129 決戦リスティナ
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高さこそないが、急な斜面が特徴的な岩山。
そこに飛んでくる二人の女悪魔。一人は桃色の髪、もう一人は漆黒の髪をしている。
桃色の髪をした悪魔……リスティナは、霧で見えなくなったミカゲやレクトのいる方向を寂しそうな目で見つめた。
「まるであたしは眼中にない感じだね」
「そういうわけじゃないよ~? 魔王様」
漆黒の髪をした悪魔……ルインは、リスティナの放った呼び方にピクリと反応する。
ルインは悪魔の国オルタガの王、魔王と呼ばれる存在だ。
「そう、あたしは魔王だから悪いことをする悪魔は許せないんだよねー。それも世界の破壊に加担とか、ちょっと見過ごせないかな」
「え~? 碌に国民の前に出なかったくせに、今更になって魔王面するんだ~?」
棘のある言葉をルインに投げかけるリスティナ。
リスティナにとって、魔王ルインは顔も碌に見たことのない王。自分を助けてくれなかった国をまとめていた代表。
何度も恨み、怒りをぶつけてきた相手だった。
「ふふっ、最後くらいは魔王っぽいことさせてほしいな?」
しかし、ルインは気にする様子もなく涼しい顔でほほ笑んだ。
ルイン自身は魔王としての仕事はほとんど任せていたため、自分には関係ないと思っている。
確かに、国民に格差があることは知っていた。だがそれは普通なのだ。常に平等な世界、そんな国は存在しない。
そう判断したルインは、そのままでもいいと考え、気にしなかった。
もちろん、多少の改善案は考えはしたのだが。
「最後って、諦めてるじゃないですかぁ~?」
「……正直、世界の破壊とか〔未来視〕で視ちゃったから諦めてるんだー。ここで戦うのも、レクトくんのためにやってるだけだし」
「ならぁ……」
「でも、個人的に気に入らないから……殺すことにするね」
その瞬間、ルインの放つ魔力が大きく変化した。
殺意と呼ぶべきだろうか。その圧に気圧されそうになる。
だてに魔王を継承していない。リスティナは魔王の全力の実力を知らないため警戒していたが、どこかで油断していたところもあった。
最初から全力で戦わなければ一瞬でやられる。そう予感したリスティナは様子見をすることなく突撃した。
「やああああああああ!!!」
薄紫色の魔力弾を飛ばしながら、同じく薄紫色に光る拳をルインに向かって突き出す。
それに対し、文字通り視えているルインは軽々避けた。
「やるねぇ。あたしが見てきた中では一番強い悪魔なんじゃないかな?」
「光栄ですよ、魔王様ぁ!!!」
リスティナの実力は、悪魔の中でも最上位のものだ。
ミカゲに鍛えられたリスティナとジャスターは、この世界の基準で考えると頭一つどころではないほど飛び抜けた実力になっている。
「〔イビルハンド〕」
再び突撃してくるリスティナを、〔イビルハンド〕で受け止める。
腕を掴まれたリスティナは、翼に魔力を集め回転しながら〔イビルハンド〕を振りほどいた。
「ほー、まさかそんな技があるなんて。ぜひあたしにも教えてほしいな」
「これは技じゃなくてぇ、魔力を使った技術だよ~?」
リスティナはルインの言葉に応え、先ほど〔イビルハンド〕を振りほどいた技術を説明し始める。
それと同時に、ルインの〔イビルハンド〕をどう打開するかも思考する。
〔イビルハンド〕は紫色の手を出し、まるで自らの手のように扱って攻撃する技だ。細かい動きもできるため、攻撃から束縛まで担当することができる。
弱点があるとすれば、強度がないことだ。リスティナはイチかバチかで翼を硬化させ腕の部分を引き裂きながら回転したが、想像していた以上にその腕は簡単に切れた。
ならばそこまでの脅威ではない。気を付けるか、攻撃を加えれば対処が可能になる。
「技術……翼に魔力を集めて、強度や飛翔の勢いを増して抜け出した……ってところ?」
「そ。技に特化しすぎて凝り固まった魔力じゃ簡単にはいかないんだよ?」
