032 コレクター、母子を助ける
王様との話し合いが終わった俺は、王城での用事が終わりトワ村に帰ることになった。
のだが、今から帰ると遅くなるので商人への近況報告などの王都でしかできない用事を済ませることにした。
商人ギルドに向かい例の商人を探すが、今は街に出ていていないらしい。
居場所を聞くと、王都の西郊外にいるとのこと。
俺は王都の街並みを真面目に見たことがないことに気が付いたので、商人を探すついでに街を見て回ることにした。
西郊外、郊外と言われているがそれでも人が多い。
「にぎやかだね」
「人間のほとんどがこの街に住んでるからな。昔、シャムロットに土地を奪われてから人が流れ込んできたんだよ。食糧問題が大変だから王都もなかなか広げられないし」
土地を奪われて、ね。
きっとその時代は日本の戦国時代みたいな感じだったのだろう。むしろ人間の国が滅ぼされていないのが不思議なくらいだ。
本を読んだ限り、どう考えても他種族は人間の上位互換だ。なぜ人間は今の地位を獲得できたのだろうか。
「ふぅ……やはりこの区域の商談は疲れますね……」
「あ、いた」
「案外簡単に見つかるもんだな」
西郊外をしばらく歩いた先で、建物から出てくる商人さんを発見した。
名前は確か……シウニンさんだ。
「シウニンさん、こんにちは」
俺が声を掛けると、シウニンさんは顔を明るくしながら近づいてきた。
そんなに嬉しいか、俺の報告が嬉しいのか、それとも今やってる仕事が辛すぎたのか。
多分後者だ。
「トワ村の領主様と騎士殿ではないですか! 何故ここへ?」
「レクトでいいですよ。せっかく王都に来たのでシウニンさんに近況報告でもと思いましてね。これから予定は?」
「ありますがまだまだ先ですよ。話すのならギルドまで戻りましょうか」
「いや、それほど時間は掛からないので歩きながら話しましょう」
「分かりました」
ギルドに戻るか聞かれるが、まだ街を見て回りたいので歩きながら話すことにした。
しかしシウニンさん、疲れた顔をしている。昔、残業から帰ってきた父親がこんな顔をしていた気がする。
まだ若いのに頑張ってるな。商人ギルドってブラックだったのか。
「お疲れのようですが、何かありました?」
「少し。この区域は税金が高く人口も多いためあまり治安が良くなくてですね、できるだけ安く仕入れようとするのです。それも怖い顔をめいいっぱい近づけて凄んでくるんですよ? 心を休める暇もありません」
どうやら商人ギルドが原因というわけではないらしい。
相手が悪かったのだ。俺も怖い人と話をする時はとんでもなく気を使って疲れちゃうからね。気持ちは分かる。
「確か、ここの領主はルディオ王子が担当していたか。道理で手が回っていないわけだ」
「あいつそんなにひどいの?」
「ああ酷いさ。改善策は全部領民に任せるくせに、税金だけは馬鹿みたいに搾取しやがる。相手が相手だから誰も言い返せねぇし、そのうち暴動でも起こるんじゃねぇかな」
確かに言われてみれば人は多いのに金を持っていそうな人間は少ない。
今もボロボロの服を着ている人がほとんどだ。どうしてこうなるまで放っておいたのか。
「その前に王様が手を回してくれることを祈るばかりですね」
「むしろなんで王様は何もしてないんですか?」
「息子には甘いんですよ。アドバイスはして、直接手は出さない。そうやって成長させようとしているんでしょうが、王子はもう子供じゃないんです。ここまで来たら領地を取り上げて一から勉強させるべきなんでしょうが、その判断はいつ下るのやら……」
なんとなく理解できた。確かに子供の成長は望みたいと思うだろう。
しかしルディオもいい大人だ、もうそう簡単に成長はしない。
王族という立場に胡坐をかいているうちは成長なんかできない。
「ああそうだ。近況報告についてなんですけど――――」
思い出したように、俺はシウニンさんにもうすぐ『グリーンクローバー』と『ピンクブロッサム』が完成することを話した。
そして、同時にポーション開発を行っていること。ポーションの権利などについても話した。
