バトルアリーナⅡ
《乱入してきたのはバジル選手! ギルド『ラプターズ』のリーダーです! 2メートルを超す巨体と、その体よりもさらに大きな戦斧を自在に使いこなすパワーファイター! 目の前の敵は力で叩き潰すと言わんばかり! いかにも強そうだ!》
《ふむ。大男が斧を使うのもいいが、わしゃ個人的に、小柄な少女が大きな斧やハンマーを振り回すのが好きじゃな》
《フォルトさんの好みは聞いていませんよ……。でもそれ、分かるー》
実況の人とフォルトがのほほんと会話をしている間にも、戦況はどんどん動いていく。バジルが振り下ろした戦斧は、ジャックとジェイドを同時に叩き潰すものだった。
ジャックに攻撃しようとしていたジェイドはもろにそれを食らい、一方のジャックは、なんとかギリギリで身をかがめてそれをかわす。
急所こそ当たらなかったものの、ジェイドのHPは大きく削れた。戦斧は大きな見た目に見合うだけの重量を持っているので、攻撃力が並の武器よりも高い。
「くっ……! バジルてめぇ、よくも不意打ちなんて汚ぇ真似しやがったな!」
「え、ジェイド、それお前が言う?」
先ほど思いっきりジェイドから不意打ちを受けたジャックは、思わずツッコミを入れた。ジェイドは無視してバジルを睨む。聞こえていないのか。なんて都合のいい耳だろう。
バジルもバジルで、「戦いに汚いもクソもあるか」と鼻で笑っている。
それもさっき聞いたなぁと、ジャックはぼんやりと思った。
(それにしても、今のスキルは……)
《いやぁ、それにしても、いきなり現れましたねバジル選手! びっくりしちゃいました》
《【忍者】のファーストスキル、『隠密』じゃな。姿を隠すことが出来るスキルじゃ。戦闘態勢を取ると自動で解けてしまうが、今のように背後から奇襲をかけるのにはうってつけじゃ。この国のどこかにおる忍者を発見することで転職出来るようになるぞ》
《忍者ってカッコイイですよね〜。アクロバットな動きに、不思議な技の数々! ニンニン!》
《わしゃ侍も好きじゃな》
《いいですねー、ブシドー! 無益な殺生は好まぬ!》
《天ぷらも好きじゃ》
《それは職業じゃない……》
まるで漫才のような会話を右から左に聞き流しながら、ノゾムは目を丸くした。
まさか、ジャックたちだけでなく、バジルまでもが参加しているとは思いもしなかった。
「そういや、オッサンたちの目的もバトルアリーナだって言ってたっけ」
隣でラルドが言う。ノゾムは「そうだっけ?」と首をかしげてラルドを見た。
「オッサンたちもオレたちも、どっちもノワゼットを目指してたから、森を抜けるのを協力したんだろ。オレたちが現実に戻って寝ている間に、オッサンたちはノワゼットに到着したんだな」
「ああ、そっか」
カピュシーヌの手前で別れたバジルたちに、いつ追い越されてしまったんだろうと思っていたが、時差の関係があってノゾムたちが就寝している時間はバジルたちにとって昼間なのである。
《『レッドリンクス』対『ラプターズ』! どうやら前回のチーム戦の続きが見れそうですねー!》
バジルたちはチーム戦にも出場していたようだ。
ジャックたちとすでに一戦やり合っているらしい。
「結果はどうだったんだ?」
ラルドがシスカたちに訊く。
シスカは口元に手を当てて「うーん」と唸った。
「ドロー、かな。ジェイドはあのとおりバカだから、単身で突っ込んでいっちゃって、バジルと遭遇してからは周りそっちのけで戦いだして。周囲からいい的にされちゃって。ふたり一緒に倒されちゃった」
あれじゃあ的にもなるよねとシスカが指差す先には、防御なんか知るかと殴り殴られ、HPがどんどん減っているバジルとジェイドの姿がある。
あの間に割り込んでいくのは難しいだろうが、たとえば遠くから魔法で狙われたりしたら――うん、2人ともたぶん避けられないだろうな。
「ユズくんは物陰に隠れながら上手く戦ってたんだけど……。そのうちの一発がボクの目の前を通ってね。ビックリしている間に、ボクはやられちゃってさ」