ミカゲに鍛えられたリスティナとジャスターは、魔力操作を主に教わっていた。
この世界の住人は、戦闘に技を使う。特定の技、動きに対して魔力を使い戦うのだ。
魔力操作さえ学べば、技を中心に戦う必要がなくなる。魔力の消費量さえ増えるものの、自由な魔力運用を行うことができるのだ。
「向こうの世界の常識ってことね。いいことを聞けたから、早く楽にしてあげる」
「そう言っていられるのも今のうちだよ~?」
リスティナは焦っているように見えるが、勝ち筋が見えているように感じる。
ルインは警戒を弱めないまま、様子を伺った。
何度か予知しながら〔イビルレーザー〕や〔イビルウィング〕で攻撃をすると、直撃はしないもののダメージを与えることに成功する。
これで何故勝てると思っているのか、実力の差は確実なのに。
そう思ったルインは、一気に決着をつけるため〔イビルフレイム〕も加えた攻撃を開始する。
本気で終わらせようとしていると察知したリスティナは、ニヤリと口元を歪ませた。
「は~い、発動~!」
間の抜けた声色で、放たれた一言。
同時に、地面に、空中に、ルインとリスティナを大きく加工用に無数の巨大な魔方陣が現れる。
〔未来視〕でそれを予知したルインは真っ先に逃げようとするが、範囲が広かったため魔方陣がある場所から抜け出すことができなかった。
「ミカゲ様との合作だよ~、卑怯だとは思わないでね~? 先に魔方陣を設置してはいけないなんてルール、決めてなかったんだからさ~」
リスティナの言う通り、先に島に何かしらの罠などを設置してはいけない、というルールは決めていない。
ミカゲとの合作、ということはレクトに迫るほどの大魔法なのではないか。
そう考えたルインは、狙いをリスティナではなく魔方陣の破壊に変更する。
魔方陣が淡い紫色に光り、光の粒子から物体が構成されていく。
ルインにとって、見たこともない悪魔系モンスターだ。
その正体は、『トワイライト』に出現する悪魔系モンスター魔王の影。この世界に存在するはずがないモンスターである。
それに加え下級の悪魔系モンスターも召喚されるが、それはこの世界に存在するモンスターだ。
本来ゲーム内ならば魔王の影の取り巻きとして登場するモンスターである。
「しかも四体……普通の悪魔は継続して召喚される。随分と魔力があるんだね」
「あははっ、流石にこの数の悪魔を召喚する魔力はないよ~」
リスティナの言葉に、ルインはミカゲが魔力を出しているのだと考えた。
実力の知れないあの男ならば、確かにこれだけの魔力を扱うことができるかもしれない。
「この悪魔を召喚するリソースはね……この世界の魔力だよ~?」
「どういうこと?」
ルインが理解できていないのを見て、リスティナはこれ以上の手の内を話さないよう口を閉ざした。
それだけ、重要な情報なのだ。この魔方陣のカラクリは。
「やっぱり知らないんだ。なら、レクト様は勝てないかも。残念」
「教えては……くれないよね。じゃ、終わらせるよ」
「出来るものなら!」
余裕ぶったリスティナを前に、ルインはため息をつく。
確かに魔王の影は強い。だが、相手は“魔王”本人である。
同時に相手をすると、簡単に攻撃が当たっていく。
一体、また一体と倒されていく魔王の影を見て、リスティナはどんどん顔を青くさせていく。
「〔ブラックホール〕」
全ての魔方陣が破壊され、最後の一体を〔ブラックホール〕で消滅させたルイン。
残されたのは、ただの岩肌だけになった渓谷。
静寂を感じるのとほぼ同時に、リスティナの目の前にルインが現れる。
「ど、どうして……未知と戦うのに、どうしてそこまで余裕を出せるの!?」
「だって……」
リスティナの叫びに対し、ルインは数秒溜めた後、一言。
「ここであたしが死ぬのなら、すでにその未来が視えていたはずだもの」
圧倒的強者を前に、リスティナは理解する。
ミカゲは最初から、自分を信じてはいなかったのだと。




