034 村娘、フラワーポーションの開発に成功する
『十二連錬金窯』を使ったポーション作りを始めてから十数日が経過した。
そんな朝、俺は畑の様子を見に行っていた。ちなみに台風ではないので心配しなくていい。
この日は、『グリーンクローバー』と『ピンクブロッサム』の成長具合を見る予定だ。
「こっちが『グリーンクローバー』」
『グリーンクローバー』は巨大な三つ葉だ。色が濃く、一度に収穫できる量も多い。
これを大量生産し、売ったりポーションに変えたりする予定だ。
「これが『ピンクブロッサム』」
『ピンクブロッサム』は鮮やかなピンク色が特徴的な芝桜だ。
こちらは一度に収穫できる数が少ないので高値で取引されるだろう。
そしてそのどちらも、収穫後はゲーム内のアイテムと見た目は変わらない。
元の種が優秀なのだろう。きちんと育て、種も確保できるようにすれば安定して生産することもできる。
だが、問題もある。成長スピードが分からないことだ。
何を言っているんだ、最初の栽培でだいたい把握できるじゃないか。と思うかもしれない。
しかしそれは間違いだった。
俺が見ている畑には育ち切った植物ではなく、今発芽したばかりの植物が植えられている。
一度育て切った後に手に入れた種を再び植えたものだ。
「成長スピードが遅くなっている……か」
そもそも元がおかしいのだ。一週間と少しで収穫? ふざけんな、そんなの本当に薬草の役目が消えるじゃないか、と思うほどなのだから。
村人には種を大量に作りながら、収穫した『グリーンクローバー』と『ピンクブロッサム』を乾燥させる作業をしてもらっている。
なのでシウニンさんにはいつでも売りつけることができるのだが、まだ完全に安定しているわけではないのでそれは控えたい。
考えられるのは、アイテムがこの世界のルールに従うようになったこと。
ゲーム内では三日だったが、環境が違うからか、最初は一週間での収穫だった。
しかし新しくできた種を植えた場合、一週間での発芽となった。この後も成長を観察するつもりだが、おそらく『グリーンクローバー』が一か月、『ピンクブロッサム』はそれ以上とのことだ。
薬草の上位互換である『グリーンクローバー』が一か月なのはいい。むしろ妥当どころかめっちゃ早いまである。
だが『ピンクブロッサム』が問題だ。こちらは元々綺麗さとポーションの効果で高級品にするつもりなのだ。それがいつ収穫できるのか把握できていないのは痛い。
こうなったら他の植物も大量に植えて、この世界の成長スピードを調べた方がいいのかもしれない。
まあとにかく、それほど計画に問題はない。
少しシウニンさんとの取引が伸びてしまったことが悔やまれるが、エリィのスキルレベリング期間が延びたと考えればいいことだろう。
* * *
発芽を確認してから一週間が経過した。
なんと、村人はこの世界のルールに従って成長する『グリーンクローバー』と『ピンクブロッサム』の成長期間を把握したと言い出したのだ。
もちろん今後変わってくる可能性はあるが、『グリーンクローバー』は変わらず一か月、『ピンクブロッサム』は三か月での収穫になるらしい。
その調査の間に乾燥させた『グリーンクローバー』の在庫は大量にできたので、後はフラワーポーションの開発に成功すれば準備は完了だ。
なのだが。
「はぁ……はぁ……」
その開発を行っているエリィは、額から脂汗を流しながら息を切らしていた。
「ねえ、今日はもう『ポーションL』だけ作って明日挑戦した方がいいんじゃ……」
「はぁ、はぁ……大丈夫よ、まだやれるわ」
「ほどほどにねー」
エリィはトワ村のために、毎日毎日倒れそうなほど体力を使ってポーションを作っている。
『ポーションL』の作成が可能になってからはそればかりをしているため、もうポーションマスターと呼んだ方がいいかもしれない。
