074 コレクター、チョーカーを手に入れる
チョーカーを付けた獣人は、鋭い爪を向けながら襲いかかってくる。
それに対しマスターが槍で牽制するが、それを瞬時に見切って避けた。あれを避けるのか。
しかしマスターもただでは負けない、蹴りで相手を飛ばし、一度仕切りなおすことに成功する。
「だ、大丈夫なのかよ」
「……キツそうだね」
こそこそと陰に隠れながらマスターの戦闘を見守っているが、槍を簡単に避けていたことにより不安が残る。
このままだと一気に突破されてしまう。マスターには悪いが、こちらから手助けさせてもらおう。
立ち上がると、狐の獣人にローブを掴まれた。何さ。
「ちょっと、危ないよ?」
「大丈夫大丈夫」
さて、職業が【魔術師】の状態で来ちゃったから『ツムカリ』が使えないんだよね。
久々に魔術師として戦ってみてもいいかもしれない。
「ぐああっ!」
「マスター、交代だよ」
「なっ、下がっていろ!」
面白いことを言われてしまった。
マスターは知らないのだから当然なのだが、心配を掛けさせてしまって申し訳なくなってしまう。
そもそも、目の前の獣人の目的は俺なのだ。俺がどうにかするべきだろう。
「それ、こっちのセリフ……!」
俺はマスターの横を通り過ぎ、そのままカウンターの上に立った。
当然、相手の視線は俺に向いている。おそらく操られているので、気絶させて一旦戦闘を終わらせよう。
「〈雷光〉」
「ガ、グガガガガ!?」
俺の手から白い電撃が放たれ、相手に直撃する。
ビリビリと痺れ、相手の身体からプスプスと黒い煙が出てくる。
これで気絶するだろう。普通の獣人っぽいし、むしろオーバーキルだったかもしれない。
「グ、ウウ……! レクト、ツカマエル……!」
と思ったのだが、相手はなおも意識を保ちながらこちらを睨みつけてきた。
操られて、さらにパワーアップもしているのか。
「まだ立てるんだ……ん?」
ふと、相手の首元のチョーカーが目に入る。紫色の宝石が付けられたチョーカーだ。
紫色……そういえば、目の色も紫色になっている。これが関係あるとしたら……
俺は短剣をアイテムストレージから取り出し、構える。
カウンターから飛び降りながら、刃先をチョーカーに向ける。
「ちょいと失礼!」
「ヤメロォ! ウ、アア……」
すれ違いざまにチョーカーの皮の部分を切断した。するりとチョーカーが外れ、床に落ちる。
操られていた獣人は、そのまま気を失って倒れてしまった。
チョーカーを拾おうとした時、首元から血がたらーっと垂れているのが見えた。しまった、薄皮一枚斬ってしまったか。
短剣の扱いもまだまだである。『ツムカリ』だけでなく短剣の修行もしなくては。
「おお……魔術師ローブを着てたからもしやと思ったけど、ここまで戦えるとは。すごいね、マスター」
「ああ、とんでもないな……何かお礼をした方がいいのか?」
「元々目的はこっちだったみたいだし、逆にこっちが迷惑掛けたようなもんだから気にしないで」
そう、この操られていた獣人は最初から俺が目的だったのだ。俺がここに来てさえいなければ店が襲われることはなかった。
特に被害が出たわけではないのでそこまで罪悪感は無いが、それでも原因は俺なのだ。礼を言われる筋合いはない。
「調べたいこともあるし、この人連れて行くね。あ、お酒の料金払うよ」
俺は残っていたカクテルを一気に呷った。
甘ったるい味が口いっぱいに広がる。くぅ、やっぱりちびちび飲むべきだったか。
「いやいいよ。可愛い女の子に払わせるわけにはいかないからね」
「げほっ! ごほっ!」
「だ、大丈夫?」
驚くと同時にカクテルが気管に入ってしまい、盛大にむせてしまった。
そうだった、女と勘違いされていたんだった。
申し訳ないが、衝撃の事実をカミングアウトさせてもらおう。
「いや、俺男なんだけど……」
「え」
しかし可愛いのには変わりないということで、結局カクテル代は奢ってもらうことになった。
それはそれで複雑である。
* * *
店を出た俺は気絶した獣人を路地に寝かせ、チョーカーの観察をする。
見た目だけなら綺麗な宝石だが、これが外れただけで気絶していたのでこの宝石がパワーアップアイテムと見て間違いないだろう。
しかしこれ以上調べることもできない。やはり起きてもらわなければ。
「おーい、起きてー。朝……じゃないけど、もう昼ですよーい」
「ん、んん……?」
「おっ」
俺が声を掛けると、獣人は小さく唸った後に眉間にしわを寄せた。
起きそうだ。よかった、しばらく起きなかったら最悪だからね。
さあ、起きて話を聞かせてくれ。
「んん……」
「寝るなァ!」
再び寝ようとする獣人に大声で怒鳴りつける。
ああ、頭がガンガンする。あのカクテルのアルコールは相当強いようだ。
頭を押さえていると、獣人が目を覚ました。くそ、ビビらせやがってぇ……
「え、だ、誰ですか貴方」
「貴方を保護した人だよ。とりあえず聞きたいことがあるから答えて」
「え、ええ……」
上手く働かない頭を働かせて質問したいことを脳内で組み立てていく。
最初の質問は……これだろう。俺は獣人にチョーカーを見せる。
「まず、これに見覚えは?」
「……いえ、ありません」
見覚えはない、か。
自分から装着したわけではないってことか。ということは、誰かがこの人にチョーカーを付けたと。
「じゃあ、意識を失う前の記憶は?」
「ええと、今日は朝起きて、それから……」
「それから?」
「あれ? ダメだ、思い出せない……」
獣人は記憶を辿りながら頭を抱えた。俺も頭痛いから抱えていいかな。
んー、操られる直前の記憶がないのか。そうなると手に入る情報が少なすぎる。
今わかることは今日操られたということと、犯人がまだ近くにいるかもしれないということの二つ。
うん、ヒントが少なすぎる。
「操られる直前の記憶がない、か。困ったな……」
「え、操られてたんですか?」
「うん。目が紫色になってね」
そういえば、今の目は紫色ではない。茶色だ。
とりあえず、手に入った情報をみんなに知らせて……そもそもみんなは今どこにいるんだ。
ああもう、頭の中がごちゃごちゃしていてまともに考えられない。水でも飲んで休憩するか。
「あの、もう質問はない感じですか? 帰ってもいいですか?」
「え、ああ。いいよ。気を付けてね」
その、お礼とか……ないんすか。
まあこの人からしたら気が付いたら操られていて、その記憶もないという状況なのだ。実感もないだろう。
というか、そもそも俺が助けたってことも伝えてないか。言っていたらお礼を言われていたかもしれない。
なんてことを考えている間に獣人は大通りに出て行ってしまった。
とりあえず水飲んで休もう……




