039 王子、決闘を申し込む
商人ギルドで用事を済ませた俺は、王様にポーションや作物の開発をしたと報告するために王城に来ていた。
エリィも作成した錬金術師として同行してもらっている。
慣れたように王座の間まで赴き、王様に報告する。なるべく簡単に、それでいて分かりやすくだ。
「――――ということです。今後錬金術師の育成に力を入れていけばシャムロット以上の錬金技術を期待できるかと」
「して、これはライトから受け取った道具なのか」
「はい。種は受け取りました。しかしそれ以外はこちらで栽培できるようにし、『グリーンポーション』を作成できるようにまでなったのです」
これは嘘ではない。確かに『グリーンポーション』の作り方は知っていたが、作成に成功したのはエリィの実力だ。もしもエリィに才能が無かったら作ることはできなかっただろう。
「なるほどのう。確かにこれだけのポーションを生産できるようになればロンテギアの地位もある程度回復しよう。礼を言うぞレクトよ。やはりトワ村の認識を改めねばならぬか」
「ありがとうございます」
俺が頭を下げると同時に、カリウスも頭を下げる。エリィもぎこちなくだがなんとか合わせて頭を下げてくれた。
「これだけの功績を残したのじゃ、王として褒美をやらねばなるまい。レクトよ、お前は何を望む」
来た! 俺はこの瞬間を待っていたんだ!
功績を残せば褒美がもらえる。そこで己の地位を高め、自由に動ける上級貴族になる。これが俺の目的だ。
「望み……そうですね、私に外交官として動く許可をください。開発したポーションを取り扱っているのは私です。なので他の者よりは優位に話を進められるでしょう」
確証はないけど。やれるだけのことはやるつもりだ。
まあ、そこに私情は入れまくるんだけどね。ロンテギアに不利益なことはしないから安心してほしい。
気付かないうちに邪悪な笑みを浮かべていたのか、エリィが俺の顔を見て顔を青くしていた。おおっと、顔に出てたか。
「うむ、いいじゃろう。なにせライトの弟子なのだからの。しかし外交官になるにはまだ時間と信頼が足りていない。すぐに外交官としての許可を出すわけにはいかぬ」
確かに、俺の名前はまだ知れ渡っていない。そんな奴が突然外交官となり各国に赴くとなれば、よく思わない貴族も多いだろう。
しかし『グリーンポーション』の話が広まれば俺の名前も知れ渡る。待てば解決するのだが、今すぐに外交官になれないのはなんだかもどかしい。
「そう、ですか……なら、それとは別にお願いを聞いてください」
だから、せめて俺がしたい何かを言うことにした。
「ほう、お願いとな?」
「はい。西郊外……ルディオ王子が領主ですよね。あの街の改善に手を回してほしいのです」
……まあ、ロンテギアの国宝は今じゃなくても触れるだろう。どうせそのうち触るのだ。急ぐ必要はない。
とにかく、あの西郊外の悲惨な現状は見過ごせない。あとルディオが個人的にムカつく。
「……分かっておる。分かっておるが、まだ様子を見ることはできぬだろうか」
親バカ、ここに極まれりって感じだ。
気持ちは分からなくもない。俺の両親も、息子の俺に甘々だった。
親としては優しいのだろうが、王としては失格だ。このことは口に出さずに心の中にとどめておく。
「もう遅いんですよ。住民は高い税に苦しみ、貧困層が増え、悪循環に陥っています。そんな中ルディオ王子は全く政策を行おうとしない。一度ルディオ王子から領地を取り上げ、別の領主を置いた方が良いかと」
ここに来る前にシウニンさんに聞いた。西郊外はどうなっているのかを。
結果は何も変わっていないどころか悪化していた。短期間で住民はどんどん貧しくなっていく。どうあがいても今の状況から抜け出せない。
