バトルアリーナⅤ
びしぃ! とヴィルヘルムを指差して勇ましく告げるミーナに、アルベルトは気が遠くなりそうだった。
ヴィルヘルムは「へぇ」と目を細める。まるで、面白いものを見るかのように。
彼の興味は完全にアルベルトからは離れ、ミーナに向いている。アルベルトはその隙にヴィルヘルムから距離を取り、ミーナのもとへ向かった。
このまま『隠密』を使って逃げてもいいが、この無鉄砲娘を放っておくわけにもいかない。アルベルトにも一応、良心はあるのだ。知り合いだし。
「何言ってんだよ、ミーナ。さっきの見ただろ? お前の『一閃突き』、効いてなかっただろ!?」
「アルベルトさんこそ何を言っているんですか。見たでしょう? 浅く刺さりはしましたよ」
「それが何だって言うんだ!?」
それを言うならアルベルトの短刀だって、ヴィルヘルムの首をかすかに傷つけることは出来た。ほんのちょっとの切り傷。ここが現実の世界であっても、わずかに血が滲むか滲まないか程度の傷だ。
「この人の防御力は確かに驚異的です。【ドラゴンスレイヤー】……そんな職業もあったんですね。私も挑んでみようかなぁ」
ミーナはブツブツと言う。アルベルトは口元を引きつらせた。ミーナなら本気でやりそうだと思ったからだ。
単身でドラゴンに挑む姿が、容易に思い浮かぶ。
「防御力はすごいけれど、“鉄壁”ではないと思うんですよ。そうじゃなければ、きっと浅い傷さえつかないはずです」
「そ、そうか……?」
それは確かにそうかもしれない。ダメージが0だったら、たぶんアバターに傷さえつかないだろう。
だがたとえ0じゃなかったとしても、与えられるダメージはせいぜい1とか2とか、そんなものだと思う。
もちろん1ダメージでもひたすら続けていれば、いつかはヴィルヘルムのHPを尽きさせることが出来るはずだ。
しかしそれは途方もなく時間がかかる。
ヴィルヘルムも黙って攻撃を受け続けてくれるわけがないし、うまくヒット&アウェイでダメージを蓄積させたところで、倒しきる前にプレイ時間が終了しそうだ。
「たとえ浅い傷でも、何度も同じところを攻撃していれば、深い傷になるはずです」
「へ……?」
「このゲームの仕様では、傷は深ければ深いほど大きなダメージになります」
そのとおりだ。このゲームは、妙にリアル志向というか、本格さを求めすぎているようなところがある。
現実世界で受けたら致命傷になるような傷だと大きくHPが削れるし、首を切ったりすると即死する。
ちょっとした擦り傷程度だとダメージは少ない。が、同じ箇所を執拗に攻撃し続ければ……。
「……雨だれが石を穿つように、いずれは大きなダメージになる?」
「そう! だと思います!」
「理屈は分からないでもないけど……それ絶対に脳筋の発想だと思う」
ミーナは相変わらず『ガンガンいこうぜ』タイプのプレイヤーだった。
効率を求め、楽に勝とうとするアルベルトとは正反対である。
「うるさいですよ。それから、あの人の次はあなたを倒しますからね!」
「なんでっ!?」
「バトロワ形式なんですから当たり前でしょう? ここにいる全員を倒して、私が優勝するんですよ!」
アルベルトはもう、開いた口がふさがらない。これは説得を諦めるべきだろうか。ミーナはもう、何を言っても聞きやしない。
(ど、どうしよう?)
ヴィルヘルムはこちらの出方を窺っている。顔には薄い笑みを浮かべて、いかにも余裕がある感じだ。
***
「『雨垂れ石を穿つ』か。なかなかいいことを言うなぁ、あの嬢ちゃん」
岩山の陰からアルベルトたちの様子を窺うジャックは、感銘を受けたように言った。
「そんなの上手くいくわけねぇよ」と吐き捨てるのは、苦虫をかみ潰したような顔をするジェイドだ。
いやに現実的なことを言うジェイドに、ジャックは片眉を持ち上げた。
「なんでそう言い切れるんだ?」
「4回目に戦ったときに、俺も同じ作戦を立てた」
「まさかの経験者」
4回目ってことは、その前の3回はどんな風に挑んだのだろう。聞けば、堂々と真正面から突っ込んで返り討ちにされたそうだ。
ジェイドが4回目でようやく思いついた作戦を、初回からすぐに考えついたあのミーナという女の子は、少なくともジェイドより頭が良いようだ。
「アイツはもともと防御力を優先的に上げていたらしくてな。【ドラゴンスレイヤー】のスキルでそれが底上げされて、めちゃくちゃ硬くなってんだよ」
ヴィルヘルムは、攻撃力はそれほど高くはない。急所にさえ当たらなければ、一撃で殺されることはないだろう。
その分、長い間ボコられるはめになるのだが。
「あの男、そんなに強いのか。確かに強そうなオーラはあるが」
大きな体を小さく丸めて、ジャックの後ろに隠れながらバジルが言う。ちなみに完全には隠れていない。バジルの体はでかすぎる。
ジャックは頷いた。
「バトルアリーナ最強は、間違いなくアイツだろうな」
「最強……。そうか、最強か……」
さてさてその『最強』にどう挑むか、と思考を巡らせるジャックをよそに、バジルはブツブツと呟く。
「つまり、アイツを倒せば、オレが最強」
「ん?」
――なんだって?
バジルが立ち上がる。岩山から出てしまうとかそういうことは、もはや考えずに。
そして戦斧を思いっきり振りかぶり、――ヴィルヘルムへ向かって投擲した。
「……ん? どわああああああああああああっ!!?」
「ぶわっはっはっはっ!! 最強ーーーー!!」
ヴィルヘルムはとっさに戦斧を避けたが、そこへ間髪入れず、バジルのラリアットが直撃した。ヴィルヘルムは背中から地面に倒れる。
「いや、プロレスかよ!?」
ジェイドがツッコミを入れた。
「先越されたー!」
まだ作戦は決まっていないが、こうなっては仕方がない。ジャックももう出ることにした。
「お、おいっ」
「悪いなジェイド。俺が無事に生き残れたら戦おうな!」
「おいいいいいいいっ!!」
バジルの腕の力で引き倒されたヴィルヘルムにダメージはやっぱりなさそうだ。だがそれでも、隙は出来た。しかしバジルは武器を投げてしまったので、攻撃する手段がない。
「ちょっと、何なんですかあなた! 横殴りです! 割り込みです! 私が先に戦ってたのに!」
「ミーナ! いいから逃げよう! なんか面倒くさいのに巻き込まれそうな予感がする!」
剣を振り回してギャーギャー騒ぐミーナをアルベルトは必死で抑え込む。
「オレの斧……! ……とりあえず殴るか」
ミーナとアルベルトをまるっと無視したバジルは、拳を振り下ろした。ヴィルヘルムは身をひねってそれを避ける。バジルの顔面に肘鉄を食らわせた。
バジルがひるんだ隙にヴィルヘルムは起き上がろうとする。そこに飛び込んできたのは、
「『居合い斬り』!!」
ジャックの斬撃。
ヴィルヘルムの顔には笑みが浮かんでいた。