SLと再会とカフェとネズミ
小さなプラットホームに、黒い鉄の塊が煙を噴きながら入ってくる。
ゴウン、ゴウン、と重たい音を轟かせながらゆっくりとスピードを落とし、それはノゾムたちの目の前で停まった。
険しい山岳地帯が主となるこの国を行き交う、蒸気機関車だ。
ノゾムはあまりSLに詳しくはないのだが、デザインはずいぶんと古い気がする。昔の外国の映画とかに登場していそうな感じだ。
客車は少人数用に仕切りが設けられていて、個室のようになっていた。
「コンパートメントってやつね」
「どこに入ってもいいのかな?」
「いいんじゃねぇの?」
とりあえずノゾムたちは空いているコンパートメントに入った。
ノゾムとラルドが並んで座り、正面にナナミが座る。グラシオはナナミの隣に丸まった。
ロウはノゾムの膝の上。カイザー・フェニッチャモスケはラルドの頭の上に乗って、窓の外を見ながらピィピィ騒いでいる。
コンパートメントで良かった。モンスターを引き連れた集団が客車の一画を占めていたら、他のお客さんを怖がらせていたかもしれない。
座席は木造で、上にふかふかのクッションが敷いてある。これなら長時間乗っていても苦にはならないだろう。
まあ、目的地はカピュシーヌの次の駅なので、そんなに長く乗るわけではないけれど。
「それにしても……ようやく首都に行けるわね〜!」
「……本当に、『ようやく』だね」
大きく伸びをしながら言うナナミに、ノゾムは苦笑いを浮かべて同意した。
オランジュの首都、ノワゼット。フランス語で『榛色』という意味らしい。
『バトルアリーナ』というプレイヤー同士が対戦できる施設があること以外は、よく知らない。
「どんな場所だろう?」
「さあ。私も行くのは初めてだから。でも、道場がたくさんあるって、ジャックには聞いたわ」
「道場って?」
「剣術道場とか、空手道場とか。基礎的なことを教えてくれる『訓練所』とは違って、もっと本格的に戦い方を学べる場所らしいんだけど。詳しくは知らない。他には……武器も強いものが手に入れやすいって聞いたわね」
「武器かぁ〜」
ノゾムはちらりと自分の武器を見た。ショートボウのサイズでありながら、複数の素材を合成させて強度を高めた『コンポジットボウ』は、K.K.からの贈り物だ。
最初は硬くて使いにくかったけど、今ではしっくりとノゾムの手に馴染んでいる。
「買い替えの必要はないかなぁ……矢の補充はしなきゃいけないけど。そういえば、ナナミさんが作ってくれた矢の試し射ちもしておかなきゃ」
「ああ、あれね。もし使えなかったらごめんね」
「俺が作ったやつよりは絶対に使えるって。首都には、弓の道場もあるかな?」
「オレはそろそろ買い替えたいかな〜。もっとでっかくて、かっちょいい剣が欲しいな〜」
「ピッ!」
『かっちょいい剣』を想像して恍惚の表情を浮かべるラルドの上で、カイザー・フェニッチャモスケがぴょこぴょこ跳ねている。
グラシオは大きな欠伸を漏らした。
ロウはノゾムの膝の上で、スヤスヤ寝ている。
機関車が動き始めた。窓から見える景色も、それに合わせて動き始める。
カイザー・フェニッチャモスケは大興奮だ。
「ピィ〜〜〜ッ!! ピピピピピィッ!!」
「ちょお、カイザー! 頭の上で騒ぐのはやめろよ!」
「ピィ!」
かぶりを振るラルドの上からぴょんと飛び降りて、カイザー・フェニッチャモスケは窓にべったりと張り付いた。
まるで子供だ。まあ、実際、生まれたばかりの子供なのだけれど。
ノゾムは窓の外に目を向けた。窓から見えるのは、乾いた山肌ばかりである。
ノワゼットの先にあるジョーヌという国は砂漠の国らしいので、その影響が出ているのだろう。
ルージュに近いほうはまだ緑があったので、始発の町アブリコから乗っていれば、まだ見ごたえのある景色が見られただろうに……。
「ピ、ピ、ピ!」
しかしそんな味気ない風景でも、カイザー・フェニッチャモスケは楽しめているらしい。窓に張り付いて、腰をふりふり振っている。
このSLに乗りたがっていたノゾムよりも、よっぽど満喫しているようだ。
ノゾムは思わずため息を吐いた。
「せめて海でも見えたらなー……」
「もうすぐ見えるぞ」
独り言のつもりで呟いた言葉に返事がある。
ラルドの声ではない。ナナミとも違う。しかし、聞き覚えのある声だった。
振り返ったノゾムの目に映ったのは、コンパートメントの入口に佇む茶髪の男。ラルドとナナミが、同時に「あ」と言った。
「ジャック!!」
「イケメン男!!」
ギルド『レッドリンクス』のリーダー、ジャック。ナナミの兄であり、ラルドの言うとおり、とても整った顔立ちをした男だ。
目を丸くする一同を見回して、ジャックはにやりと口角を持ち上げた。
「やっぱりお前らだったか。カピュシーヌのホームで乗り込んできたのが見えたんだ。ていうかナナミ、なんだこの虎? カッコいいな!」
「虎じゃなくてユキヒョウよ。グラシオっていうの。それよりジャック、なんでここにいるの? シスカは?」
シスカというのは、カルディナルでジャックを連行していった少女の名前だ。同じくレッドリンクスの仲間であるらしいが、ナナミはどうやら彼女が苦手らしい。
矢継ぎ早に問いかけてくる妹にジャックは苦笑を浮かべた。
「まあまあ、話は後で。それよりほら、見えてきたぞ」
ジャックが窓の外を指差す。
山肌ばかりが見えていた景色が一気に拓けて、青い空と、キラキラ輝く大海原が現れた。
海面すれすれを何羽もの鳥が飛んでいる。
大海原の先には大きな島が2つ見えた。
てっぺんがギザギザに尖った白い山が連なった島と、塔だの飛行船だの謎の建造物がたくさん見える、緑に覆われた島……いや、あれはもはや島という規模じゃない。大陸だ。
巨大な埴輪とかモアイ像とかもあるけど、あの大陸はいったい何なんだ?
