昼休み4
廊下の生徒たちにぎょっとされながら駆け抜け駆け抜け、人気の少ない裏庭に飛び出して。
そこでようやく、希一は足を止めた。
息を切らしながら周囲を窺うが、幸い追っ手はないようだった。
「…っ撒いたか…?」
「…いやっ、な、んで、おま…んな、げんき…」
必死でついてきたらしい羽水が、息も絶え絶えに座り込んでいる。やばい胃の中身逆流しそう、なんて恐ろしいことを呟きながら呼吸を整えていた。
「…いちごちゃん、おろして」
耳元で不機嫌な声がし、そういえば担いだままだったと慌てて冬慈を下ろす。
手にはしっかりと箸と茶碗を持っていたので、あとで返却しにいかないと。
「…なんで、逃げた?」
希一より頭一つほど下にある冬慈の表情はわからないが、見なくても察しが付くぐらいには二人の付き合いは長い。
「…あのままだったら、暴れただろ。お前」
「まさか。」
きっぱりと否定するが、大概嘘である。
「ただちょっと、食べ物を粗末にしたことについて物理的に土下座を強要しようとは思ったけど」
想定の範囲内すぎる答えで驚くこともできない。
希一はため息を吐く。
「…まあ、あの態度は普通にどうかとは思うが、あれでこの学校に大口寄付してる家の奴だから、トラブるとよくないの。わかった?」
子供に言い聞かせるような口調になってしまったが仕方ない。
しかし冬慈は箸と茶碗を持ったまま口を尖らせる。
「でもおれあいつと面識ないし、いきなり絡まれたんだけど」
「え」
「おれ何も悪いことしてないのに」
この場合、本当に面識がなく一方的に絡まれている場合と、相手に興味がなさ過ぎて本気で忘れている場合の二択がある。
どのみち本人が認識していないため真相は定かではないが、となると絡まれないよう対策を立てるのも難しい。
と、呼吸が整った羽水が口をはさむ。
「ちょっと待って、弟くんクラス何組っていったっけ?」
「?2-A だけど」
「…あぁー、たぶんそれだぁ…」
羽水が気の抜けたような声を出す。
「きーち、たぶんこれ副会長の難癖。」
「なんくせ。」
冬慈が平たい発音で繰り返す。
「ああー、うん…副会長ね、坂田先生推し過激派同担拒否なんだよね…」
「おん?」
「ん?」
羽水の口から呪文が聞こえた。
希一と冬慈、二人揃って首をかしげていると、
「ああえっと、簡単に言うと坂田先生の大ファンで、他の人間が好意を寄せることも一切許さないってこと。坂田先生のクラスに編入になったから、それが気に入らないんだと思うよ。」
「…なるほど、なんくせ。」
坂田が冬慈について「いじめんなよ」と発言したことが一番の嫉妬の理由だが、羽水には知る由もないし、どのみち難癖である。
「…え、じゃあそんなくだらねえことのためにおれが大事に取っておいた唐揚げが…?」
好物は最後に食べたい派の冬慈は、せっかく取っておいた唐揚げをひっくり返されたことを思い出し、徐々に表情を消してゆく。
「待て待て落ち着け冬慈っ!!!!」
今すぐ食堂に逆戻りし殴り込みをかけかねない様子の冬慈に、希一は慌てて羽交い絞めにして抑え込む。
編入初日で暴れては、副会長どころか風紀委員会にも目をつけられかねない。
特に風紀委員長は戦闘狂の気があるので、冬慈と絡ませたらとんでもないことになりそうだ。
「食堂のよりうまい唐揚げ食わしてやるからとりあえず落ち着け!」
「…ほんと?」
抑える希一をずりずり引きずりながら食堂方向へ進んでいた冬慈だったが、その言葉にピタリと止まる。
目元はわかりにくいが、希一をキラキラとした眼差しで見上げているようだった。
「…お、おう。」
その勢いに押されながら、希一は羽水を縋るようにみる。
「あ、やっぱり俺…?」
「頼む開斗!じゃないとこいつマジで副会長の心が折れるまで殴るんだよっ…!!」
まだ実際に暴れる冬慈を見てない所為か羽水にはいまいちピンとこないが、こんなに必死になっている希一を見る限り、たぶんきっと本当にヤバイのだろう。君が泣くまで殴るのをやめない系かな。
そう思って、頷いたのだが。
――まさかこの後、唐揚げを2㎏も揚げることになるとは、さすがに微塵も思わなかったと、のちに羽水は語る。