071 大王、盗み聞きする
お城に到着した俺たちは、門番に『王証』を見せ城内に入れてもらった。
他国の王族として扱われるため、最初から面倒な説得などをする必要が無いのは本当にありがたい。
だが、一つ気になることがある。実は、襲われたあの日ロンテギアの『王証』が一つ盗まれてしまっているのだ。
なのでもっと警戒されるものだと思っていたのだが、もしや公開していないのだろうか。
「この部屋でお待ちください」
兵士であろう獣人に案内され、部屋に入る。ロンテギアやシャムロットのように玉座の間に通されるわけではないようだ。
椅子に座ってしばらく待っていると、がちゃりと扉が開いた。
入ってきたのは、眼鏡を掛けた黒髪の男だった。鬼畜眼鏡って感じだ。大王……ではないらしい。
「初めまして。私はトレバー。大臣をしている者です。以後お見知りおきを」
「どうも、ロンテギアの王子代理をしているレクトです」
俺に続いて、それぞれが自己紹介を進めていく。
全員が自己紹介を終え、トレバーさんが机を挟んで正面の椅子に座った。
「大王様は来られないのですか?」
シウニンさんがそんなことを聞く。
ポーションなどのプレゼンをするなら政治を行っているであろう大臣にするのが一番ではあるが、個人的には大王と直接話がしたい。
「今のところはそうですね。実のところ、まだ警戒しているのです」
「国宝と共に盗まれた『王証』ですか」
「はい。とはいえ、使者から皆様の話は伺っております。軽く話して、本人だと思えたら呼びますよ」
「なるほど」
俺が王子代理として活動していることは知られていたか。
しかし現れた俺が本人だという確証はないので、大臣が話を聞き、安全だと判断したら大王をここに呼ぶと。
国宝が盗まれるという事件が発生している以上、警戒するのも仕方がないか。
「それで、ご用件をお伺いしても?」
「ええと、ではまず、協力関係を築くため特殊なポーションを紹介させていただきます」
「ふむ」
はい。ここからはシウニンさんに全部任せます。
シウニンさんは事前に渡していた『グリーンポーション』と『ピンクポーション』を机の上に置き、それそれぞれを説明していく。
「この『グリーンポーション』ですが……」
「ふむふむ」
「それに対しこちらの『ピンクポーション』が……」
「ほうほう」
淡々をプレゼンをするシウニンさん。俺たちは特にすることもなく、退屈そうな雰囲気を出さないように時々小さく頷くことに集中していた。
「その全ての植物が、このレクト様の畑で育てられているのです」
「えっ? あ、あー。そうなんですよ! うちの村すごいんです!」
突然話を振られて反応が遅れてしまった。
ちょっと、言ってよ。
「そして、このポーションを作れるのは現在世界でただ一人、エリィ様だけなのです」
「貴方が?」
「あ、はい。私だけです」
シウニンさんが俺に話を振ったからか、エリィは少し焦っただけで普通に答える。
ずるいぞ。長い話でぼーっとしてたのはお前もじゃないか。
「新たなポーションの登場により、錬金術師の成長も期待できます。なのでその話を受ける以外の選択肢はないのですが、こちらとしては交友関係のためだけに紹介されるのは気が引けるといいますか……」
まあ確かに、このレベルのポーションを特に厳しい条件を提示せずに売ると言っているのだ。逆に怪しいかもしれない。
しかしここで国宝をくださいとは言えない。それを条件にしたところで受け入れてはもらえないだろう。
だが怪しまれてしまったのは計算外だ。好条件すぎたか。何か代わりに条件を提示しようかな?
などと考えていると、扉がバァン! と勢いよく開いた。え、ルディオ? と思ったが全然違った。
現れたのは獅子の獣人族。黄金のたてがみに、二メートルは軽く超えているごつごつとした筋肉質の巨体。
事前に聞いていた通りだ。あれがアルゲンダスクの大王だろう。その大王がなぜこのタイミングで?
「ガハハハハ! 話は聞かせてもらったぞ!」
「声でっか……」
劈くような笑い声に、思わず耳を塞ぐ。
俺だけでなくトレバーさん以外の全員が耳を塞いでいたようだ。
「おっと、すまんすまん。声が大きかったか! ガハハ!」
「我が王! 何をしておられるのですか! 呼ばれるまで入らないようにと伝えたはずでしょう!?」
音量を調整し笑う大王に、トレバーさんは手をわちゃわちゃさせながら声を荒げた。
「話が長い! もうこやつらが本物の使者だということは明白ではないか!」
「しかしですね……はぁ、もういいです……」
諦めたらしいトレバーさんは、大王を部屋に通し座らせた。うわ、椅子のほとんどが埋まっちゃったよ。
「で、条件はなんなのだ?」
「話聞いてたんじゃないんですか……」
まさかの言葉に思わずずっこけそうになる。
颯爽と話は聞かせてもらった! と入ってきたにもかかわらず話を聞いていない。どういうことだ。
「所々聞き取れなかったのだ。それで、条件は?」
「無いらしいです。驚くことに」
「なにぃ? おい貴様、もう少し欲という物をだなぁ?」
不思議そうな顔でこちらを見てくる大王。ここは否定して理由を話さなくては。
大王がいるので、世界の危機についてをここで話してしまおう。
「あーえっと、ちゃんと理由があるんですよ」
「ぬ、話してみよ。それにやりにくそうではないか、言葉は崩してよい」
「え、いいの?」
俺が軽く言葉を崩してみると、トレバーさんはため息をつきながら額を抑えていた。俺だけでなくよくあることらしい。
「よい。我は民と同格でありたいのだ。友達のような扱いをしてもらって構わぬ。友達であるぞ? 友達いるか?」
「いるよ! お母さんか!?」
少し強めにツッコミを入れる。これで満足そうに頷いているので失礼ではないらしい。
俺としては言葉を崩した方が話しやすいのでお言葉に甘えてこのまま放させてもらおう。カリウスとかは敬語の方が話しやすいんだろうな。
「んんっ、その理由とは?」
話が脱線しそうだったからかトレバーさんが咳払いで流れを正す。ありがとうございます。
何から話そうか。やはり世界の破壊が迫っていると分かった経路からかな。
「ではまず、このエリィの中にいるセラフィーの話から――――」
俺は、俺がライトと同じ存在ということを隠しながら世界の破壊が迫っていることを説明し始める。
セラフィーの天使の羽を見せたり、実際にシャムロットで受け取った『神秘のカギ』を見せたりしながら説明していく。
これで今できることは完了したと言ってもいい。大王に条件を提示してもらうか、信用してもらえるよう頑張るだけだ。