権利に関しては、そのポーションを取り扱う場合は許可や使用料が必要というものだ。あくまで開発元はこちらだと主張しなくてはならない。
「はい、もし本当にそのような効果があるならこの条件で進めていきましょう。今後ともよろしくお願いしますね」
「こちらこそ。ぜひよろしくお願いします」
そう言いながら手を握る。こんな道端でする話ではない。
当初は権利の話まではするつもりはなかったのだが、どうせなのでと話を出してみた結果話が広がってしまった。
これなら、どこか適当な店にでも入って話し合った方がよかったかもしれない。
そんなことを思っていたら、突然足元にドンッと衝撃を受ける。
何事かと足元を見ると、ローブを力強く掴む少女がいた。薄汚れた服装だ。
「た、助けて! 助けてよぉ!」
少女は必死に、涙を流しながら懇願していた。
何をどうすればいいのかは分からない。でも、これだけお願いされたら話くらいは聞かなくちゃ気が済まない。
「なっ! 君、貴族に向かってそんな言い方は……」
「シウニン、気にしてないから。少し静かにして」
「っ、す、すみません」
少しイラっとしてしまったがシウニンは悪くない。この世界では普通なのだ。
むしろ、シウニンは少女の身を案じたまである。貴族である俺が怒ってしまうかもと思いこのような行動に出たのだ。
膝立ちをし、少女に目線を合わせる。
「何があったの?」
「うっ……ぐすっ……おっ、お母さん、がぁ……」
「お母さんはどこ?」
「あ、あそこ……」
少女は声を震えさせながらも路地を指さした。路地……?
言葉からして、あの路地に少女の母親がいるのだろう。
恐る恐る入ると、路地の奥に扉があった。少女に案内され入ると、女性が藁のベッドで横になっていた。おそらく少女の母親だ。
「き、貴族、様……?」
母親は弱々しく呟く。随分と衰弱しているようだが……
母親の足首を見ると、怪我をしていた。かなりの重傷だ。痛々しい。さらに頬がこけていて、唇があれている。栄養不足と飢餓か。衰弱の原因はこれだろう。
「こりゃひでぇな……」
「お母さん、怪我してて、それでっ……」
母親が怪我をしていて、しかも弱っているのを見て助けを求めていたのだろう。
そこにたまたま俺が通りかかったと。
「切り傷ですね。随分と放置されているようですが、何故治療しなかったのですか」
「そんなお金ないもん!」
「そ、そうでしたね。しかしこのままじゃあ死んでしまいますよ」
その言葉を聞いてカリウスが俺を見てくる。
……まあ、そうなるよね。
俺は母親の足首の前に座り込む。
「少し痛いけど我慢してね」
「は、はあ……」
「〈中回復〉」
〈中回復〉を唱えると、母親の怪我が少しずつ治っていく。
エリィを回復した時には怪我が隠れていたので分からなかったが、この世界での怪我はゲームのようにパッと治るわけではない。
傷が塞がっていくので、激痛が走るのだ。母親は声を我慢しながら顔を歪ませた。
「第二回復魔法……!? レクトさん、貴方は……」
「んで、これがうちの村のパンね」
俺はストレージから村で焼いたパンを二つ取り出し、母親と少女に渡す。
このパンは領主になってから何度も食べたが、石かな? みたいなパンじゃなくて本当に良かった。これと野菜のスープを食ってりゃ何とかなる。
流石に野菜スープまでは用意できない。申し訳ない。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
「あ、ありがとうございます……なんとお礼を言ったらよいのやら……」
「気にしないで。とりあえず俺が手を出せるのはここまでだから、この先は頑張ってね。いつかあの王子はここの領主辞めさせられるだろうし」
その後、俺たちはお礼を言われながら小さな部屋を後にした。
ルディオが領主を辞めるのはいつになるだろうか。そう遠くないうちに、王様が何とかしてくれるだろうか。
いや、それはいつになるか分からない。
……権力を手に入れたら、こういうところに少しくらい手を貸してもいいのかもしれない。