「少し、ルディオと話をさせてくれぬか。まだ城にいるはずじゃ、すぐに呼び出そう。領地について聞き、ダメだと判断したらすぐに辞めさせる。これでどうじゃ」
「……なら、俺はここに残ります。残って話を聞きます。いいですよね」
「ああ、分かった」
「レクトが残るのなら私も残らせていただきます。騎士ですから」
カリウスの言葉に王様は頷く。
領主を守るために騎士が一緒に行動するのは普通なのだ。断る理由もない。
「エリィはどうする?」
「私はその……一応、隅の方に」
一人で待つのは心細いのか、それとも単純に怖いのか、エリィも残ることにした。
「ならば脇に寄って待っておれ。おい、ルディオをここに呼べ」
「ハッ!」
いつもの兵士がルディオを呼びに玉座の間から出ていく。
少し待てば、ルディオがやってくるだろう。今のうちに肩の力を抜いておいた方がいいかもしれない。
* * *
「っ! またお前か」
気だるそうにやってきたルディオは、まず俺の姿を見て驚く。
おひさっ! と軽いノリで挨拶してやろうと思ったがそんな気持ちも起きないほどルディオは俺に嫌悪感をむき出しにしていた。
「父上! なぜこいつがいる! どういうことだ!」
「落ち着け。今はレクトのことはいいであろう。それよりもお前だ、ルディオ」
「はん? 俺がなに?」
何も悪いことはしていません、とでも言いたそうな顔で頭を掻くルディオ。
「西郊外の政策はどうなっておる。ここ最近報告もないではないか」
「あーあれね。別に、何とかなってるだろ? 放っておけばいいんだよあんなの」
あ、キレそう。
「……本気で言ってる?」
「あ??? てめぇは黙ってろよ」
今もなお馬鹿にするような表情でこちらを見てくるルディオに怒りが湧いてくる。
何とかなっている? 放っておけばいい? その結果、どれだけの人々が苦しんだ。どれだけの人々が死にかけた。
お前のせいで、子供が貴族に泣きつくような街になっているのだ。それなのに。
「お前が知らないだけで、住民は死にかけてるんだよ! もしかしたら、何人も死んでいるかもしれない! それなのにお前は……!」
ルディオに殴りかかるほどの勢いで近づいていく。が、数歩歩いたところでカリウスに首根っこを掴まれてしまった。
ぐえっと声を漏らしながら途中で止めてきたカリウスを睨む。
「レクト、落ち着けよ。気持ちは分かるがお前が冷静でいられなくてどうする」
「っ……ごめん。王様、ご判断を」
平静を取り戻し、王様に向かってそう言う。もう、これを擁護できる人間はいない。
「……済まなかった。お前の言う通りじゃレクト。ルディオよ、貴様を西郊外の領主から除名する。一から領主について勉強しなおせ」
「は……? お、おい待てよ。領主から除名……? それに、レクトの言う通りって。ど、どういうことだよ! 父上!」
「レクトから街のことを聞いた。少し貴様を甘やかしすぎたようだの。これは私の責任じゃ、街の皆には本当に申し訳ないことをした」
もう王様の目にはルディオの姿は映っていない。
ただただ、息子への失望と、そうさせてしまった罪悪感に駆られているのだ。
父親が自分を見ていないことを、ルディオも理解したのだろう。歯を食いしばって俺を睨みつける。
あの時のような嘲笑交じりの睨みつけではない。本物の殺意を俺に向けている。
「……」
「ルディオ、まさか……やめよ!」
王様の制止を無視し、ルディオは白い手袋を外すと、俺の足元に投げてきた。
どういう意味だろうか、と思いつつカリウスの顔を見る。顔が青くなっている。
いや、カリウスだけではない。王様も、兵士も顔を真っ青にして震えていた。
「拾えよ臆病者。王族に口出しすることがどれだけ愚かなことか、思い知らさせてやる!」
状況と、過去の記憶からある一つの可能性が浮かび上がる。
いや、間違いない。白い手袋を相手の足元に投げる行為。これは……
決闘だ。