「ギザギザの山脈が見える島は『ブルー』だ。いつでもウィンタースポーツが出来る国だな。山の向こう側には『アンディゴ』がある。んで、あのでっかい謎の建造物だらけの島が『モノ作りの国ヴェール』だ。あの像とか塔とか飛行船とかは、たぶん誰かが作ったものなんだろうな」
「あ、あんなのも作れちゃうんですか!?」
「みたいだぞ? 俺は行ったことないから詳しくは知らんけど。K.K.のやつが、モノ作りの聖地だとか言ってたな」
モノ作りの聖地って……ちょっと規模が大きすぎやしないか?
あんな巨大なものを、いったいどうやって作ったんだろう。
「ヴェールとブルーには、ノワゼットから定期船で行けるんだぜ。興味があるなら行ってみるといい」
「へぇ〜」
モノ作り、か。
ぶっちゃけノゾムにモノ作りの才能はない。精霊水晶を使ったブローチや、枝を削って作った矢らしきものの出来栄えを思い返せば、その不器用さは推して知るべしだろう。
ノゾム自身もすでに諦めている才能だ。……だが、あの珍妙な建造物の数々には興味を引かれる。近くで見てみたいものだ。
「ジャックさんはどこに行くところなんですか? ヴェール? ブルー? それともアンディゴ?」
「ふっふっふっ。ノワゼットのバトルアリーナだぜ!」
ジャックは堂々と答えた。ナナミが呆れたようにため息をついた。
「そんなことだろうと思ったわ」
「へへっ、アップデートで『チーム戦』が追加されたからな。ユズルたちと一緒に参加することにしたんだよ」
「シスカがよく許したわね」
「シスカも一緒だ」
さらりと返したジャックにナナミはギョッと目を見開く。
嘘でしょ、と言わんばかりの顔をするナナミを見て、ジャックはフフフと笑った。
「参加したいって言ったら、めちゃくちゃ怒られたけどな。『レッドリンクス』としてバトルアリーナで活躍すればギルドの宣伝になるって説得したら、シスカも連れて行くことを条件に呑んでくれた」
「えええええ……」
「お前本当にシスカが苦手だなぁ。確かに口うるさいけど、根はいい奴だぞ?」
「それは知ってるけど〜……」
ナナミは難しそうに眉をひそめる。分かってはいるけどどうにもならない、といったところだろうか。
ジャックは「それにしても」とぐるりとコンパートメント内を見回した。
「しばらく見ないうちに大所帯になったなぁ。ノゾムくんが抱えているのはロウか? なんか小さくなってないか?」
「え、あ、はい。……その、いろいろありまして」
「ふうん? そのピィピィはしゃいでいる鳥は? なんかアチャモみたいだけど」
「オレのテイムモンスターだ!!」
アチャモって何だろう……と首をかしげるノゾムをよそに、ラルドは胸を張って答えた。
「その名も! カイザー・フェニッチャモスケ!」
「……カイ……フェ……」
さすがのジャックも、ぽかんとした。名前が長すぎる。
静かなコンパートメントに、フェニッチャモスケのピィピィという鳴き声だけが響いた。
しばらくの沈黙のあと、ジャックはおもむろに拳をポンッと手にひらに打ち付けて、言った。
「略して『カフェ』だな」
「勝手に略すな!」
「ピィ! ピィ!」
「カフェは気に入ったみたいだぞ?」
「こいつは何でも気に入っちゃうの!」
気に入っているというより、それが自分の名前だと認識していないだけではなかろうか。
ノゾムはナナミを見た。
ナナミは深く頷いた。
そのとおりだと、言わんばかりである。
「カフェとネズミって、面白いコンビだな」
「誰がネズミだ!」
「だってラルドのフルネームは『ラルド・ネイ・ヴォルクテット』なんだろう? 略してラット、訳してネズミだ」
「略すどころか、訳までされた!?」
ふざけんなよイケメンがぁぁぁ!! と、ラルドはジャックに掴みかからん勢いで喚き散らす。
静かにしてほしい。
ロウが起きてしまうじゃないか。
「ラルド、うるさい」
「ノゾムまでひどい!!」
ガーンとショックを受けるラルドを見て、ジャックはケラケラ笑っている。
原因はあなたでしょうが。