悪魔の弟
「よー、きーち久しぶり…って、どうした?」
いつも以上に顔こえーんだけど。
GWも明け。
久しぶりに再会した友人に、しかし希一は言葉を返す余裕もなかった。
「……」
「おいマジどした?クラスメイトがお前の顔見てドン引きしてるぞ?」
明らかに寝不足がわかる強面が、ただ一点を見つめている図は、希一を中心にドーナツ化現象を引き起こしていた。
近づいてくるのは、友人の羽水開斗だけ。ちょっとチャラいがいい奴である。
こうして茶化しながらも心配の声をかけてくる羽水に、希一は視線だけを向ける。
「…くるんだ」
「…なにが?」
「…悪魔が。」
「真面目に頭大丈夫かお前。」
辛辣な言葉を受けながらも、希一は首を振る。
「…俺の幼馴染の話、したことあんだろ」
「…ああ、あのぶっ飛んだ兄弟?」
「その弟が転校してきたんだ。」
「…え?」
「GWに地元で兄貴と大喧嘩して、強制転校だと」
そこまで話すと、希一は机に伏せる。ゴン、と強めの音がしたが希一は痛がる素振りもない。
「おい大丈夫か」
「…あんなくそマイペースで喧嘩っ早い奴が、この学校でトラブル起こさずに過ごすなんてどう考えても無理なんだよなあ…」
そしてどう考えても、己がそこに巻き込まれない未来が見えない。お先真っ暗だ。
「いやそんな絶望的ならなくても、弟君て年下だったろ?学年違うならそうかかわることもなくね?」
羽水が冷静に指摘をするが、希一は無言で携帯電話を取り出すと羽水に見せる。
そこには、
『食堂で待ち合わせな。来なかったらいちごちゃんの名前出して暴れる』
そんなシンプルな文面が。
「…いやいやいや、うちで暴れたら速攻風紀に取り締まられんだろ!」
「…いったろ、悪魔の名前は伊達じゃねえんだよ。たぶん委員長とタイマンで勝てるからあいつ。」
「はあぁぁ?あのバリバリ不良で向かうところ敵なしの委員長に?」
この学校には、風紀委員会があり、やんちゃをする生徒を取り締まっている。中でも委員長を務めている徳丸大吾は、近隣の不良を〆て回るような武闘派であり、校内に実力で対抗できる人間はいないとされる。
そんな人間に歯向かうという選択肢は、普通ない。
「…冬慈は空気読めるけど、おとなしくするかどうかはその時の気分次第なとこあるから。」
ましてや、この学校のことなど何も分からずにいるはずだ。
この特殊な学校でいつも通りに暴れたら、どんな未曽有の大惨事が起こることだろう。
己の想像だけで胃が痛い。
顔を恐怖に蒼褪めさせる希一をみて、羽水が溜息を吐きながら提案する。
「…わかった、とりあえず食堂は俺も一緒に行くからさ、少しは元気出せよ」
「…ありがとな」
「いいから。それよりも早く通常モードになってくれ。」
顔がこええんだよ。
その言葉に、遠巻きに様子を窺っていたクラスメイト達が一斉に頷くのをみて、心がえぐられる希一だった。