だよ」
「そっか」
レイザーは、それ以上は聞いてこなかった。
しばらく歩くと、ふと真剣な横顔が目に入った。睨みつけているわけではないが、目線を道行く人に向けている。
何か考え事をしているのだろうか。
「レクト、君はこの世界をどう思う」
ふと、そんなことを言ってきた。
この世界をどう思うか? そうだなぁ、まだ俺が知っているのはロンテギアとシャムロットの一部だけだ。
それでも、いい世界だとは思っている。流石に日本のように生活レベルが高いわけではないが、本当の中世ほど治安が悪いわけでもない。まだ住みやすい世界なのだろう。
「まだほとんど見れてないけど、いい世界だと思ってるよ」
「ほお」
「レイザーは?」
俺が聞き返すと、レイザーは少し考えこんだ後に顔を上げた。
「そうだね、いい世界っていうのは間違ってないと思う。だけど、あまり好きではないかな。外部からの手が入りすぎている」
「外部……?」
「ああいや、人間の領地が少ないからさ、立場的にも弱いだろう?」
「あ、確かにそうだね」
人間目線だと、確かに不満はあるかもしれない。
そういう不満を解消するために活動している節もあるので、その気持ちは良くわかる。
人間の国に国宝があるのはなぜか。それは過去、大きな国だったからだ。
何故大国になれたか。そこには必ず人間の可能性が関係している。他種族にしかできないことがある、当然、人間にしかできないこともあるのだ。
決して劣等種ではない。俺はそう信じている。
「あ、カリウスいた!」
野菜を売っている店の前で、カリウスとシウニンさんが話をしていた。アルゲンダスクの商売について調べているのだろうか。
俺は声を掛けながらカリウスに駆け寄った。
「おお、どうしたレクト」
「色々話したいことはあるんだけど……そうだレイザー、この二人が仲間の……ってあれ?」
振り返ると、先程まで共に行動してきたレイザーがいなくなっていた。
レイザーの仲間も一緒に探そうと思っていたのに、はぐれてしまったか。
「レイザー? 誰ですか?」
「さっき会った人なんです。俺と同じ魔法使いでローブ着た黒髪の人間で……」
「なるほど、しかしこれだけ人数が多いと簡単には見つけられませんよ」
「残念だけど諦めるしかないな。まあ、魔法使いなら絡まれても何とかなるだろ」
あんな魔法を持っているのだから一人でも大丈夫だろうが、最後に一言くらい声を掛けたかった。
レイザーも観光に来ているのだし、そのうち会うだろう。次に会った時にでも紹介しよう。
今はバーでの戦闘やチョーカーについての報告が最優先だ。
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