流石『十二連錬金窯』とエリィの気合、経験値効率が段違いだぜ。
いくら錬金術スキルのレベルアップが早いとはいえ、体力や精神疲労が関わってくるこの世界では時間がかかる。他の錬金術師がレベルアップしないのも頷けるね。
「もう私は『グリーンポーション』を作れるだけのすきるれべる……? なのよね?」
「多分そうだね」
毎日ポーションを作り続けているのだ、しかも『ポーションL』の作成に成功してからしばらく経過している。ほぼ間違いなくフラワーポーションを作れるだけのスキルレベルはあるだろう。
「なら後は私の集中力の問題ね。次こそは成功させるわ!」
シャムロットで冒険者として戦っていた時は周りが強すぎたり初めてのことだらけだったためあまり出てこなかったが、元々エリィは負けず嫌いな性格でもある。
そのためこうなったら意地でも続ける。まあ、今日ポーションが完成するなら俺も嬉しいが、流石に身体が心配だ。
「よし、行くわよ」
「今日はこれで最後だからねー」
錬金窯に『グリーンクローバー』を五個入れ蓋をしたエリィにそう忠告する。
シウニンに売る予定の『グリーンクローバー』を大量に消費することになるのだ。開発も、何度も『ポーションL』を作ったりして確実性を増していった方がいい。
だから、今日の開発はこれでおしまいだ。また明日になったら何度かポーションを作った後に挑戦することになる。
ちなみにだが、フラワーポーションの作成には水入り瓶ではなく『ポーションM』を使用する。これを知らない錬金術師は延々失敗を繰り返すこととなる。ざまあみやがれ。
これを思い出してからはにやけが止まらなかった。なにせ黙っておけば誰かが気づくまで独占できるのだから。
作成方法はいつか分かるとしてもそれまで稼げるのは大きい。それを取引材料として売りつけることだってできるのだ。トワ村の未来は明るい。
「ううううう!」
エリィは歯を食いしばりながら唸る。流石にそのうーうー言うのをやめなさいとは言えない。
極限まで高まった集中が伝わってくる。ポーションを作っていない俺まで集中してしまい、エリィの小さな唸りと錬金窯の中で錬金水が混ざる音だけが聞こえる。
やがて水入り瓶がうっすらと緑色に変わっていく。初めての変化に希望を見出した。
「うううううりゃあああああああああ!!!!」
エリィは最後の最後に気合を入れて魔力を注入した。
ポーションの色が深い緑色になる。青汁のような見た目だ。
ストレージから『グリーンポーション』を取り出し比較する。ゲーム内の『グリーンポーション』は一切ムラの無い完璧なポーションだ。
一方エリィの作ったポーションは……色に多少ムラがあるものの、しっかりとした『グリーンポーション』だ。
「完成だ! すごいよエリィ!」
「でき、た……?」
「エリィ!?」
完成の確認をしたその時、エリィは安心してしまったのか身体の力が抜けたように倒れる。
隣に立っていた俺は咄嗟にエリィを抱きかかえる。なんだか今にも死にそうな勢いだが、ただの疲労と魔力不足だ。
「私、頑張ったわ……」
「うん、エリィは頑張ったよ。えらいよ」
「ふ、ふふふっ……えらいんだ。私えらいんだぁ……」
流石に気合があっても、毎日毎日体力を限界まで使ってポーション作りをしている日々は大変だっただろう。
もうしばらくは休んでいたい。そう思ってしまっても仕方ないほどにエリィは頑張った。
しかし、こうやってしおらしく大人しいエリィは美少女なんだよね。
正体がバレた時はギスギスな雰囲気にもなったが、今では普通に友達のような感覚で話すことが多い。そのため、意識してしまうのはとても恥ずかしい。
俺は恥ずかしさを誤魔化すためにこう言った。
「明日はこれを安定して作れるように特訓しようね」
「ひぅ……」
そんな消え入りそうなうめき声と共に、エリィは眠りについた。