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原作通りじゃないなら死んでやる

 メアリ=ノワールは、魔女だ。

 国有数の名家の娘。残忍で、狡猾。烏を思わせる漆黒のロングヘアに、月光の様に青白く煌く大きな瞳。可憐で美しい容貌で男を惑わせ、毒牙にかける。


 ……というのは公式サイトでの紹介文だ。

 メアリはおとぎ話をモチーフとした、ダークな雰囲気が魅力の乙女ゲーム『ナイトメア・ワンダーグラウンド』の悪役(ヴィラン)だ。どのルートでも主人公・マリアの前に立ちはだかり、彼女の恋路を邪魔をする。ルートによっては黒幕になることもあり、ともすればプレイヤーの反感を一身に受けそうなキャラクターだが、その人気は高い。

 物語の最後でメアリ(魔女)は——原典のおとぎ話をなぞるように——マリアと攻略対象(騎士様)に打ち倒され、凄惨な死を迎えるため、彼女が非道いことをすればするほどカタルシスは大きなものになるし、彼女のヴィジュアルや、作中で明かされる暗い生い立ちなどのキャラクター設定はただの悪役と論じるには余りに魅力的だった。実際にメアリ救済モノを描く人は少なくなかった。ストーリーの要である彼女は、一部では「メアリあってこその『ナイラ』(注:ナイトメア・ワンダーグラウンドの略称)」と称されるほどである。

 私も例に漏れずメアリのことが好きだったし、『ナイラ』自体何度も、と数えることすら敵わないほど周回した思い出深いゲームだ。あまりに好き過ぎてストーリー展開や台詞を一言一句暗記している。


 だからすぐに気づいた。ここが『ナイラ』の世界であることも、私が——


 ——メアリ=ノワールになっていることも。


 悪役令嬢転生モノ、というジャンルは知っている。妹が録画していたアニメを一緒に見たことがあったし、有名どころをいくつか読んだこともあった。彼女らは総じて原作のストーリー通りに自分が凄惨な死を迎えることを恐れ、回避しようと奔走する。まさか私も同じ立場に陥るとは思っても見なかったけど……。


「メア、大丈夫?」

 くりくりとした薄青の目が私の顔を覗き込む。派手に転んで頭をぶつけ、しばし呆然としていた私を心配そうに見つめる目の前の少年は、小さな掌で私の前髪をそっと上げる。

「血は出てないけど……。なあ、メア。聞いてる?」

「——ええ。大丈夫よ。リオン」

 リオン=サンドル。騎士の家系に生まれた青年(今はまだ少年だけど)。モチーフは『灰かぶり姫(シンデレラ)』で、彼の髪はまさしく灰を頭から被ったような灰色をしている。薄青の瞳はガラスの靴をイメージしているとファンブックに書いてあったことも思い出した。『ナイラ』のメイン攻略対象で、メアリの幼馴染——お目付役だ。基本的に「マリアの邪魔をする」為だけに行動するメアリが、リオンのルートでだけ彼に対する執着心を垣間見せる。終盤、魔女の仮面が剥がれ落ち、まるで子供のように「リオンは私の騎士様なのよ」と泣きじゃくるシーンは、『ナイラ』自体が終始鬱々としたゲームであることを差し引いても、中々にクるものがあった。

「ならいいんだが」

 リオンは薄く笑って、私の頭を撫でた。それから「ルミエール家のお嬢様が顔に怪我をしたとなったら大事だからな」と付け加えた。

「お叱りを受けるのはお目付役の俺だぜ」

 リオンは「あなたは“お目付役”の言葉の意味をわかっているのかしら?!」と両手で目尻を吊り上げて、メイド長のメリッサの声真似をした。絶妙な似てなさ加減に私は思わず吹き出してしまう。

