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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第2章 バトル大国オランジュ
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SLと再会とカフェとネズミ

 小さなプラットホームに、黒い鉄の塊が煙を噴きながら入ってくる。

 ゴウン、ゴウン、と重たい音を轟かせながらゆっくりとスピードを落とし、それはノゾムたちの目の前で停まった。

 険しい山岳地帯が主となるこの国を行き交う、蒸気機関車だ。


 ノゾムはあまりSLに詳しくはないのだが、デザインはずいぶんと古い気がする。昔の外国の映画とかに登場していそうな感じだ。


 客車は少人数用に仕切りが設けられていて、個室のようになっていた。


「コンパートメントってやつね」

「どこに入ってもいいのかな?」

「いいんじゃねぇの?」


 とりあえずノゾムたちは空いているコンパートメントに入った。

 ノゾムとラルドが並んで座り、正面にナナミが座る。グラシオはナナミの隣に丸まった。


 ロウはノゾムの膝の上。カイザー・フェニッチャモスケはラルドの頭の上に乗って、窓の外を見ながらピィピィ騒いでいる。


 コンパートメントで良かった。モンスターを引き連れた集団が客車の一画を占めていたら、他のお客さんを怖がらせていたかもしれない。


 座席は木造で、上にふかふかのクッションが敷いてある。これなら長時間乗っていても苦にはならないだろう。

 まあ、目的地はカピュシーヌの次の駅なので、そんなに長く乗るわけではないけれど。


「それにしても……ようやく首都に行けるわね〜!」

「……本当に、『ようやく』だね」


 大きく伸びをしながら言うナナミに、ノゾムは苦笑いを浮かべて同意した。


 オランジュの首都、ノワゼット。フランス語で『(はしばみ)色』という意味らしい。


 『バトルアリーナ』というプレイヤー同士が対戦できる施設があること以外は、よく知らない。


「どんな場所だろう?」

「さあ。私も行くのは初めてだから。でも、道場がたくさんあるって、ジャックには聞いたわ」

「道場って?」

「剣術道場とか、空手道場とか。基礎的なことを教えてくれる『訓練所』とは違って、もっと本格的に戦い方を学べる場所らしいんだけど。詳しくは知らない。他には……武器も強いものが手に入れやすいって聞いたわね」

