100 コレクター、目覚める
* * *
「ん……むにゃ……あれ?」
目が覚めると、目の前は暗闇だった。
寝落ちしたっけ? いや、それよりももっと衝撃的なことがあったはずだ。
少しずつ思い出してきた。確か、プツンと音が消え、通信が遮断された記憶がある。いきなりログアウトしてしまう不具合なんて聞いたことがない。フルダイブゲームの安全性はどこに行ったのか。
数秒固まってしまったが、落ち着いてフルダイブゴーグルを外した。
「はぁ……なんなのさ」
クリスマスイブに一人寂しく、否、楽しくソロでボスを倒していたのに萎えてしまった。
アイテムをコンプした喜びも味わえない。スマホを取り出し時間を確認する。
『2025/12/25 1:03』
え、深夜一時!? 確か、ゲームをプレイしていたのは十八時前だったはず。どんだけ寝てたのさ。
「もう一回ダイブ……はなんか怖いなぁ。一応問い合わせメールだけでもしておこうかな」
今が深夜とか知らない。不具合か故障かは分からないが俺は悪くない。運営が悪い。
例え故障だとしても俺が壊したわけではない。俺は物を大切にする主義なんだ。コレクターだしね。
というかメーカー保証もまだあるし普通に向こうがどうにかしてくれるだろう。
あー、ゲームできないのかぁ。何すればいいんだよ。やることないよ。
問い合わせメールを爆速タイピングで入力した俺は、運営に送信した。これでしばらくすれば返事が返ってくるはずだ。
フルダイブや健康には問題ないのでご安心ください。とか返ってきたら最高なんだけどね。
ぼーっとしながらスマホを触っていると、二十五日の文字が見える。
「クリスマスかぁ」
寝ている間に二十四時を過ぎ、クリスマスイブからクリスマスになっていた。
イベントにも参加できないなぁ。明日フルダイブゴーグルが直ればギリギリ間に合いそうだけど、無理だろうなぁ。
ってか、腹減った。まだ夕飯を食べていないのだ。夜食にしましょうそうしましょう。
「何もないじゃんこの家」
冷蔵庫を開けると飲み物があるだけで食べ物はほとんどなかった。
あ、きゅうり入ってるじゃん。夜食きゅうりとか終わってるな。流石にそれは嫌だ。
仕方ない、コンビニにでも行きますか。
「うう、さぶっ」
黒いキャスケットとダウンジャケットなどの防寒具を身に着け外に出ると、乾いた風が顔を冷やした。
くそ、『トワイライト』なら寒さダメージを無効化する装飾品を身に着けるのに。
しばらく歩いてコンビニに向かう。はー暖かい。店員さんクリスマスの夜勤お疲れ様です。
「カップ麺でいいかな」
カップ麺に手を伸ばしたその時、あの人に言われた言葉を思い出した。
『ちゃんと健康に気を使わないとダメだよ?』
何気ない一言だったが、生活能力が終わっている俺にはかなり響いたっけ。
「……やっぱりクリスマスくらいご飯食べようか。サラダも、うん。一応買おう」
カップ麺から手を離しコンビニ弁当のコーナーに向かう。
コンビニ弁当も別に健康にいいわけじゃないよね……でもサラダも買ったし、これでトントンということで。
ついでにお菓子と飲み物も買い物かごに入れた俺は、レジに持っていく。
クリスマスを意識して緑と赤の装飾が施されたホットスナックのコーナーが目に入った。
「すみません、チキンもください」
やっぱりクリスマスと言えばチキンだよね。
コンビニチキンだけど、チキンには違いない。
高いチキンもいいけど、コンビニチキンもいいよね。
「アリアトーザシター」
「はぁ~……」
首筋に冷たい空気が流れ込んできた。吐く息は白く、コンビニの明かりに照らされてやけにはっきりと見える。
こんなに寒いと雪でも降るのではないかと考えてしまう。
ホワイトクリスマスとかやめてほしい。
「ねえねえ、俺たちと遊ばない? せっかくのクリスマスだしさぁ」
家まで歩いている途中でナンパされた。嘘でしょ。
「あ、俺男なんで」
「は? マジで……?」
おい、なんでゲーム内と同じようなセリフを現実で言わないといけないんだ。
そんなに女っぽく見えるだろうか。ゲーム内は可愛く作ったからまあまだ分かるんだけど、現実はそうでもないでしょ。
あの人にも可愛いとか言われたけど、それはあの人の趣味がおかしいだけって信じてたのに。まさかナンパされるなんて。
防寒具で装備を固めているから顔がよく見えなかったのかもしれない。そうに違いない。
……髪切ろうかな。
「お、カップルだ……」
手を繋いで道を歩くカップルが通り過ぎていく。
クリスマスだからか、街にはカップルが多い。リアルよりもゲーム内で遊んだ方が楽しいよ、全人類ネトゲやろうぜ?
あの人も戻ってきてくれないかなぁ。仕事が忙しいって話だけど、クリスマスも仕事なのだろうか。
久しぶりに連絡とか、してみようかな。
信号待ちになり、スマホを取り出す。そして、文字を入力していく。ああ、手が震える。寒い。
【久しぶり。元気してる?】
元カノみたいなメール送っちゃった。
とりあえず長々メールを打つのはやめだ。必死みたいになっちゃう。必死だけども。
あくまで友達として、ゲーム内で結婚していた関係としてメールを送っているのだ。
信号が青に変わりスマホをポケットにしまった。すると、ポケットの中でスマホがブブブっと震えた。
早いな、案外暇なのかもしれない。
えーっと、近くに公園があったはず。少し座っていこうか。歩きスマホダメ絶対。
公園のベンチに座りスマホの通知を見る。返信をしてきたのはあの人……ではなく『トワイライト』の運営だった。
「って、運営かよ……えーっと?」
一通り目を通す。難しい言い回しをしているが、要約すると私たちも知らない不具合、故障かもしれないので会社に直接来て話を聞かせてください。とのことだ。
めんどくさい。確かにフルダイブの安全性が無くなったら大変なことになるが必死すぎやしないだろうか。
まあ、交通費出してくれるらしいし、暇だし行ってみるか。もしかしたら新品のフルダイブゴーグルをくれるかもしれないしね。
ああ、寒い寒い。今は早く家に帰って暖かい飯を食べよう。
第二章、完。
次章、2.5章『魔王懐柔編』お楽しみに。
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