「ごめんなさい、リオン」

 そう言って笑みを浮かべるも、私は内心別のことを考えていた。

「(——そうか、六歳だから()()ルミエール姓なのか)」


 メアリは八歳の誕生日に養子に出される。

 彼女の《()()()》を厭った両親によって。

 この世界ではクリスタルのような青白い瞳はとても珍しく、《月の目》という名前がついており、それを持つ人間や動物は月からやってきたとされ《月の者(ルナティック)》と呼ばれる。現実世界においては「月は人を狂わせる」というのは実際にはありえない言い伝えだが、魔法が存在するこの世界では本当に「月で狂う」ことがある。

 故にこの世界ではしばしば月は恐れの対象とされ、《月の者》というのはほとんど蔑称に近いニュアンスを持つ。実際《月の者》の方が狂気に呑まれやすいという調査結果もあるらしいが、迫害の所為もあるのではないかと私は睨んでいる。街を歩くだけで怯えられたり石を投げられたりしたら、狂うとまでは言わずとも精神を病む。魔法使いなら魔法で誤魔化せるが、非魔法使いはそうもいかない。カラコン的役割を果たす魔道具があるにはあるが、庶民には手を出しにくい値段だと、確か作中で語られていた。

 メアリ以外にも隠し攻略対象の青年カグ=モチヅキが《月の目》の持ち主で、運悪く学園で行われたパーティーの最中(メアリの差し金だが)魔法が解けてしまったことでいじめに遭うようになり、それをきっかけに狂気に呑まれかけるのだが、マリアによって救われている。

——「メア、やっぱり打ち所が悪かったか?」

 覗き込むリオンによって視界と思考が遮られる。

「心配しないで。今日のおやつは何かしらって、考えていただけよ。……リオンは何だと思う?」

「俺はブルーベリーパイがいいな」

「もう! あなたの好みじゃなくて、何が出るかの予想を聞いてるの。それに、ブルーベリーパイは昨日食べたばかりでしょ」


 温かな太陽の光を反射した芝生がきらきらと輝いている。名家だけあって広く、手入れの行き届いた庭園には様々な花が咲き誇り、春の匂いをさせていた。あたり一面を覆う穏やかな空気はとてもここが鬱ゲー『ナイトメア・ワンダーグラウンド』の世界とは思えない。

「ねえリオン」

「なんだ?」

「あなたは私の騎士様(ナイト)よね」

「ああ、俺はメアの騎士様(ナイト)だ」

 当たり前だろ、とも言いたげな、その向日葵のような笑顔に私も思わず笑みを浮かべる。

「そう」


 それだけ聞ければ満足だ。


 悪役令嬢転生モノ、というジャンルは知っている。そのセオリー通りに進めるなら、私は慌てふためいて、死なないように行動するべきだ。けれどここは『ナイラ』の世界。バッドエンドこそハッピーエンド。

 私は原作の展開も、台詞も、寸分違わず覚えている。原作通りに演じることは難しいことではないように思えた。

 ——マリアが誰を選ぶかはまだ解らないが、基本的にメイン攻略対象のリオンが一番ルート入りしやすいし、リオンはメディアミックスでも優遇されがちだ。

「——“約束して、リオン。あなたはこれからもずっと、私の側にいると”」

 台詞は自分でも驚くほどするりと口から滑り落ちた。

 リオンルートの終盤、メアリは幼い頃の約束を持ち出して、リオンに縋る。

「ずっと一緒にいると約束したのに」と。

「“ああ、約束する”」


 凄惨な死を迎えようと構うものか。原作の素晴らしい幕引きを汚すような真似はしたくない。

 私は魔女だ。残忍で、狡猾。

 そして最後に、ヘンゼルとグレーテルにかまどに押し込まれる、魔女(ヴィラン)なのだ。

思いつきの見切り発車ほど筆が進むんですよねえ…。



 ————



ノワール…フランス語で“黒”の意

ルミエール…フランス語で“光”の意

ルナティック…英語で“狂気の”“精神異常者”等の意


マリア…聖母マリアから

リオン=サンドル…『シンデレラ(サンドリオン)』から

カグ=モチヅキ…『かぐや姫』から

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