ショタじじいの正体
洞窟の奥から光が飛んできた。
『死に戻り』の光だ。
フォルトとアルベルト、どちらかが死んだらしい。
洞窟を抜けていった光は町の教会へは降りずに、そのままどこか遠くへ飛んでいく。なんでだろう。この鉱山に入っているのだから、フォルトもアルベルトも、『最後に訪れた町』はカピュシーヌであるはずなのに。
首をかしげながらしばらく待っていると、奥からフォルトが出てきた。
『死に戻り』したのは、どうやらアルベルトだったようだ。
「強いんだなぁ、お前。ちっこいのに」
「ほっほっほっ」
感心するラルドに、フォルトは朗らかに笑って答えた。
「ノゾム少年が張った罠のおかげで、ずいぶん楽をさせてもらったわい。まあ、あのPKに仲間がおったら、もっと手こずったかも知れんがの」
「仲間……?」
「あやつの戦い方は奇襲に特化しておる。ようするに暗殺者向きじゃ。暗殺に失敗したら、逃げるしかない。じゃが、敵を引きつけておいてくれる『囮役』がいたらどうじゃろう?」
「あー……」
なるほど、とラルドは思う。
人間は常に周囲のすべてに気を向けることは出来ない。
もしもアルベルトに、『派手に暴れてくれる』相方でもいようものなら、厄介極まりなかったということだ。
「あいつがソロプレイヤーで助かったってことか。ていうかこのゲーム、やたらとソロに厳しくねぇ? 俺ももともと、ソロでやるつもりだったんだけど」
「むむむ。それに関しては、すまんとしか言いようがないのう」
しょんぼりと肩を落とすフォルト。
ラルドは首をかしげた。
なんでこいつが謝るんだろう?
フォルトは不思議そうに見つめているラルドに気付いているのかいないのか、そのままうずくまっているノゾムのもとに近付いた。
タマゴを抱きしめてグスグスと鼻を啜るノゾムを困ったように見て、フォルトは優しく声をかける。
「そう気を落とすでない。次は死なせぬよう、気を付ければ良いだけじゃ」
「…………、はい……っ」
グスンと鼻を啜って、ノゾムは深くうなずいた。
その目は、「もう二度と死なせないぞ」という決意に満ちている。
立ち上がるノゾムを見て、ラルドはホッと息を吐いた。
「ところで、アルベルトはどこに行ったんだ? なんか、遠くに飛んでっちゃったんだけど……」
「犯罪者は死んだら教会ではなく、その国の監獄に飛ばされるようになっておるのじゃよ」
「へぇ〜」
「ちなみにこの国の監獄は、首都ノワゼットの『バトルアリーナ』の地下にある」
「へ?」
ラルドは目を点にした。
『バトルアリーナ』といえば、プレイヤー同士の対戦が出来る、オランジュ最大の目玉施設だ。
……その地下に、監獄?
「投獄された者への罰は、その国の王が決めることになっておっての。彼奴らにはアリーナを盛り上げるために協力してもらっておるのじゃよ」
「協力って……」
「牢を出たければバトルアリーナで『5回連勝』すること。たかが5回と侮るなかれ。バトルアリーナに出場する者たちは、腕自慢の猛者ばかりじゃ。レベルはカンストしていて当たり前、習得困難なスキルも当然のように持っておる」
そんな連中と戦って5連勝するのは並大抵のことではない。けれども投獄された者たちはやるしかない。
再び自由に冒険がしたいのなら、なおさらだ。
監獄を出るのに苦労すれば、再び犯罪者になろうとは思わないだろう。オランジュの王はそう考えたらしい。
「まあ中には、何度も監獄を出たり入ったりする物好きもおるがの。凶悪な奴なのじゃが、観客には妙に人気があるのじゃ……」
「ふーん。悪役レスラー的な存在になってんのかな?」
ラルドは普通に正義のヒーローが好きだ。しかし、ヒーローが輝くためには魅力的な悪役が必要だということも知っている。
悪役が真に悪を演じるからこそ、ヒーローという存在が際立つのだ。
そんな犯罪者までが出場するバトルアリーナ。
なかなか面白そうなところである。
「今回のPK討伐はお主らの助力あってのものじゃ。あとで報酬をやるぞ」
「報酬??」
偉そうに告げるフォルトに、ラルドは首をかしげた。
プレイヤーを傷つける行為は違反だが、相手が犯罪者である場合は違反にはならない。それどころか報奨金が手に入る。
ゲームの開始時、案内役の天使は確かにそう言っていたが、今の言い方ではまるでその報酬がフォルトのポケットマネーから出るようではないか。
ラルドは眉間にしわを刻む。
まさか、と思った。
「お前、何者だ?」
問われたフォルトはきょとんと目を丸めた。
ノゾムとナナミも、不思議そうにラルドたちを見つめている。
フォルトは目を瞬かせ、答えた。
「名乗ったはずじゃがのう? わしはフォイーユモルト。長いからフォルトで良いぞ」
「……」
それはさっき聞いた。ラルドが尋ねているのは、そんなことじゃない。
ラルドは胡乱な目をしてフォルトを見る。フォルトはそんなラルドに気付いて、猫のように両目を細めた。
「――そして、このオランジュの王でもある」
「「ええええっ!!?」」
ノゾムとナナミの素っ頓狂な声が重なった。ラルドは「やっぱり」と思った。
運営の人間、それも『王様』であるなら、監獄のことも、捕まった犯罪者に課せられる罰についても、詳しくて当然である。
だが、それでもラルドは、どうしても言っておきたかった。
「なんでヒゲがないんだよ!!?」
「そこなの!?」
RPGの王様といえば、立派なヒゲを持つ爺さんである。
口調だけの爺さんではない。
ラルドは、そこだけは譲れなかった。