「武器かぁ〜」


 ノゾムはちらりと自分の武器を見た。ショートボウのサイズでありながら、複数の素材を合成させて強度を高めた『コンポジットボウ』は、K.K.からの贈り物だ。


 最初は硬くて使いにくかったけど、今ではしっくりとノゾムの手に馴染んでいる。


「買い替えの必要はないかなぁ……矢の補充はしなきゃいけないけど。そういえば、ナナミさんが作ってくれた矢の試し射ちもしておかなきゃ」

「ああ、あれね。もし使えなかったらごめんね」

「俺が作ったやつよりは絶対に使えるって。首都には、弓の道場もあるかな?」

「オレはそろそろ買い替えたいかな〜。もっとでっかくて、かっちょいい剣が欲しいな〜」

「ピッ!」


 『かっちょいい剣』を想像して恍惚の表情を浮かべるラルドの上で、カイザー・フェニッチャモスケがぴょこぴょこ跳ねている。

 グラシオは大きな欠伸を漏らした。

 ロウはノゾムの膝の上で、スヤスヤ寝ている。


 機関車が動き始めた。窓から見える景色も、それに合わせて動き始める。

 カイザー・フェニッチャモスケは大興奮だ。


「ピィ〜〜〜ッ!! ピピピピピィッ!!」

「ちょお、カイザー! 頭の上で騒ぐのはやめろよ!」

「ピィ!」


 かぶりを振るラルドの上からぴょんと飛び降りて、カイザー・フェニッチャモスケは窓にべったりと張り付いた。

 まるで子供だ。まあ、実際、生まれたばかりの子供なのだけれど。


 ノゾムは窓の外に目を向けた。窓から見えるのは、乾いた山肌ばかりである。


 ノワゼットの先にあるジョーヌという国は砂漠の国らしいので、その影響が出ているのだろう。

 ルージュに近いほうはまだ緑があったので、始発の町アブリコから乗っていれば、まだ見ごたえのある景色が見られただろうに……。


「ピ、ピ、ピ!」


 しかしそんな味気ない風景でも、カイザー・フェニッチャモスケは楽しめているらしい。窓に張り付いて、腰をふりふり振っている。

 このSLに乗りたがっていたノゾムよりも、よっぽど満喫しているようだ。


 ノゾムは思わずため息を吐いた。


「せめて海でも見えたらなー……」

「もうすぐ見えるぞ」


 独り言のつもりで呟いた言葉に返事がある。


 ラルドの声ではない。ナナミとも違う。しかし、聞き覚えのある声だった。


 振り返ったノゾムの目に映ったのは、コンパートメントの入口に佇む茶髪の男。ラルドとナナミが、同時に「あ」と言った。


「ジャック!!」

「イケメン男!!」


 ギルド『レッドリンクス』のリーダー、ジャック。ナナミの兄であり、ラルドの言うとおり、とても整った顔立ちをした男だ。


 目を丸くする一同を見回して、ジャックはにやりと口角を持ち上げた。


「やっぱりお前らだったか。カピュシーヌのホームで乗り込んできたのが見えたんだ。ていうかナナミ、なんだこの虎? カッコいいな!」

「虎じゃなくてユキヒョウよ。グラシオっていうの。それよりジャック、なんでここにいるの? シスカは?」


 シスカというのは、カルディナルでジャックを連行していった少女の名前だ。同じくレッドリンクスの仲間であるらしいが、ナナミはどうやら彼女が苦手らしい。


 矢継ぎ早に問いかけてくる妹にジャックは苦笑を浮かべた。


「まあまあ、話は後で。それよりほら、見えてきたぞ」


 ジャックが窓の外を指差す。


 山肌ばかりが見えていた景色が一気に拓けて、青い空と、キラキラ輝く大海原が現れた。


 海面すれすれを何羽もの鳥が飛んでいる。

 大海原の先には大きな島が2つ見えた。


 てっぺんがギザギザに尖った白い山が連なった島と、塔だの飛行船だの謎の建造物がたくさん見える、緑に覆われた島……いや、あれはもはや島という規模じゃない。大陸だ。


 巨大な埴輪(はにわ)とかモアイ像とかもあるけど、あの大陸はいったい何なんだ?


「ギザギザの山脈が見える島は『ブルー』だ。いつでもウィンタースポーツが出来る国だな。山の向こう側には『アンディゴ』がある。んで、あのでっかい謎の建造物だらけの島が『モノ作りの国ヴェール』だ。あの像とか塔とか飛行船とかは、たぶん誰かが作ったものなんだろうな」

「あ、あんなのも作れちゃうんですか!?」

「みたいだぞ? 俺は行ったことないから詳しくは知らんけど。K.K.のやつが、モノ作りの聖地だとか言ってたな」


 モノ作りの聖地って……ちょっと規模が大きすぎやしないか?

 あんな巨大なものを、いったいどうやって作ったんだろう。


「ヴェールとブルーには、ノワゼットから定期船で行けるんだぜ。興味があるなら行ってみるといい」

「へぇ〜」


 モノ作り、か。

 ぶっちゃけノゾムにモノ作りの才能はない。精霊水晶を使ったブローチや、枝を削って作った矢らしきものの出来栄えを思い返せば、その不器用さは推して知るべしだろう。


 ノゾム自身もすでに諦めている才能だ。……だが、あの珍妙な建造物の数々には興味を引かれる。近くで見てみたいものだ。


「ジャックさんはどこに行くところなんですか? ヴェール? ブルー? それともアンディゴ?」

「ふっふっふっ。ノワゼットのバトルアリーナだぜ!」


 ジャックは堂々と答えた。ナナミが呆れたようにため息をついた。


「そんなことだろうと思ったわ」

「へへっ、アップデートで『チーム戦』が追加されたからな。ユズルたちと一緒に参加することにしたんだよ」

「シスカがよく許したわね」

「シスカも一緒だ」


 さらりと返したジャックにナナミはギョッと目を見開く。

 嘘でしょ、と言わんばかりの顔をするナナミを見て、ジャックはフフフと笑った。


「参加したいって言ったら、めちゃくちゃ怒られたけどな。『レッドリンクス』としてバトルアリーナで活躍すればギルドの宣伝になるって説得したら、シスカも連れて行くことを条件に呑んでくれた」

「えええええ……」

「お前本当にシスカが苦手だなぁ。確かに口うるさいけど、根はいい奴だぞ?」

「それは知ってるけど〜……」


 ナナミは難しそうに眉をひそめる。分かってはいるけどどうにもならない、といったところだろうか。


 ジャックは「それにしても」とぐるりとコンパートメント内を見回した。


「しばらく見ないうちに大所帯になったなぁ。ノゾムくんが抱えているのはロウか? なんか小さくなってないか?」

「え、あ、はい。……その、いろいろありまして」

「ふうん? そのピィピィはしゃいでいる鳥は? なんかアチャモみたいだけど」

「オレのテイムモンスターだ!!」


 アチャモって何だろう……と首をかしげるノゾムをよそに、ラルドは胸を張って答えた。


「その名も! カイザー・フェニッチャモスケ!」

「……カイ……フェ……」


 さすがのジャックも、ぽかんとした。名前が長すぎる。


 静かなコンパートメントに、フェニッチャモスケのピィピィという鳴き声だけが響いた。


 しばらくの沈黙のあと、ジャックはおもむろに拳をポンッと手にひらに打ち付けて、言った。


「略して『カフェ』だな」

「勝手に略すな!」

「ピィ! ピィ!」

「カフェは気に入ったみたいだぞ?」

「こいつは何でも気に入っちゃうの!」


 気に入っているというより、それが自分の名前だと認識していないだけではなかろうか。


 ノゾムはナナミを見た。

 ナナミは深く頷いた。

 そのとおりだと、言わんばかりである。


「カフェとネズミって、面白いコンビだな」

「誰がネズミだ!」

「だってラルドのフルネームは『ラルド・ネイ・ヴォルクテット』なんだろう? 略してラット、訳してネズミだ」

「略すどころか、訳までされた!?」


 ふざけんなよイケメンがぁぁぁ!! と、ラルドはジャックに掴みかからん勢いで喚き散らす。


 静かにしてほしい。

 ロウが起きてしまうじゃないか。


「ラルド、うるさい」

「ノゾムまでひどい!!」


 ガーンとショックを受けるラルドを見て、ジャックはケラケラ笑っている。


 原因はあなたでしょうが。

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