バトルアリーナⅣ
足を掴まれ、振り回される。と思ったら岩山に向かって投げつけられ、頭から突っ込んだ。
痛覚はないが、叩きつけられた感触と衝撃はある。
ヴィルヘルムは笑っている。痛めつけられるアルベルトの姿が、面白くて仕方ないとばかりに。
「ひぅ……」
その姿が、重なる。かつて自分に暴力を振るってきた奴らに。
アルベルトが安心して眠れなくなった原因を作った奴らに。
目的などない、ただの暇つぶしと鬱憤晴らしのためだけにアルベルトを痛めつける、奴らに。
「おいおいどうした。震えてるぞ?」
ヴィルヘルムが首をかしげて問う。言われてようやく、アルベルトは自分の体が小刻みに震えていることに気付いた。
「そんな怯えた目で見るなよ」
ヴィルヘルムの灰色の目が細くなる。
慈悲など欠片もない。ただただ愉悦に満ちた目が。
「余計に楽しくなるだろう!」
「ぐあああっ!」
蹴飛ばされて、アルベルトはまたしても地面に転がった。
ヴィルヘルムが追撃に来る。アルベルトが戦闘不能になるまで、奴はこの“遊び”をやめるつもりはないのだろう。
(くそ、くそ、くそ!)
内心で悪態をつくが、体は依然として震えたまま動かない。
サンドバッグになるのはごめんだ。そう思うのに、どうやってこの状況を打開すればいいのか分からない。
頭の中が、真っ白だ。
「『ブースト』!!」
その時、快活な声と共にヴィルヘルムの後ろから1人の女の子が飛び込んできた。
細身の剣を、切っ先が正面に向くように構えて、ヴィルヘルムの背中に迫る。
頭にはふたつのお団子。垂れた目元と下がった眉から大人しげに見られがちだが、中身はそうでないことを、アルベルトは知っている。
「……ミーナ」
「『一閃突き』!!」
アルベルトの呟きに重なって、光のごとき素早い刺突攻撃が繰り出される。
『一閃突き』は【槍使い】のスキルだ。言うなれば、“ものすごい突き”で敵を貫く技である。
雑魚相手なら、体に大穴を開けることができる。しかしヴィルヘルムは【ドラゴンスレイヤー】のスキルによって防御力がめちゃくちゃ上がっている状態だ。
「……!? 硬っ……!」
ミーナの放った攻撃は、ヴィルヘルムの皮膚をわずかに刺した程度だった。
《今、飛び込んでいった女性は――こちらも今大会が初参加になります。ミーナ選手! 一方的に嬲られるアルベルト選手を見て、放っておけなくなったか!? でも無茶しないで! そいつ男女差別とか絶対にしない奴だから!!》
《そう聞くと、とても良い奴のように聞こえるのぅ……》
ヴィルヘルムが腕を振る。裏拳がミーナの顔面を打った。
ミーナは短い悲鳴を上げて、すってんころりんと後方に転がった。
「ミーナ!」
アルベルトは思わず叫ぶ。「容赦ないなぁ」と呟きながら、ミーナはすぐに起き上がった。
ヴィルヘルムを睨むその瞳は、まだまだ闘争心に燃えている。
「男女差別をしない……って、本当みたいですね」
「ああ。俺は相手が男だろうと女だろうと、ジジイだろうとババアだろうとガキだろうと、公平にイジメて遊ぶ」
「最低ですね」
キッパリと言うミーナ。ヴィルヘルムは何が面白かったのか、ケラケラと声を上げて笑った。
「さて」
ミーナは再び細身の剣を構える。切っ先を前へ向ける構えから、放つのはまた刺突攻撃だと分かった。
ヴィルヘルムの硬い体に斬撃は効果が薄いと判断したのだろう。一点を貫く攻撃のほうが与えるダメージは高いので、それは正しい判断だと言える。
でもその刺突攻撃でさえ、ヴィルヘルムにちょっと刺さったくらいだった。
「何してるんだよ、ミーナ! 敵うわけがないだろ!? 逃げろよ! 俺のことなんか放っておけよ!!」
叫ぶアルベルトに、ミーナの目が向く。驚いたと言わんばかりに、その目はまん丸に見開かれていた。
「もしかして、あなたを助けに来たと思っているんですか? 人でなしのアルベルトさん」
「えっ」
アルベルトは思わず固まった。ミーナはそんなアルベルトから視線を外し、再びヴィルヘルムを見た。
アルベルトの記憶にあるミーナは、初対面の人間には敬語を使うが、打ち解けた相手にはタメ口を使っていたはずだ。
アルベルトに対してもタメ口だった。呼び方も「アルベルトさん」という他人行儀なものではなく、短く「アル」と呼んでいた。
「PKを繰り返し、犯罪者として捕まって、仕方なくこの大会に出ているあなたと違って、私は自分の意思で出場しているんです」
闘争心に燃える瞳と、にやりと持ち上がる口角。
そうだった。
ミーナは大人しそうな外見を裏切って、中身は、
「目指すは優勝! そのためには、このとっても強そうなお方を倒さなければいけないということですよ!」
――かなりの武闘派だった。
ミーナ参戦。
アプリコで登場していた女の子です。
アルベルトの知り合いらしい。