012 コレクター、村娘にバレる
王都に一泊し、トワ村に帰ってきた俺は屋敷でダラダラとアイテムを確認していた。
アイテムは無数にあるため確認しても無くなっている物には気づけない。が、とにかく眺めるのがいいのだ。
持っているだけで安心するというか、使い道があろうとなかろうとアイテムを捨てる気にはなれない。全部大切なのだ。
その結果家の中がごみ屋敷にな……げふんげふん。アミューズメントパークになっているけれど。
現実に戻ってもストレージ機能そのままにならないかな。
などと宣っていると、コンコンコンと屋敷の扉がノックされた。
「ねえ。大事な話があるんだけど、いい?」
声の主は、エリィだった。
ただの村娘。農家の娘で、俺が転生してきたときに助けた程度の関りがある。
正直、肩入れをするほど関わりがあるわけではない。他の村人よりも少し話すくらいだ。
なので扱いも他の村人とほとんど変わらない。何かに利用できる、と言うわけでもないのだ。一般人なのだから。
「どうしたのこんな夜遅くに」
そう言いながら扉を開ける。
金髪で、左右に跳ねた髪型。綺麗な目。
この世界の人間はみんな顔面偏差値が高いのかと思ってしまうくらいには、エリィの顔は整っていた。
ま、あのルディオ? ってやつのおかげで美男美女だらけではないことは理解したんだけどね。
「ついてきて」
「ちょ、ちょっと。何のつもり?」
エリィは俺の手を引くと、すたすたと歩き始める。
いったいなんだというのか、日は既に落ち周囲は暗闇に包まれている。
周りに村人もいないこの状況。そして向かっているのはさらに暗い森の近く。
まさか、まさか……
……告白か!?
「いやぁ、気持ちは嬉しいんだけど今は誰とも付き合うつもりなくてぇ」
「え? 何言ってるの?」
「あ、違うのね。忘れて」
うん、分かってたよ。告白の雰囲気とは違うことくらい。
ちょっと言ってみたかったんだ。ほらよくあるでしょ? 気持ちは嬉しいんだけど……って断り方。一回経験しておきたかったんだ。
「それで、話って?」
告白以外で大事な話となると、今後のトワ村について、だろうか。
しかしそれなら他の村人と一緒に話せばいいし、二人で全てを決めるわけにもいかない。
「……魔法、使えるんだよね」
あ、分かっちゃった。これ、誰か大事な人が病気になっちゃって、それを俺に治してほしいってことでしょ。
俺は自分が魔法をどれくらい使えるのかは誰にも話していない。エリィは、俺が回復魔法を使えるかどうかを聞き出そうとしているのだ。
「それなりにね」
「第何魔法まで?」
「……第二魔法」
一応、第二魔法と言っておいた。
レベル2の回復魔法は〈中回復〉だ。この世界での回復量は分からないが、〈中回復〉くらいあればある程度の怪我は治せるだろう。なにせレベル3の魔法が人間の最高魔法なんだから。
「……嘘。第二魔法を使える人間が、落ちこぼれなわけないじゃない」
「それは……」
……何も言い返せなかった。
第二魔法、よくよく考えてみれば第三魔法の一つ下の魔法なのだ。それを使えるのなら、落ちこぼれになどなるはずがない。
大方カリウスから聞いたのだろう。そういえば、帰ってきたときにカリウスが村人たちに俺の話をしていたような気がする。
「私ね、あの時……ワイバーンに吹き飛ばされた時、意識失ってなかったんだ」
「……!」
そんな。そんば馬鹿なことがあるか。
だって、確かにあの時エリィは気を失っていた。身体はだらんと動かなくなり、俺の声に反応もしなかった。
なのに、なんで。
「身体は動いてくれなかったけど、意識は残ってた。誰かが聞いたこともない回復魔法を使ってくれたの」
そう、だったんだ。
上手く隠していたつもりだったんだけどな。
あの時〈認識阻害〉でも使っておけば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
「その後は安心して意識も飛んじゃった。ねえ、ワイバーンを倒した魔術師は貴方なんでしょ?」
「……だったら?」
肯定と同義な言葉を放つと、エリィの身体がビクッと跳ねた。
確信していたとしても、相手がワイバーンを倒すほどの得体のしれない魔術師と認めたことによって改めて恐怖を感じたのだ。
「本当のことを話してほしいの。貴方は何者なのか、何故実力を隠して領主をしているのか」
「そんなの、素直に答えると思うか?」
さて、どうするか。
エリィにとって、俺は人外の化け物。人間ですらないと思われているかもしれない。
今ここで目的を素直に言ってもいいが、それで納得するとは思えない。何か隠している、そう疑われてしまうだろう。
俺は剣を〈瞬間倉庫〉から瞬時に取り出す。
普通にストレージから取り出すよりも早く出すことができ、アクションをしながらでも一瞬で装備を変えたり道具を取り出すことができる便利な魔法だ。
そもそもストレージすらないこの世界で、何もない空間から物を取り出す時点で異常なのだ。エリィは当然反応できない。
背後にあった木に追い込む。エリィに逃げ場はない。
「っ!」
「例えば……そう、例えばだ。俺がこの村を悪事に利用しているとしたら?」
あくまで、例えばだ。俺はこの村を危険にさらすつもりはないし、村のマイナスになるようなことをする予定はない。
しかしエリィはそれを知らない。今の言葉で、俺が何か悪いことをしていると想像したはずだ。
「そんなの、絶対許さない……!」
エリィは俺を鋭く睨みつけながらそう言った。
恐怖を感じているのに、ここまで言えるとは。勇気があるな。
「なら、俺の手下になれ。そうすれば村には手を出さない」
「ほ、本当に……? わ、分かったわ。約束よ。絶対に村の皆には手を出さないで」
……思ったよりも早いな。そんなに村が大切なのか。
さ、ちょっとした芝居もこれで最後だ。ほぼ合格だが、一応口だけの可能性もある。
俺は空いている手に、ストレージからとある指輪を取り出す。
「じゃあ、これを付けろ」
「こ、これは……?」
「主従の指輪だ。これを付けたら、お前は俺に逆らえなくなる」
「そんな……」
「どうした。村がどうなってもいいのか?」
「……! つ、付けるわよ!」
エリィは覚悟を決めたようで、俺から指輪を奪うとすぐさま指にはめた。
それでも怖かったようで、付ける時は目を瞑っていた。その身体は震えている。
俺は剣をストレージに戻し、エリィから離れる。そして、自分が被っていたキャスケットをエリィに被せる。
「はい、合格」
「?」
俺の言った言葉の意味が理解できないようで、エリィは目を白黒させながら口をパクパクさせている。
なんか、エサを欲しがってる魚みたいだな。なんて驚くほど状況に合っていないことを考えてしまった。
「とりあえず詳しい話は屋敷でしようか。ああ、さっきの村に手を出す云々の話、全部嘘だから安心して」
「えっ? え……???」
エリィにあんなことを言ったのは、エリィの覚悟を知るためだ。
実力を知られてしまったのなら、味方に迎え入れるしかない。
もちろん酷いことをするつもりはないが、俺の事情に巻き込んでしまうかもしれないので巻き込んでも大丈夫そうかの確認をしておきたかったのだ。
その結果、エリィは見事合格。もしかしたら、今後様々なことに利用させてもらうかもしれない。
「じゃ、早速屋敷に戻ろう! しゅっぱーつ!」
「は……はあああああああああああああ!?!?」
少女の叫び声が漆黒の夜空に響いた。