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幼馴染のこと

ややシリアスめ。


「おっはよーきーち」

「はよ、開斗かいと。昨日はほんと助かった。」


羽水うすいが声をかけると、希一きいちは少し疲れた顔を上げる。

未遂に終わったとはいえ、幼馴染がいきなり大暴れするところだったとなればまあ、そうなるだろうと、やや他人事に思う羽水。


「いや、材料費払ってくれんなら作るの趣味だし構わないんだけど、まさかあんなに唐揚げを揚げることになるとは思わなかったわ…」

「すまん、あいつ唐揚げが好きなもののトップ3に入るから、完全に別腹なんだわ…」

「あんだけ喜んで食べてくれるなら、こっちもテンション上がるしいいんだけどね」


冬慈とうじの食べっぷりに見ているだけで胃もたれした希一と違い、自分の作ったものを幸せそうに頬張る姿は、作り手冥利に尽きた。まあそれでも唐揚げ2㎏をほぼひとりで食べきるとは思わなかったが。

食べている時だけはハムスターがヒマワリの種を頬張っているような微笑ましさがあり、ついつい色んな味付けの唐揚げを提供してしまった羽水の自業自得でもあった。


唐揚げの効果か、最終的にとても羽水に懐いたようで、「これからスイカ先輩って呼ぶね」と言われたが、なんとなく警戒心の強い野良猫を手なずけたような達成感もあった。

しかし希一のあだ名が「イチゴ」で、己のあだ名が「スイカ」なあたりに、なんとなく冬慈の食い意地というか、食べ物に対する執着を感じる羽水である。


「にしてもさあ、思ったより普通じゃん弟くん。お前の話だと、誰彼構わずぶん殴って回るやばい奴想像してたけど」

食べ物に対する執着はかなり感じたが、喋ることも最低限の、とてもおとなしい奴だった。

若干暴れそうな気配は見せたが、実際は暴れることもなく、ただただ唐揚げを貪った姿しか記憶にない。

というと、希一の眉間にしわが寄る。

「…あれは、“そういう”風に見せんのが得意なんだよ。誰にどう取り入れば得かってのをよくわかってんの。」

曰く、兄である夏市なついちの教えだそうだ。

「“いろいろ味方を作っておいた方が、いざというとき役に立つ”ってよ。」

「…真っ当な教えに聞こえるけど」

「…教える方もあれだし、実践してる方もあれなんだよ…。だから地元を追い出されるほどの大規模抗争が勃発するわけで。」

「…そういやそうだったな」

そういえばあの弟くんは、兄と大規模な兄弟喧嘩をかまして、この学校に編入させられているのだった。


希一より小柄だし、細いし、おとなしい彼。

垣間見た視線こそ鋭かったが、けれど“悪魔”とまで呼ばれる所以がまだ羽水にはピンとこない。


「開斗、お前一応冬慈が仲間認定してるから大丈夫だと思うけど、あいつマジでやばい奴だから、そこ忘れんなよ?」

「…え」

ふと、真顔に戻った希一に念を押され、羽水は面食らう。


「あいつの兄もそうだけど、気に入らなければ心折れるまでぶん殴るし、気に入らない奴嵌めることにためらいないし、隠ぺい工作もためらいなくやるからな?」

聞けば聞くほどやばさしか感じない。しかし羽水の中では、昨日であった友人の幼馴染とやはりうまく結びつかない。

だがそれが意図的であるならば、なるほどやばい。


「ま、冬慈の方は、基本的に食べ物絡まなきゃ大体おとなしいし、あいつの周りはあいつを餌付けしたいって奴ばっかだからまあ、マシではあるが」

「…え、兄の方は一体…」

「ほぼ宗教。」

希一は真顔で言い切る。

「は」

「夏市くんの強さとか、カリスマ性とか。そういったのに魅かれて集まってくるんだ。」

そんでさ、と希一。

「圧倒的な暴力と、圧倒的な包容力。そのふたつに落ちて、いつの間にか夏市くんの役に立ちたいって思い始める奴がほとんど。」


俺はそんなふたりの恩恵に与かってたから複雑なんだが。


「おんけい。」

「言ったろ、いじめられっ子だったってよ。それを夏市くんの信者とか、冬慈を餌付けしてる奴とかが助けてくれてたの。」


友人と呼べる人間はほぼおらず、数の暴力にさらされていた希一。

それが学年を経るごとに二人の信者が増え、それに伴い希一はふたり以外に助けられることが増えた。

だからあの兄弟は感謝もしてるんだけど、なんというか、うん。

「俺を理不尽に攻めるのも暴力だったし、それから助けてくれるのも暴力だったから。」


だから希一には、できない。暴力を否定することも、ましてや肯定することも。


ここは地元から離れており、“悪魔の弟”と呼ばれている冬慈のことを、誰も知らない。

希一が散々愚痴を吐き、冬慈がどういう人間性か知っているはずの羽水ですら、冬慈の見た目でまんまと騙されていた。

意外とおとなしいじゃん弟くん、と笑う羽水はまだ幸せだ。

冬慈は、面倒くさくなければ人前で演技することを厭わない。ぱっと見は薄幸感があるので、結構簡単に騙せる。


虫も殺さないような、そんな顔を散々人に見せつけて。

なのに、暴力を振るうことに微塵の躊躇いもない。

手っ取り早いから。そんな理由で。


怖い。と思う。


散々その暴力の恩恵を受けてきたくせに、とも思うが、それと、怖いと思うことは別である、と希一は思う。

普通の人間が暴力を振るう場合、身に受けた経験として得たのは、初手から全力で殴ってくる奴はいない、ということである。

軽く小突いたり足蹴にしていたものが、徐々に感覚がマヒし始めて、それに伴い強めに殴る蹴るが始まる。

初手から強い場合は、明確に己を害したいという意思を持った奴くらいだ。大体みんな、軽いおふざけのつもりで暴力の行使を始めるのだ。


佐久間兄弟には、それがない。


特別な感情もなく、初手から躊躇うことなく全力投球。

だから大概、その一発で相手の心が折れる。

これが、ただただ頭のオカシイ奴なら、距離を置けば済む。

けれど、この兄弟の振るう暴力はいたって理性的で、だからこそ希一は、彼らと完全に縁を切ることができない。

彼らは喧嘩が好きだし、暴力沙汰もいとわない。そういう奴らなのだ。それでも。


そこには、己のために振るわれた暴力があると、知っているから。


「…お前、よくまっとうに育ったな。」

羽水が思わずそういうと、希一は笑う。


「そこまで自信が持てなかっただけだよ、俺は。」


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