プロローグ
気まぐれ不定期連載です。
「やーいなきむしー」
「ヘンなあたまー」
「なにしてるの?」
悪ガキたちに苛められ泣かされていると、いつもすぐ気付いてくれた。
「いちごちゃん、いじめられてるの?」
思えばいつも、泣かされている自分よりも泣きそうな困り眉だった。
何も考えられずぐしぐしと泣きながら頷くと、いじめっ子たちの顔色は劇的に変わる。
「いっいじめてねえよっ!」
「そうだよ!そいつがすぐになくからわりーんだ!」
泣くことを悪といういじめっ子たちに、だけど困った眉毛のそいつは、困った顔のままでいう。
「ふーん?じゃあ、おまえら、」
なくなよ?
そういって笑った困り顔が、たぶん、俺の―――
*****
「うわぁぁぁ……っっっ」
自分の絶叫で起きたのは、いつ振りだろうか。
飛び起きて真っ先に周囲を確認し、そこが寮の部屋であることを確認した希一は、暴れる心臓を押さえて息を吐いた。
時計を確認すれば朝の5時を過ぎたあたりで、外はまだ仄暗いようであった。
普段だったらもう一寝入りしている。しかし今日はとてもじゃないが眠れそうになかった。
久しく見ない夢だった。
その懐かしさを、しかし希一には懐かしいと思う余裕もなかった。
「……あれが、来るのか……」
枕元の携帯電話を手に取り、祈るような気持ちでメールを確認する。
既に読んだ後のメールである。
夢オチとかならねえかな、と淡い期待を抱いて開くのは“地元”とカテゴライズされたフォルダだ。
基本的に殆どメールをしない、いまだにガラケーの希一だが、GWの日付辺りだけ、妙にメールがたくさん届いている。
友人は、悲しいかな多くない。だが、その多くない友人たちから、GW周辺だけで100を超える数が届いており、当時希一は何事かと目を剥いたものである。
そして届いたメールの内容、殆ど実況中継のような細切れのメールは恐怖と混乱に満ちており、地元から電車で2時間以上離れた全寮制高校に通う希一をもリアルタイムで恐怖に陥れていた。
それらを要約してまとめると、「悪魔兄弟が地元で派手な兄弟喧嘩を行った」らしい。
悪魔兄弟とは、ただの二つ名である。本名は佐久間という。希一の幼馴染である。
兄は夏市といい、ふくふくとした、まるで仏のような微笑をたたえた男である。希一は笑った顔以外を見たことがない。
弟は冬慈といい、兄と真逆でほっそりした、困り眉で幸薄そうな男である。実際に困っているところは、残念ながら見たことはない。
そんな虫も殺さないような顔をして、彼らは生粋の戦闘民族であった。
希一は昔からいじめられっ子であったため、何度彼らに助けられたかわからない。
しかし、その恩を上回る勢いで彼らの喧嘩に巻き込まれ、トラウマを植え付けられてきた。
誰が言い出したのか、気づけば彼らは「悪魔兄弟」として地元で名を馳せるようになっていた。
そんな彼らにこれ以上巻き込まれてはたまらないと、希一は隣県の全寮制高校に進学し、この1年ほどは彼らとは縁が切れていたのだが。
「…まじで、くんのか」
何度見直してもしっかりと届いているメール。
地元の友人たちから届いたメールの山と相まって、不吉な予感しかしなかったそのメール。
佐久間兄弟の弟、冬慈から届いたメールは、シンプルかつ恐怖の一文だった。
『いちごちゃんのがっこに転校になったから』
よろしくね、と―――――。