担任と困り眉
佐久間冬慈を初めて見た担任は、ものの見事に困惑した。
「…ええと、佐久間冬慈君?」
「はい、今日からお世話になります。」
姿勢よく、礼儀正しい。のだが。
「…その前髪、何とかならないのか?」
たまに前職はホストですかと聞かれる自分がいうのもなんだが、彼の髪型は少し問題があった。
「だめです?」
「いや、特に髪型について規定はねえんだけど、その髪型だといらん難癖付けてくる奴もいるから。顔を隠したい理由があるなら余計なお世話かもしれんが…」
ぴしっと伸びた背筋に反して、世間から顔を隠すように伸ばされた前髪。目元は辛うじて伺えるが、美意識過剰なこの学園の生徒たちにとっては、攻撃対象になりそうであった。
「坂田先生、意外にやさしい」
彼は少し笑ったようだった。
「意外は余計だ、これでも教師だぞ。」
坂田保は、どこからどう見てもちゃらんぽらんで遊び人なファッションセンスなだけで、ごくごく真面目な教師であった。
「一応、家族からは顔を隠したほうがいいって言われたんすけど」
彼は、顔を隠すようにしている理由について、そう述べた。
「どうしてまた」
「おれ、“いじめたくなる顔”らしくて」
そういって彼は長ったらしい前髪を、思いのほか男らしい仕草でかきあげた。
「…おお、なるほど」
そこにあったのは、見事なまでの困り眉であった。
この上なくハの字になった眉毛と、水分量が多いのか、なんとなく湿ってみえる目。サイズが大きいのかダボついた制服から見える肌は白く、どこか華奢で、なんというか、とても幸薄そうであった。
「どうです?」
困り眉が聞いてくる。
「…前髪あったほうがましかな」
「でしょ?」
そういって前髪を下すと、前髪が長いだけの普通の生徒にみえた。
眉が出てるか否かで、ずいぶんと印象が違う。
「ご家族の心配はよくわかった。」
坂田の中では、目の前の男子生徒が『いぢめる?』と小首を傾げる某シマリスにしか見えなくなっていた。
「俺のほうからもクラスには注意を促しとくから、まあそんな気負うなよ。」
「っす、ありがとうございます。」
安心したような返事に満足しながら、しかし坂田は一点大事なことに気づいていなかった。
――――このあと、クラスで転入生を紹介した際、
「いじめんなよ」
と発した己の言葉によって、己のファンの嫉妬が彼に向かうなど、坂田は微塵も気づかなかったのだ。