「まったく。俺が味方に当てるわけがないだろう? いちいち動揺するんじゃない」
「…………」
「ユズルさん、謝ったほうがいいと思います」
「すみませんでした」
紅い目で睨みつけるシスカに、ユズルは素直に頭を下げた。
ちなみにそうやって味方に迷惑をかけつつも上手く戦っていたユズルも、調子に乗って射ちまくっていたせいか、今度は狙われる対象になってしまったらしい。
「射手は狙われるとキツイんだよなぁ」
「守ってくれる相手がいないとね〜」
ジェイドはバジル共々やられてしまって、シスカはユズルのせいで戦線離脱。ジャックだけではユズルを守りきれず(というかユズルがめちゃくちゃに射ちまくるせいでジャックも近寄れなかったらしい)その結果、ユズルも戦線離脱。
残ったのはジャックだけだった。
「『ラプターズ』は上手くやってたんだよ。回復とサポート役のネルケを中心に、セドラーシュが守って、バジルとローゼが前から後ろから敵を攻撃する。理想の形だよね。でも、バジルをジェイドが釣っちゃったもんだから……」
攻撃役がローゼだけだとかなり厳しい。ローゼは高火力の魔法の使い手だが、MPという制約があるからだ。威力の高い魔法ほど、消費するMPも多い。
セドラーシュの『聖盾』もずっと出していられるものじゃないので、バジル無しでは追い詰められてしまう。
『ラプターズ』は、そうして敗北したのだそうだ。
「だあああああっ!! うっとおしいな!! おいジャック! お前も手を貸せ! 先にこのデカブツを倒して、続きをやるぞ!」
「……いや、俺、お前らと戦って無駄にHPを減らしたくないんだよ……」
HPを削り合うジェイドたちを少し離れたところで傍観しているジャックは、うんざりした顔で言う。
ジェイドはムッと顔を歪めた。
「チーム戦でコテンパンにされたくせにまだ言ってんのかよ。アイツに勝つのはまだ無理だ! それよりオレと戦え!」
「えー?」
「……? テメェら、何をブツブツ言ってんだ?」
バジルは2人の会話を聞いて訝しげに問いかける。
バジルは知らなかった。前回のチーム戦、わりと最後のほうまで残っていたジャックが誰にやられたのか。10回以上バトルアリーナに参加しているジェイドが、何故たった1度しか勝てなかったのか。
奴に遭遇するより前に、ジェイドと共に倒されてしまったから、知る由もないことだった。
《おっと……? ついに最初の脱落者が!! 破れたのは棍棒使いのエレット選手! エレット選手を破ったのは……ちくしょうテメェかよ! バトルアリーナの極悪人! ヴィルヘルムだーーーーっ!!》
会場中がわっと盛り上がる。歓声ではない。ブーイングだ。
ヴィルヘルムと呼ばれた男は、倒れた選手の頭を何故か踏みつけにしていた。
後ろに撫でつけた金の髪に、引き締まった大きな体。左目をえぐったような、大きな傷痕がある。
ブーイングの嵐に晒される中、男はニヤリと笑うと、何を思ったのか倒れた相手の体を思いっ切り蹴飛ばした。
「……!?」
ノゾムは思わず息を呑む。
一度だけではない。ピクリともしない相手を、蹴って、蹴って、蹴って、蹴りまくる。それが何のための行為なのか、ノゾムは理解できなかった。
だって、相手は、どう見ても戦闘不能になっている。
ブーイングがさらに大きくなる。ヴィルヘルムの蹴りは、相手が光の球になって飛んでいくまで続いた。
「うっわぁ……死体蹴りかよ」
ラルドがポツリと呟くが、その言葉の意味もノゾムには分からない。
ジェイドとジャックが鋭い目でヴィルヘルムを見据える。バジルが目を見開いているのが見えた。
サンドバッグがいなくなり、手持ち無沙汰になったヴィルヘルムは観客に向かって拳を掲げてみせた。
ブーイングされているのに、まるで、ブーイングこそが喝采であると言わんばかりに。
その拳がくるりと裏返る。立てた親指が、地面に向く。
べぇ、とわざとらしく舌を出すその姿は、なるほど確かに、極悪だと言わざるを得なかった。