046 天使、舞い降りる
俺が王子代理になり、エリィが錬金術師になったあの日から数日後のことだ。
今日は曇りだった。いつもは外で陽の光を浴びているドレイクも屋敷の中に籠ってしまっている。いや火山に帰れよ。
「レクト、そろそろ雨が降りそうだ。今日はここまでにしよう」
「だね」
シャムロットに外交に行く前に、俺は剣術をある程度学ぶことにした。
カリウスから立ち回りなどを教えてもらいながら、武技を再現できるまで修行をしている。
〔スラッシュ〕は魔力を込めながら斬れば似たような動きになった。しかし〔ブラスト〕と〔アスタリスク〕が難しい。
〔ブラスト〕は剣先に魔力を纏わせ衝撃波を発生させながら突きをする武技だ。
〔アスタリスク〕は敵を中心とした五連撃で、武技として発動させると星のような軌道を残す。
特に〔アスタリスク〕が難しいのだ。まず左上から右下に向けて斜めに斬り、続けて右上から左下に向けて斜めに斬る。同じように左下から右上に向けて斬り、右下から左上に向けて斬る。最後に、縦に振り下ろして終わり。これを一瞬で行う。
ステータス補正があるとはいえ、人力で武技を再現するのは難しい。
後半の武技は魔法に近いため人力で再現する必要はない。とにかく、光らない剣の最終段階。〔アスタリスク〕をマスターしたい。
「エリィは?」
「今日もポーション作りだろ。あいつもよくやるよなぁ」
カリウスから見てもエリィは頑張っているように見えるのだ。いや、あれは頑張りすぎている。
「頑張ってるよね。水持って行ってあげよう」
「どうせだしオレも行くか」
雨が降っては室内でしか行動ができない。傘を使えば外で行動もできるのだが、そこまでして外に出るメリットがない。
今日は家の中でゆっくりしよう。最近ずっとゆっくりしてるな。
そのうちシャムロットに行くさ。そのうちね。明日から本気出す。
俺は汲んできた井戸水を片手に、錬金室の扉を開けた。
「おーい、エリィ……っ!?」
俺の目に飛び込んできたのは、ぐったりと倒れるエリィの姿だった。
カリウスもその姿に驚いたのか、俺に続いて急いで部屋に飛び込む。
「大丈夫か、エリィ!」
「エリィ!」
「う、うぅ……」
肩を抱いて体調を確認する。身体は熱く、息も荒い。
「無理しすぎてたんだよ、休まないと……」
「か、らだ……痛い……」
「風邪かな? とりあえずベッドに運ぼう」
熱があり、身体が痛いと。ならそれはもう風邪だろう。
カリウスが通路を確保し、俺がエリィを背負って隣の空き部屋に運ぶ。
「桶に井戸水をお願い。おでこに乗せる用の布もね」
「了解した、すぐ持ってくる」
ひとまず必要な物を揃えるため、カリウスに指示を飛ばす。
これで看病すれば大事にはならないはずだ。『トワイライト』に風邪薬があればいいんだけどな、今効果を期待できるのは『薬草』と……『グリーンクローバー』か。
「う、あぁぁ……! 頭が、あたま、いたい……」
「大丈夫だ、大丈夫だから。……ん?」
前々から言っていた頭痛が限界を迎えてしまったのか、と思いつつもあることに気が付く。
目の色が違う。それも見間違いなんかじゃない、今までアメジストのような紫色の瞳だったのに、今はトパーズのような金色の瞳になってしまっている。
エリィの体調に影響が出て色が変わっているのなら、これは風邪ではない。
「私が、私じゃなくなっちゃ……ぁ――――」
「!?」
エリィは涙を流しながら、突然意識を失った。
「ちょっと、エリィ! なんで急に……」
息はある、むしろ先程よりも苦しんでいないように見える。
すぅすぅと寝息を立てていて、今まで苦しんでいたのが嘘のようだ。
そして、エリィはゆっくりと眼を開いた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは?」
急に挨拶をしてきたので挨拶を返す。挨拶大事。でもなんで今?
「貴方は……レクトさん、ですよね」
「そ、そうだけど。どうしたのエリィ、怖いよ」
言葉遣いもエリィらしくない。いや領主に対しての反応としてはこれが正しいのだが。突然敬語を使われるとむず痒い。
「わたしはエリィさん本人ではありません」
「え、じゃあ誰なの?」
「とりあえず天使と、そう呼んでください」
「えぇ……」
天使ねぇ。でもなんだか様になっているというか、金色の目とぽわぽわした雰囲気からエリィとは別人に見える。
大掛かりなイタズラとは考えにくい。だとすると、この天使は本物なのだろうか。
「それで、その天使さんはどうしてエリィの身体を使ってるの?」
「それがどうにも覚えていなくて……天界から落ちて、気が付いたらこの身体の中に閉じ込められていたのです。どうにか出ようと足掻いて、今ようやく外に出てこれました」
「なるほど、分からん!」
天界から落ちた、それは分かるがエリィの身体の中にいる意味が分からない。
天使と言うのなら、天使の姿を見せてほしいものだ。
「というか、どうして俺のこと知ってるのさ」
「わたしはエリィさんの身体の中に居ましたから。視界をそのまま見ることもできました。おそらくエリィさんはこの視界を見ていますよ」
「え、ほんと? エリィ、見てる? イェーイ! ピースピース!」
どうせ手出ししてこないので、全力で遊んでみる。両手でダブルピースを作り、笑顔で煽り倒す。
すると、天使の目の色が紫色に変わった。
「ウザいわねやめなさいよ!」
「えっ!?」
え、今の天使が言ったの?
「んんんっ! すごいですねエリィさん。このわたしから身体を一瞬でも取り戻すとは」
「あ、今のエリィなんだ」
確かに一瞬だが目の色が紫色に変わっていた。変わっていたというか、戻っていたと言うべきか。
今の様子から、エリィが消えたわけではないと分かり安心する。
「んでさ、これからどうするつもり? 流石にこのままエリィの身体が戻ってこないのはこちらとしても困るんだけど」
「それについては安心してください。話が終わったらすぐに返しますので」
「ならいっか」
別に俺たちに害を及ぼそうとして来たわけではないのだ。敵ではないのなら、焦る必要もない。
「話をする前に、カリウスさん、ドレイクさん。お二人も来てください」
「なんで気付いたんじゃ!?」
「ははは、すごいな。物音を立てたつもりはないんだが」
カリウスとドレイクが扉を開けて部屋に入ってくる。なんだ、盗み聞きしていたのか。
入ってきた二人に状況を説明し、簡単に自己紹介をした。そしてついに、天使が口を開く。
「それでは、語らせていただきますね――――」